【闘病考】コロちゃんの放射線治療も4回目だよ!──あと1回を残して「自分は運が良かった」と人生を振り返る

【闘病考】
イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

①「大学病院への道の途中でイノシシに出会ったことがあったよ」

②「放射線治療も今日で4回目、あと1回残すのみとなりましたよ」

③「がんと診断されたのは60代が最も多いよ」

④「最悪なのはやることがない時だよと、コロちゃんは運が良い男だよ」

⑤「コロちゃんと帰り道のカップラーメンの記憶」

1.「大学病院への道の途中でイノシシに出会ったことがあったよ」

さて、今日ご紹介するのは、コロちゃんの「前立腺がんの放射線治療」の4回目の様子ですが、その前に今日「大学病院」へ行く道を走りながら頭をよぎったエピソードを書きますね。

6年前のことでしたが、「肺がんの治療中の妻」が深夜に発熱して、コロちゃんが「大学病院」へ電話をしたところ、すぐに「大学病院へ来い」と言われたのです。

当時のコロちゃんは、すぐに「車に妻を乗せて大学病院」へ向かって走り出しましたよ。深夜の11時過ぎのことでした。

そして、深夜で真っ暗な道路を走り続けたところ、「隣町との市境の山の中」の左カーブを曲がったところ、目の前に「大きな影」がヘッドライトの光の中で浮かび上がりました。

コロちゃんは、「一体何だろう?」とびっくりしましたよ。大きさは「大型オートバイ」を超えており「コロンと丸い影」だったのです。

この場所は、近くに「ごみ焼却場」や「ゴルフ場」などもある「山の中」です。この道路は「山越えの道」で、ちょうど「山の尾根」にあたる場所でしたね。

そこでコロちゃんが、ブレーキを踏みながら「まじまじと見た」ところ、何と「その影」は「大きなイノシシ」だったのです。

しかし、人間の居住地からさほど遠くない場所で、まさか「大イノシシ」を見られるとはと、驚いたコロちゃんでしたよ。

コロちゃんが、「どうしようか?」とパニックに陥りながら見ていると、その「大イノシシ」はゆっくりと道路わきの藪の中に消えていきました。

この夜の妻の「大学病院」への深夜の受診は「即入院」となりましたが、コロちゃんはその後の帰り道に、深夜の1時過ぎにこの場所を通り過ぎて帰宅しましたね。

今日コロちゃんは、「大学病院」へ「4回目の放射線治療」を受けるために、この道を通りながら「あのイノシシ」はまだ「山の中」で生きているのかなー、と少しだけ思い出しましたね。

2.「放射線治療も今日で4回目、あと1回残すのみとなりましたよ」

まずはコロちゃんの「前立腺がん」の「放射線治療(全5回)」の現在位置を見てみましょう。以下でしたよ。

◎「2026年8月:放射線治療開始」
 ❶「8月第2週:放射線照射予定:1時間」
 ❷「8月第3週:放射線照射予定:1時間」
 ❸「8月第3週:放射線照射予定:1時間」
 ❹「8月第4週:放射線照射予定:1時間」←現在ココ
 ❺「8月第4週:放射線照射予定:1時間」
  (ここまでの5回で終了)

うーむ、上記の「放射線治療」は、今日の治療が終われば後は翌々日の「❺」を残すばかりとなりましたよ。
( ̄へ ̄|||) ウーム

今日は「放射線医」のお姉さんの「診察」がある日です。この「放射線医の診察」は毎回あるわけではありません。

「放射線治療」は、上記の「❶~❺の5回」が予定されていましたが、その内「放射線医の診察」があるのは、「❶❸❹」の3回のみとなっていました。

この理由は説明されていませんでしたが、コロちゃんは多分「最初の❶は説明」で、次の「❸❹は副作用の確認かな?」と思いましたね。

幸いなことにコロちゃんは、今回の「❶~❸の放射線治療の副作用」は、今のところ全く感じられていません。

本日の「医師の診察」では、最初に医師は以下のような言葉がありましたよ

「頻尿や尿が出づらいとの症状はありませんか?」by放射線医のお姉さん

「いえいえ、コロちゃんは以前から頻尿や尿が出ずらかったですから、今回特に悪化したとは感じていませんよ」byコロちゃん

コロちゃんは、数年前に「内科医の定期診察」時に「頻尿の相談」をしたこともあり、その時に「下腹部のエコー検査」を受けていたのですよね。

その結果「異常なし」となっていましたから、コロちゃん自身は「頻尿や尿が出づらい」のは、単なる「老化現象」だと受け止めていたのですよね。

ただ、その後に「前立腺がん」との診断がありましたから、今から考えると「何らかの影響があったのかも知れないとは思っていますよ。

しかし「頻尿や尿が出づらい」のは、現在の自宅でリタイア生活を過ごしているコロちゃんにはあまり「生活上の支障はない」のが現実ですよね。

そのようなやり取りの「放射線医のお姉さんの診察」を終えて、やっと「4回目の放射線治療」に進みました。

もうコロちゃんも慣れたものですよね。

サクサクと「メリディアンの治療台(カウチ)」の上に横たわり・・・40分後には「終わりました」とのオペレーターの声を聞きましたよ。

その最後に「2人のオペレーター」が、コロちゃんの身体についた器具を撤収するのですが、また「コロちゃの下半身」にマーカーで十字架を書いてましたよ。

コロちゃんは、「やっと前回の十字架が消えかけたのにまたタトゥーだよ」と苦笑いしながら、「治療台(カウチ)」から降りましたね。

今回は「オペレーター」も慣れたもので、いちいち「目印を書きますね」と断りもしませんでしたよ。

さて「コロちゃんの前立腺がん」の「放射線治療」も、あと明後日の「5回目」を受けて終了します。

その後は「1ヶ月後と3ヶ月後に放射線医の診察」が入ると、今日の「放射線医のお姉さん」が言っていました。

どうやら、この「大学病院」では「前立腺がんの泌尿器の主治医の診察」とは別に、「放射線医の主治医の診察」が設定されているようですよね。

つまり「放射線治療による副作用」については、「放射線科」でも継続してフォローする体制になっているみたいですよ。

だから「コロちゃんの前立腺がんの大学病院での治療」は、まだもう少し先まで続きそうだと今日わかりましたね。

なお、この日の「放射線治療の医療費」は、前回詳しく書きました「70歳以上の高額療養費制度の外来特例」により、コロちゃんの場合は「月の医療費上限が2.2万円」となっているのですよね。

コロちゃんは「大学病院への医療費の支払い」は、第1回目の放射線治療で既に「上限の2.2万円」を支払っていますから、その後は全部「0円」となっているのですよね(※)。

(※外来特例は月単位となっていますので「その後0円」は今月中に限られます)

コロちゃんは、現在の「医療制度」には感謝するばかりでしたよ。

3.「がんと診断されたのは60代が最も多いよ」

コロちゃんの場合は、「60歳の誕生日の翌月に大腸がん(※)」と診断されて、その後「62歳で悪性リンパ腫(血液のがん)※」と診断され、70代で「前立腺がん」と診断され治療中です。

(※大腸がん、悪性リンパ腫は6年後に治癒となりました)

そこで、「がん」と診断されている方は「何歳ぐらいが多い」のでしょうか。コロちゃんは、あちこち調べてみましたが、「静岡がんセンター」が「アンケート調査」を行なっていました。

これは2003年に実施された「全国規模の調査」で、今から20年以上前のデータではありますが、ある程度の参考になるかと思われますよ。以下でしたよ。

◎「Q.がんと診断されたのはいつですか?」
 (小数点以下切り捨て)

①「20代: 1%」
②「30代: 5%」
③「40代: 15%」
④「50代: 26%」
⑤「60代: 30%」最多
⑥「70代: 18%」
⑦「80代: 1%」
⑧「90代:0.1%」

https://www.scchr.jp/cms/wp-content/uploads/2015/11/taiken_koe_jpn.pdf
(出典:静岡がんセンター がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査より:8月25日利用)

うーむ、上記を見ると「コロちゃんが大腸がんと宣告された60代」の「⑤60代が30%」で一番多いですよ。
( ̄へ ̄|||) ウーム

そして「2番目が④50代の 26%」ですね。この方たちはまだ「バリバリの現役世代」ですから「ショックも大きい」でしょうし「生活上の不安も大きい」でしょうね。

現在の社会は「60代になっても働くのがデフォルト」になってきていますから、これらの「がんと宣告された方たち」は、「人生の予定が変わった」と感じていると思われますよ。

コロちゃんがそうでしたからね。そこから「人生の計画を立て直す」には、大変苦労した思いがありますよ。

もう1つ、「がん患者の家族についての回答」を見てみましょう。下記でしたよ。

◎「Q.お子様のいる方にお聞きします。あなたのお子様について当てはまるものを選んでください」
 (小数点以下切り捨て)

①「一番下の子どもがまだ小学校に行っていない」
 ・「1%」

②「一番下の子どもが小学生か中学生である」
 ・「5%」

③「一番下の子どもが高校生である」
 ・「2%」

④「子どもはみな高校は卒業しているが、大学・短大・専門学校等に行っている子どもがいる」
 ・「5%」

⑤「子どもはみな就職又は結婚して独立している」コロちゃんはココ
 ・「64%」最多

⑥「就職、あるいは結婚していない子どもがいる」
 ・「3%」

https://www.scchr.jp/cms/wp-content/uploads/2015/11/taiken_koe_jpn.pdf
(出典:静岡がんセンター がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査より:8月25日利用)

うーん、上記を見るとコロちゃんと同じ「⑤子どもはみな就職又は結婚して独立しているが64%」で「最多」となっていますね。
(´ヘ`;) ウーン

しかし、「お子さんたちがいらっしゃる①~④の合計が15.1%(※)」です。これを見ると「お子さんがいるがん患者の方の1割以上に学校に行っているお子さんがいる」となります。

(※四捨五入前の合計値です)

このデータを見たコロちゃんは、「まだ就学中のお子さんがいるがん患者の方たち」の心労を思いましたよ。ご苦労なさったと思われますよね。

しかも、上記のデータでは「④50代でがんと宣告された方が26%」もいらっしゃいました。

コロちゃんは、自分の経験からも「他人ごとではない」と感じていますし、「頑張れーとエールを送りたい」と思いましたよ。

4.「最悪なのはやることがない時だよと、コロちゃんは運が良い男だよ」

さて、ここでちょっとコロちゃんの考え方を書いてみますね。2つありますよ。

まずコロちゃんが「60歳で大腸がん」と宣告された時には、「やることが沢山あった」のですよね。以下ですよ。

◎「60歳でコロちゃんが大腸がんと宣告された時のやるべきと考えた事項」

①「大腸がんの情報収集」
②「家族への連絡」
③「夫婦の生活費の確保方法」
④「会社への連絡と交渉」
⑤「今後の推移のシミュレーション」

最初に思い付いただけで、ざっと上記の「①~⑤」まで多岐にわたります。当時のコロちゃんは「忙しかった」のです。それこそ「落ち込んでいるヒマ」はありませんでした。

そこで「コロちゃんは考えた」のですが、「人間やることがあるうちは大丈夫だ」との観念ですよね。

「やることがなくなった時」が「一番危うい」のですよ。それこそ「最悪の時とはやることがなくなった時だ」と思いますね。

現在のコロちゃんは、毎日「病院通い」と「ブログのカキコキ」と、その合間に「日常生活のルーティン」を回しているのですから、とても「やることが多く忙しい日々」を生きていますよ。

そう見てみると、まだまだ「コロちゃんは大丈夫だ」と感じていますよ。

もう1つですが、以前コロちゃんは「60歳で大腸がん・62歳で悪性リンパ腫(血液のがん)・70代で前立腺がん」と宣告されましたが、いずれも「早期発見」できたので「運がよかった」と書いたことがありました。

しかしコロちゃんの「運の良さ」は、「がんの早期発見だけ」ではなかったのですよね。

だって「1970年代の20代のコロちゃん」は、普通の「進学⇒就職⇒家族の形成⇒老後」のレールからは、相当「外れた生き方」をしてきたと自覚しています。

しかし、その中で「妻」と知り合い「2人の息子たち」を授かり、20年ほどの「子育ての後」に無事に「2人とも独立・自立させること」ができました。

今振り返ってみると、まず「よくできた妻と知り合ったこと」がコロちゃんの「一番の運の良さ」ですよね。

5年ほど前に亡くなった妻は、かなり「キャラの濃い女性」で、たとえ自分が悪くとも「絶対に謝らない女性」でした。

しかし「いつもカラッとした明るさ」で、周囲を振り回す女性でしたよね。

コロちゃんは「50年近く一緒に暮らして」きましたが、最後まで「コロちゃんを飽きさせない女性」でしたよ。

そして「2人の息子たち」も、コロちゃんがほとんど「子育て」に関与せずに「妻任せ」だったにもかかわらず無事育ち、その後「家族」を形成しています。

コロちゃんは「母子家庭」で育ち、妻は「両親を早い時期に亡くし苦労した家庭の出身」だったんですよね。

それを思うと、現在のコロちゃんの居場所を見ると「よくここまでこれた」と「運がよかった」と強く「感じていますよ。

あくまでも「人生」をポジティブに見ているのがコロちゃんですよ。そしてコロちゃんは、できれば最後の「終末期」まで、この「人生観」を保ちながら生き続けて行きたいと思っていますよ。

5.「コロちゃんと帰り道のカップラーメンの記憶」

今日のテーマは、「コロちゃんの放射線治療も4回目だよ!──あと1回を残して「自分は運が良かったと人生を振り返る」を報告してみましたよ。

「放射線治療も4回目」となると、さすがに「ネタ」がなくなるのですが、今日はちょっと「どんな平凡な日常生活」でも「ブログで書ける」ように挑戦してみましたよ。

これを「内容が薄い」と感じられるか、それとも「挑戦しているな」とお感じになるかは、コロちゃんにはわかりません。お読みになられる皆様方次第ですよ。

最後の「コロちゃん話」は、この「大学病院からの帰り道のカップラーメンの記憶」について書いてみますね。

コロちゃんは、現在「放射線治療」を受けている「大学病院」へ「60歳の時に大腸がん」と宣告された時から通い続けています。

その後は「悪性リンパ腫」と「妻の肺癌治療」でも通い続けていますから、往復したのは「100往復」を下らないと思いますよ。

その中では「午前中の早い時間」から「予約の診察・治療」が入っていた時も数多くありました。そんな時にコロちゃん夫婦は、診察・治療後の「昼食」を帰り道で食べることも多かったのですよね。

一番手軽なのは、「大学病院内のコンビニでおにぎりとコーヒーでの昼食」でしたよ。

「大学病院」には「広いロビー」がありましたから、そこで「1人メシ」や「妻と2人メシ」を食べたりしたこともありました。

また「大学病院内の食堂」を利用したこともありましたね。ここでは「定食」もありましたし、「カレーライス」などのいくつかのメニューが食べられました。

しかしコロちゃんの記憶に強く残っているのは、この「大学病院からの帰り道」の途中にある「ローソン」での「昼食」でしたよ。

これは「妻」が「たまにはカップラーメンが食べたいわね」と希望したのですよね。

コロちゃん夫婦の自宅での「食生活」で「カップラーメン」を食べることはありませんでしたから、久しぶりに食べる「カップラーメン」をとても美味しく感じたのはコロちゃんも同じでしたよ。

この「ローソン」で食べた「カップラーメン」が、妻と外で食べた「最後の食事」でしたね。妻も「美味しいよね」と話していましたね。

「熱い汁」がなかなか飲めなかった記憶がありますから、「季節は冬」でしたよ。

この時の妻は、もう「肺がんの末期」でとても「外食」に出かけられる状態ではなかったのです。

今日のコロちゃんは、「大学病院からの帰り道」にこの「ローソン」の前を通り過ぎて帰宅しましたよ。

コロちゃんは、今日「大学病院」からの帰り道の「山々の風景とローソン」を横目で見ながら、もう隣のシートには妻はいないとちょっぴり寂しい気持ちを抱きましたね。

妻が逝ってから来月で丸5年ですから、もう記憶は薄れてもいいのですが、時々「色濃く蘇ってくる」ヘタレなコロちゃんを、どうぞ笑いながらお読みいただければ嬉しいですよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)

おしまい。

イラストは生成AI(Gemini)で作成したものです

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