【社会考】「企業経営者」はもっと戦え?──楡井教授の提言をコロちゃんが考える

社会
イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

☆「日本企業の経営者はもっと競争しなさいと、最低賃金の発効(慣例では10月)が翌年3月の県もあったよ」

☆「経済学は弱者に競争を強いていないよと、優しさは美徳だけれど、企業経営者にだけはダメだよね」

☆「コロちゃんとボランティア」

1.「日本企業の経営者はもっと競争しなさい」

コロちゃんが、朝コーヒーを飲みながら新聞をバサバサ読んでいると「分配の起点は経営者の競争」という「日経新聞」の「経済教室」の「論考の見出し」が目に入りました。

コロちゃんは、いつもこの「経済教室」の内容は、とても「勉強になる」と思っていましたのでじっくり読んでみましたよ。

そうしましたら、これは「楡井誠東京大学教授」の「論考」で、一言で言うと以下の内容だったんですよね。

「日本の経営者はもっと競争しなさい」

いやいや、「論考」の内容で直接上記の言葉が書いてあったわけじゃないですよ。ただコロちゃんが、そう読み取ったという訳なのですよね。

「日本経済に今必要なのは経営者の競争だ」というのですよね。面白いでしょう。

そこで今日は、この「楡井教授」の「分配の起点は経営者の競争」をちょっと分かりやすくご紹介しますね。

①「格差の拡大は起きていない」

この「論考」で最初に「楡井教授」が書いているのが、「(2000年代以降の)日本の給与分布は富裕層が富裕化しているわけでも、格差が顕著に拡大しているわけでもない」です。

さらに「格差が固定したまま全体が停滞した30年だった」と書き出していますね。

はっきりと「2000年代以降の給与に、そのような格差拡大は起きなかった」と、「ジニ係数」で主張しているのですよね。

この「社会の風景」を、楡井教授は「給与の中央値は30年間で9%も縮んだ」としながら、「家計は賃金低下に逆らい労働供給を増やし、年率約0.5%の成長を生んできた」と書くのです。

さらに「共働き世帯の増加には世帯間不平等を緩和する効果がある」と続けています。

コロちゃんは、ここを読んで「2つのこと」が頭に浮かびましたよ。以下ですよ。

◎「コロちゃんが考えたこと」

①「格差が拡大していない(ジニ係数が上がってない)のに、給与の中央値が30年間で9%も縮んだということは『みんな仲良く貧乏になった』ということだよね」

②「共働き世帯の増加が、格差拡大(ジニ係数)の緩和になったことが、単身世帯の貧困化を見えにくくしたのではないか」

上記の「②共働き世帯の増加」については、「世帯労働の多様化が格差に及ぼした複雑な影響」を指摘していますね。

コロちゃんは、これまでにも「ジニ係数」がほとんど「上昇していない(格差が拡大していない)こと」を不思議に思っていたのですよね。

それが「楡井教授」の「共働き世帯の増加が格差拡大(ジニ係数)の緩和になる」と言うのを読んで、これが「単身高齢者世帯の貧困化を見えにくくした」のではないかと思いましたね。

なお、上記の「みんな仲良く貧乏になった」というコロちゃんの読み取り方は、以前にコロちゃんもこの「ブログ」で投稿していますね。以下でしたよ。

「みんな仲良く貧乏な日本」になってきたよ

②「社会保障財源は消費税が望ましい」

さらに「楡井教授」は、「過去30年間の財政は医療費など高齢化に伴う給付の膨張に歯止めがかからない」と危機感を訴えています。

そして、その「財源」として以下のように「論理的」に展開しているのです。

◎「社会保障の財源について」

①「無駄な医療費の抑制」
 ・「市販薬に代替できる処方をなくすことで1兆円も削減できる」

②「富裕層への適正課税」
 ・「日本では米国のような富の極端な集中が起きていないので、それだけでは財源にはならない」

③「法人税に財源を求める」
 ・「雇用という金の卵を産む企業の首を絞めては元も子もない」

④「結局、社会保障財源は有権者に不人気な消費税が望ましい」
 ・「高所得者に片寄る貯蓄は将来の消費時に消費税として納められ、消費しきれない分は相続税が課せられる」

ふむふむ、「楡井教授」は上記の「①~④」で結局は「消費税増税で社会保障財源」を得るのが「一番望ましい」と主張しているのですよね。
φ(゚Д゚ )フムフム…

これにはコロちゃんも「全面的に賛同します」よ。

だけどコロちゃんは「政治的」には、「消費税増税」だけではなく「法人税・所得税」も同時に増税して「国民一丸となって社会保障財源を負担する」のが良いと考えていますけどね。

しかし「高所得者の貯蓄」を「将来の消費時の消費税」と「消費しきれない分は相続税」で吸い上げるという考え方は、いかにも「経済学者らしい考え方だ」とコロちゃんは思いましたね。

③「経営者はもっと競争しなさい」

最後のこの部分が多分「楡井教授」が最も訴えたい事だったのではないかと思いますね。

「楡井教授」は、「経済学は競争の機能を重視するが、弱者に強いるわけではない」と書き出すのですよね。それ以降の厳しい指摘は以下でしたよ。

「競争は組織を率いて生産資源を動員する強者に求める責任だ。経営者は挑戦に身を開き、破れたら去らなければならない」by楡井教授

「その厳しい競争が優良な経営を育み、社会厚生を生む」by楡井教授

「拙い経営者を温存させがちな補助金制度は、給付付き税額控除のように就業者個人を直接支援する仕組みへ再編すべき」by楡井教授

ここで「楡井教授」は「拙い経営者は去れ!」と活を入れているとコロちゃんは読みましたよ。

その上で「経営者間の競争こそが労働者の包摂と所得中央値の成長を実現する原動力である」と、「経営者を叱咤激励」をしているのですよね。

「論考のポイント」では、これを「経営の競争が給付付き税額控除の財源に」とまとめていますよ。

コロちゃんは「経営者を叱咤激励するのは良い」けど、果たして「できるのかなー?」と首を傾げましたよ。

これが、たぶん「論考」の主題でしょうから、あとでちょっとコロちゃんの考えを書きますね。

なお、この「楡井誠東京大学教授」の「分配の起点は経営者の競争」との見出しの「経済教室」の「論考」をお読みになりたい方は、下記のリンクのクリックをお願いします。

点検・日本の格差(上) 分配の起点は経営者の競争 楡井誠・東京大学教授 - 日本経済新聞
2月の衆院選はほとんどの政党が消費税減税に言及する異例の展開となった。その民意をどう読み解き、政策に反映するか。背景には格差拡大があるとされる。しかし給与所得分布の過去30年間の推移を見ると中央値は約400万円、90%点は800万円、99%点は1600万円でほとんど動きがない(図)。これはK字型の格差拡大といわれる米国...

2.「最低賃金の発効(慣例では10月)が翌年3月の県もあったよ」

さて、上記で「楡井教授」が「拙い経営者は去れ!」と叱咤激励した「論考」を読んだコロちゃんは、すぐに「頭に昨年の最低賃金の発効日のこと」が浮かびましたよ。

「全国の最低賃金」は、例年「8月下旬から9月上旬頃」に決まって「原則として10月1日発効」が慣例だったのですよね。

しかし、昨年の「最低賃金」は「10月1日発効は栃木県のみ、10月中の発効も20都道府県と半数を割った。もっとも遅いのは秋田県の翌年3月31日」となっていますよ。

なんと「秋田県」は「半年遅れの発効」ですよ。これって「秋田県の企業経営者は甘えている」ってことじゃないの?

結局は「企業経営者」に「競争できる環境を整備する」のは「国の仕事」なのですよね。

そう言えば「石破前総理」は「2020年代中に最低賃金1500円達成」と公約していましたが、現在の「高市総理」はこの方針を継承したとは聞きませんよね。

コロちゃんは、この「2020年代中に最低賃金1500円達成」が果たして今後の「高市政権」ではどうなるかを、興味津々で見つめていますよ。

コロちゃんは、冒頭の「楡井教授」の「経営者は挑戦に身を開き、破れたら去らなければならない」との考え方には賛同しますが、「競争」を「経営者個人の資質」に求めると失敗すると思いますね。

やっぱり「企業経営の競争」は、「国家の制度」で裏打ちしなければ「全体の底上げ」はできませんよ。

「日本の経営者全員」が、「ユニクロの柳井氏」や「ソフトバンクの孫氏」になれるわけではありませんよ。

みんなが「柳井氏・孫氏になれ」といっても、「そりゃ無理だよ」とコロちゃんは思っていますよ。

3.「経済学は弱者に競争を強いていないよ」

コロちゃんが、冒頭の「楡井教授」の論考を読んでもう一つ気が付いたのは、「経済学は競争の機能を重視するが、弱者に強いるわけではない」という部分ですよね。

今の世界は「資本主義経済全盛の時代」ですから、必ず「勝者と敗者」が生まれてきます。

さらに「資本主義経済下」では、すべての価値観が「お金」で表されますから、「敗者が全否定される」となってしまっています。

コロちゃんは、この「敗者を全否定する価値観」はおかしいと思っているのですよね。

コロちゃんは、まだ「1960年代の少年時代」や「1970年代の青年時代の記憶」を持っていますから、世の中には「多様な価値観があった時代」を憶えていますよ。

みんなが「貧しい時代」では、「名もなく貧しく美しく(※)」と「お金」とは「別の価値観」を皆が共有していた時代があったのですよね。

(※名もなく貧しく美しく:1961年:映画:主演・松山善三・高峰秀子)

冒頭の「楡井教授」は、「企業経営者」には競争を強いていますが、その結果生まれた「敗者」には競争を強いているわけではありませんよね。

「経済学」は、本来「勝者は偉い」とか「敗者はダメ」との価値観とは縁がないのでしょう。

むしろ「敗者」に対しては、「国の経済厚生の最大化」のための「再分配」を考えると思いましたよ。

そりゃそうですよね、「資本主義経済の敗者」にさらに競争を強いたならば、より一段下の「さらなる貧困者を生み出してしまう」でしょうね。

だからという訳ではありませんが、今のコロちゃんは自分の「清貧ライフ」を誇りをもって生きていますよ。お金はあんまりありませんが、毎日が「幸せだ」と思っていますよ。

4.「やさしさは美徳だけれど、企業経営者にだけはダメだよね」

ここでちょっとコロちゃんの考え方を書いてみますね。

コロちゃんは「日本人は優しい国民だ」と思っていますよ。

だって「数年ごとに日本全国で何らかの災害」が起きています。そんな時には、全国から「復興」のための「災害ボランティア」が多数駆けつけていますよね。

また「復興資金カンパ」にも多額の寄付が集まったりしていますよね。

それに外出時に知らない土地で「道を聞いたりした時」には、必ず「親切に教えてくれる人」がいる国が日本だと思うのですよ。

これって、おそらく長年「同質の国民」が多数「狭い国土で生きてきた国の知恵」なのではないかと、コロちゃんは思っているのですよね。

だからつい「なんにでも優しいのは美徳」という考え方が「社会の隅々まで制度化されている」ことが多いのが「日本」だと思うのですよね。

しかし「本来の資本主義経済」は、「獰猛で狂暴な弱肉強食の価値観」で運営されています。

これをある程度「飼いならしているのが現在の日本」だと思うのですが、「最低賃金を達成できない企業」まで「優しさで保護する」のは、それこそ「資本主義の精神」にかなわないものですよ。

「企業経営者」には「非情なアニマルスピリッツを!」と、「社員や労働者には優しさの美徳を!」というのがコロちゃんが言いたい事ですよ。

そうすれば「資本主義の原則通りの経済成長が得られる」と、コロちゃんは考えていますけれど、皆さんはどうお考えになりますか? 

5.「コロちゃんとボランティア」

今日のテーマは、「企業経営者はもっと戦え?」を「経済教室」の「楡井教授の論考」をご紹介しながら考察してみましたよ。

コロちゃんには「企業経営者の友人」はいませんから、彼らの「アニマルスピリッツ」についてはよくわかり・・・、あっ、そう言えば「コロちゃんの姉の旦那さん」が「企業経営者」でしたよね。

コロちゃんには「姉さん」がいますが、旦那さんは「脱サラ」して「会社」を立ち上げているのですよね。

だけど「会社を設立」してから、もう「40年以上」経っていて「順調に成長している」ようですから、「中小企業」として「成功者」ですよね。

たぶん義兄さんには「アニマルスピリッツ」があったのでしょうね。

最後の「コロちゃん話」ですが、コロちゃんって今までの人生を振り返っても「経済合理性」や「アニマルスピリッツ」には一切興味を憶えなかったのですよね。

つまり「お金がもっと欲しい」とか「お金が多いほど嬉しい・幸せ」という「価値観」と、真逆の「価値観」で生きてきたのです。

だからコロちゃんはいつも「お金にならないこと」ばかりに熱中していたのですよね。

コロちゃんは、40代の頃に「ボーイスカウトのボランティアリーダー」を務めたことがありました。「1990年代から2000年代」にかけてでしたよ。

もちろん、これは「ボランティア」ですから「1円」にもなりません。むしろ「制服や活動経費」は全てお小遣いからの持ち出しでしたよ。

コロちゃんは、最初「団委員」という「ボーイスカウト隊」の裏方さんを担当しました。

この時にコロちゃんは、「団だより」と言う「ボーイスカウト団内広報誌の編集長」を拝命したのです。

この「団だより」は、毎月1回発行で「新年と夏には特別号」を発行していました。

下記でしたよ。これは1995年の「誌面」ですね。今からちょうど30年前になりますよ。

上記の「広報誌」は、全部「手書きの原稿」をそのまま印刷したものです。

この記事は1995年1月ですから「Windows95」はまだありません。確か「Windows95」の日本での発売は1995年の11月でしたよ。

この時代には、まだパソコンの個人所有は進んでいなかったのです。

当時はまだ1990年代ですから、「原稿」はみな手書きの原稿用紙です。そして発行した「月刊誌」も原本は「手書きで作成」していたのですよ。

つまり「月刊誌」は、「手書き文字を印刷したもの」だったのですよ。

その「月刊誌」の原稿を書くのは、「ボーイスカウト隊」の「各隊(ビーバー隊・カブ隊・ボーイ隊・ベンチャー隊」)のリーダーさんたちです。

コロちゃんは、必ず「スカウト(子どもたち)」の原稿もセットでお願いして、集めて回りましたよ。

集め終わってからが大変です。今のような「パソコンで作成」が出来ませんから、コロちゃんはケント紙に枠線を引いて、一文字一文字を手書きで丁寧に書きこんでいきましたよ。

そして、1記事に1カットのイラストを添付しました。このイラストは、図書館でイラスト本を借りて来て、コピーをし糊付けで添付をしていましたね。

そのようにして「手作り」で「原稿原本」を作り上げるには、「毎月の1誌の完成」に10時間以上かかっていましたね。

コロちゃんは、自宅の2階に自分の机を確保して、いつも前かがみになってカキコキしていましたよ。

そしてやっと「原稿原本」が出来上がると、次は「印刷」です。

「ボーイスカウト隊」は市の施設が使用できましたので、市の備品の印刷機を使わせてもらうことが出来ました。

コロちゃんは、1人でセッセと輪転機を回して印刷していましたよ。

やっと刷り上げが終わると、次は「製本」になります。「新年特別号」や「夏期特集号」は16ページもあります。

これは一人ではとても「製本」が出来ません。「製本」には、この全ページを重ね合わせる「作業」が必要となります。

これは「スカウトの保護者の団委員さんたち」にお手伝いをお願いしていました。

毎月「保護者」が5~6人集まって、印刷したページを順に重ね合わせて、二つ折りをして、その後「紙面の端」をカットしたのです。これも作業に2時間程度はかかりましたね。

この「広報誌」の発行部数は、確か150部ぐらいでした。

このような「誌面づくり」を毎月行なっていて、コロちゃんは楽しくてしょうがありませんでしたよ。それは「作り上げた月刊誌」を読んでいる「子どもたちと保護者の顔」が頭に浮かんでいたからです。

「読者の顔が頭に浮かぶこと」、これこそが「原稿」を書いたり「月刊誌」を作成したりした原動力だったのですよね。

もちろん、これだけの活動を行なっていても「手当」は1円もありません。これは「コロちゃんの1つの時代の姿」でしたが、まったく「お金には縁がありません」でしたね。

何しろ「お小遣い」から持ち出しをしてまで、「ボランティア」で「毎月10数時間」を費やして「広報誌」を作成していたのですよね。

むしろ当時のコロちゃんは、「お金に欲がないこと」を誇りに思っていたように思えますね。

コロちゃんは、今振り返って「他の時代」でも「それぞれの時代ごとに熱中したこと」はありましたが、どれも「経済合理性」と「お金儲け」とは一切関係がないことばかりでしたよ。

そう見てくると、コロちゃんは若い時から「お金に価値を求める価値観」とは「ずーっと縁がなかった」と思いましたよ。

まあこんなヤツが世の中に一人ぐらいはいても良いですよね。

どうか皆さん、笑いながらこんなコロちゃんの「不器用な」生き方を読み流していただければ嬉しいですよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)

おしまい。

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

 

 

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