【闘病考】「前立腺がん」治療の次の一歩へ、いよいよ放射線治療だよ──下りのエスカレーターから歩く歩道へ変わったと感じたコロちゃん

【闘病考】
イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

①「いよいよ、前立腺がんの放射線治療の計画に入ります」

②「放射線治療とその後の治療の予定がほぼ決まったよ」

③「日本人のがんの現在地をみておこう」

④「がんとなって生きる日々と、下りのエスカレーターと歩く歩道」

⑤「コロちゃんと抗がん剤の副作用と後遺症」

1.「いよいよ、前立腺がんの放射線治療の計画に入ります」

コロちゃんって、今までに「大腸がん・前立腺がん」と立て続けに「がんとの闘い」をしてきたのですよね。もちろん、こんな生き方って本意ではありませんでしたよ。

それがやっと「がんと知ってから6年後に治癒となった」と思ったら、今度は「前立腺がん」ですよ。

「天は我を見放した!(※)」。

(※天は我々を見放した:1977年:東宝映画「八甲田山」の主人公「神田大尉(北大路欣也)」の最後のセリフ:主演・北大路欣也:原作・新田次郎)

いえいえ、天はコロちゃんを見放しませんでした。しっかりコロちゃんは「生き残っています」からね。
ヾノ´∀`*)イエイエ

ただこの「天は我々を見放した!」との「映画、八甲田山」の「決めゼリフ」は、今ではあんまり知られていないかも知れませんね。

コロちゃんの年代ですと、誰でも知っている「有名なセリフ」なんですけどね。おっと話がそれちゃいましたね。
\(-\)(/-)/ ソレハコッチニオイトイテ…

とにかく、今日はコロちゃんが「前立腺がんの治療」の「大学病院の診察日」なのですよね。

現在「前立腺がん」の「ホルモン療法」を受けているコロちゃんは、次の「放射線治療」へと進む段階にきています。

今日の「大学病院の診察」では、その「放射線治療」の詳しい説明がなされる予定になっています。

この内容は、この後に「大学病院」から戻ってから書きますが、まずは、ここまでの「コロちゃんの前立腺がんとの戦いの経過」を簡単に振り返ってみますね。

コロちゃんは、昨年2025年の9月に「定期健診」の「血液検査」で初めて「前立腺がんの疑いがある」と判明し、その後「順調」に「前立腺がんの治療」を進めてきました。

現在までの経過は以下の通りです。

◎「コロちゃんの前立腺がんの経過」

①「毎年受けている定期健診」
 ・「PSAマーカー検査で基準値超え」
  (前立腺がんの疑い)

②「近隣の病院でCT検査」
 ・「画像診断で前立腺がんの疑い」
  (カテゴリー4の疑い)

③「大学病院で針生検検査」
 ・「2泊3日の入院」
 ・「14ヶ所のうち5ヶ所でがん細胞確認」
 ・「前立腺がんと確定」

④「大学病院で骨シンチ検査とCT検査」
 ・「骨への転移の検査」
  (骨転移はなし)

⑤「大学病院で医師が2つの選択肢を提示」
 ・「手術かホルモン療法か?」
 ・「ホルモン療法を選択」

⑥「ホルモン療法(リュープリン注射)の経過」
 ❶「1回目:リュープリン3.75mg皮下注射」
  (1ヶ月間効果が持続する薬)
 ❷「2回目:リュープリン22.5mg皮下注射」
  (6ヶ月間は効果が持続する注射)
 ❸「3回目:9月頃予定」

⑦「今日はココ」⇒
 ・「血液検査の結果を見た上で放射線治療に入ることを検討」

ざっと、上記のような「前立腺がんの治療」をコロちゃんは受けてきました。

今日は、これまでの「治療の結果」と、多分その後の「放射線治療の予定」が医師から伝えられると思いますから、今後の「前立腺がん治療の計画」が分かると思っていますよ。

コロちゃんは、「大学病院」に出かける直前にここまでブログ記事を書きましたから、これ以降は「帰宅後」に続きを書くことにしますね。

それでは「大学病院」に行ってきまーす。
٩(σ。σ)وイッテキマース

2.「放射線治療とその後の治療の予定がほぼ決まったよ」

ただいまー。たった今コロちゃんが帰ってきましたよ。
(*´ᗜ`*) タダイマ~

出発が「午前8時30分」で帰宅が「13時00分」でしたから、「病院通院の総時間は4時間30分」と今日はまあまあの「経過時間」でおさまりましたよね。

今日の「主治医の診察」の待ち時間は、「予約時間」から「50分後」でしたよ。あの「担当医さん」はいつも忙しそうにしていますから、コロちゃんは「まだ早い方だ」と思っていますね。

そこで、この直前に採取した「血液検査の結果」が判明しました。「前立腺がん」は、「血液検査」の「PSA検査(※)」で「がんの状態」を診断しているのですよね。

(※PSA値:血液検査で判明する前立腺がんのがんマーカー)

この「結果次第」で、次の「放射線治療に進めるのか」が決まるのです。

この「PSA検査」における「基準値」と、「コロちゃんの数値」を下に書き出しますね。まずは「PSA基準値」ですが、これは「年齢」によって違ってきます。下記ですよ。

◎「PSA検査基準値」(血液検査)

①「50~64歳:3.0ng/mL以下」
②「65~69歳:3.5ng/mL以下」
③「70歳以上 :4.0ng/mL以下」コロちゃんはココ

https://ganjoho.jp/public/cancer/prostate/about.html
(出典:がん情報サービス 前立腺がんについてより:6月11日利用)

ふむふむ、上記を見るとコロちゃんは「③70歳以上ですから4.0ng/mL以下」だったら問題がないわけですよね。
φ(゚Д゚ )フムフム…

そこでコロちゃんの「PSA検査値」を見ると、以下でしたよ。

◎「コロちゃんのPSA検査値の推移」

①「2025年10月  :4.60ng/mL」定期検査
②「大学病院の検査:5.20ng/mL」初診時
③「大学病院の検査:5.38ng/mL」針生検時
④「大学病院の検査:1.73ng/mL」ホルモン療法開始
⑤「大学病院の検査:0.21ng/mL」今回検査

うーむ、上記の「①4.60」が定期検査で初めて「前立腺がん」の疑いとされた時の「PSA検査値」ですよね。
( ̄へ ̄|||) ウーム

それ以降は「②5.20、③5.38」と、「基準値の4.0」を大きく超えていましたが、「④のホルモン療法」が始まってからは、一気に「④1.73、⑤0.21」と急降下しました。

最後の「⑤の0.21」を今日確認できましたから、「主治医」は「次の放射線治療に進みます」となったわけなのですよね。

コロちゃんは、「ひとまず一段落だね」とちょっと安心しましたよ。それで、これ以降の「治療スケジュール」ですが、以下となりましたよ。

◎「今後のコロちゃんの前立腺がんの治療スケジュール」

①「7月中旬:放射線医師の初診とその後の放射線治療計画の提案」

②「放射線治療開始:7月後半から9月前半の間と思われる」

③「9月初旬:最後のホルモン療法」
 (リュープリン22.5mg皮下注射) 
 (6ヶ月間は効果が持続する注射)
 (これでリュープリン注射は終了)

④「順調にいけば、③の9月初旬の診察で治療終了」

⑤「それ以降は、コロちゃんの居住地の近隣病院の泌尿器科で経過観察」
 (大学病院からは紹介状発行)
 (経過観察は死ぬまで続ける)

ふーむ、上記をみると思ったより「大学病院の治療」は「早く終わりそう」ですよね。
( ̄へ ̄|||) フーム

さっきの「主治医の話」ですと、「8月頃に放射線治療」を受けて「順調にいけば9月初旬の診察で治療終了」になるか、それとも「放射線治療がもう少し後に伸びればその後になる」とのことでしたね。

ですから、今年中には間違いなく終わりますよね。

コロちゃんは、今回の「がん」は今まで経験した「大腸がん」と「悪性リンパ腫(血液のがん)」と違って、治療の副作用や後遺症がほとんどなかったので、ちょっとホッとしていますよ。

3.「日本人のがんの現在地をみておこう」

前項で「コロちゃんの前立腺がん治療の現在位置」を書きましたが、次にちょっと「日本人のがんの現在位置」を俯瞰してみましょう。以下でしたよ。

◎「生涯でがんに罹患する確率」
 (2023年)

●「全がん」
 ・「男性:61%」(2人に1人)
 ・「女性:50%」(2人に1人)

うーむ、今では「がん」は「2人に1人」がかかる病気となっていますよ。
( ̄へ ̄|||) ウーム

だけどコロちゃんは「1人で大腸がん・悪性リンパ腫・前立腺がん」と、「6人分のがん」を「1人」で背負っていますからね。「がん」にならなかった方から「感謝」されても良いぐらいですよ。

◎「部位別がん罹患数」
 (1000人未満切り捨て:2023年)

●「男性」
 ①「前立腺がん:10.2万人」
 ②「大腸がん : 8.5万人」
 ③「肺がん  : 8.1万人」

○「女性」
 ①「乳がん :10.2万人」
 ②「大腸がん: 6.8万人」
 ③「胃がん : 3.3万人」

うーん、コロちゃんの今回の「①前立腺がん」って「男性の1位」なんですね。「1年間に10.2万人」も罹患していますよ。
(´ヘ`;) ウーン

それに対して、「女性」は「①乳がん10.2万人」って「①男性の前立腺がん10.2万人」と同じ数の方が罹患していますよ。ただ「女性の乳がん」は若い方も多いようですから可哀想ですよね。

最後に「がんの5年相対生存率」を見て終わりましょう。コロちゃんの「前立腺がん」に注目ください。下記でしたよ。

◎「部位別がん5年相対生存率」
 (1000人未満切り捨て)
 (小数点以下切り捨て)
 (2009~2011年)

①「男性」
 ①「前立腺がん:99%」コロちゃんはココ
 ②「皮膚がん :94%」
 ③「甲状腺がん:91%」

②「女性」
 ①「甲状腺がん:95%」
 ②「皮膚がん :94%」
 ③「乳がん  :92%」

https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html#anchor4
(出典:がん情報サービス 最新がん統計より:6月11日利用)

ふーむ、上記は「がんの5年相対生存率が高い方からのベスト3」ですが、コロちゃんの「①前立腺がんは99%」と極めて高いのですよね。
( ̄へ ̄|||) フーム

コロちゃんの「前立腺がん」は、担当医から「中間リスク」で「5年相対生存率は90%以上」と言われていますよ。

ですから、今までの「大腸がん70%、悪性リンパ腫70%」よりも、全然高いので「安心」していますよ。

だけど、もうコロちゃんは「70歳」を超えているんですよね。

あと「5年間」もたったら、もうすぐ「80歳」ですから、「もうそろそろいいかなー」なんて考えちゃったりしていますよ。

4.「がんとなって生きる日々と、下りのエスカレーターと歩く歩道」

さてここでちょっとコロちゃんの考え方を書いておきますね。

上記でも書きましたが、コロちゃんは今までに「大腸がんと悪性リンパ腫という2つのがん」を経験してきました。

最初の「大腸がんはステージ3」で「5年相対生存率は70%」と言われていましたね。その時のコロちゃんの心境は、「長い下りのエスカレーターに乗っている風景」でしたよ。

どの位長いかと言うと、「地下鉄六本木駅のエスカレーター」みたいなものですよね。

この「六本木駅のエスカレーター」は「日本でも有数の深い場所にある」とされていて、「ホーム」は地下42.3mにあり、時間は「6分間の間」延々と下りつづけているのですよ。
(乗り継ぎはあります)

「大腸がん」の時のコロちゃんの「心象風景」は、その「途中で降りられない下りのエスカレータ-の先に死がある」と言ったものでしたよね。

しかしコロちゃんは、「悪運強く生還」してきました。

次の「悪性リンパ腫(血液のがん)」の時には、「ステージ2」でしたが「5年相対生存率70%、10年生存率40%(※)」と言われていました。

(※コロちゃんの場合です)

この時の「下りのエスカレーター」は、ちょっと下る角度が浅く距離も短くなったような「心象風景」を見ていましたよ。

この「エスカレーター」は「東京駅の新幹線のホーム」へ向かう「短いエスカレータ-」みたいなものでしたね。

あそこには、「10段ぐらいの段差のエスカレータ短いエスカレーター」が設置されているのですよ。これなら「行き先がよく見えます」から「不安」も小さいですよね。

ただ、それでも「途中で降りられない下りの路線」は変わりません。

そして、今度もまたコロちゃんは、「悪運強く生還」することになったのですよね。

そんな「体験」を2回もすれば、いくら鈍いコロちゃんと言えども少しは慣れてきますよね。さらに今回の「前立腺がん」は「5年相対生存率90%以上」と言われていますよ。

ですから、今現在のコロちゃんの「心象風景」は、「成田空港」の「長い歩く歩道」ですよ。

あそこには「駐機のエプロン」まで「かなり長距離の歩く歩道」が動いていました。

この「歩く歩道」には、「地下鉄六本木の下りのエスカレーター」のような、まるで「地獄の底」に降りて行くような急坂はありませんから、「不安も焦燥も」ありませんよね。

もちろん、この「歩く歩道」の行き先はまだわかりませんが、3回目ならそろそろ「どこでも構わない」と「覚悟と度胸」が身についてきたコロちゃんでしたよ。

ここまで「コロちゃんのがんと生きる日々」の「本音」を、ちょっと書き散らしてみました。

なお、このような考え方になるまでには、いろんな葛藤はあったのですが、それはまた別の機会に書こうと思いますよ。

5.「コロちゃんと抗がん剤の副作用と後遺症」

今日のテーマは、「前立腺がん治療の次の一歩へ、いよいよ放射線治療だよ──下りのエスカレーターから歩く歩道へ変わったと感じたコロちゃん」の様子を書いてみましたよ。

やっと「前立腺がんの治療の先が見えてきた」ようで、コロちゃんは「これで取り敢えずは一段落だね」と、もう「あと1歩」まで来たような気持ちでいますよ。

最後の「コロちゃん話」は、やはり「がんの話」にしましょう。

コロちゃんが体験した「大腸がんと悪性リンパ腫(血液のがん)」の「抗がん剤の副作用と後遺症」を書いてみますね。

コロちゃんが体験した「抗がん剤治療の副作用と後遺症」には「酷い目」にあいましたよ。以下でしたよ。

◎「大腸がんの抗がん剤治療後の症状」

①「副作用」
 ・「頭髪の脱毛」
 ・「手足の皮膚がボロボロ剥けた」
 ・「足の爪が全部脱落」
 ・「骨密度の低下と圧迫骨折」

②「後遺症」
 ・「全身の痛みが2年以上続いた」
 ・「骨密度の低下は現在も継続中」

いやー、ひどい目にあいましたよ。
( ;´Д`)イヤー!

「副作用」の「脱毛」や「手足の皮膚ボロボロ」は1年程度で回復しましたが、「骨密度の低下」と「足の爪」は元には戻りませんでしたよ。

そして「副作用」の「全身の痛み」は、2年間以上続きましたよ。このまま「一生続くのか」と暗澹たる気持ちでしたが、3年目になると少しずつ痛みが薄らいできて、その後やっと回復しましたよ。

そして「悪性リンパ腫の副作用と後遺症」は、以下でしたよ。

◎「悪性リンパ腫の抗がん剤の副作用と後遺症」

①「副作用」
 ・「吐き気(数日間)」
 ・「全身の凄まじい倦怠感」

②「後遺症」
 ・「全身の凄まじい倦怠感が1年以上続いた」

この時の「抗がん剤」は厳しかったですよ。「①副作用の全身の凄まじい倦怠感」は、とにかく「寝転んで息をしているのもつらい」のですよ。

コロちゃんは、「一呼吸、一呼吸」しながら、「もう抗がん剤治療はやめたい・・・いいや、もう少しがんばる」と心の中で「悲鳴と気力の闘い」を繰り返していましたね。

そして、この「全身の倦怠感」がずっと1年以上続いたのですよね。

後から振り返ってみると「ほぼ1年間が辛い状態」で、その後は「薄紙を剥がす」ように「身体が動くように」なってきましたね。

今振り返ってみると、「大腸がんの後遺症」から抜け出したのは、「抗がん剤治療後」から「3年目に入るころ」でしたね。

そして、「悪性リンパ腫の後遺症」が薄くなってきたのは、「抗がん剤治療後」から「2年目に入ってから」でしたよ。

それと比べると、今回の「前立腺がん」の「ホルモン療法(リュープリン注射)」は、「副作用」と言っても、その日の夕方に少し身体が「ポッポ」と火照るぐらいで、つらいものではありませんでした。

今回の「後遺症」は、まだわかりませんが今のところは「何の症状」も感じられませんから、これまでの「がんの治療」と比べれば、「軽い軽い」と思っているコロちゃんでしたよ。

あとは、次の治療を粛々と進めていこうと考えていますよ。

こんな話が、皆さんのご興味の対象になるのか分かりませんが、コロちゃんにとっては「貴重な体験」でしたので、今日はちょっと詳しく書き出してみました。

できれば「がんの話」を「参考にするような立場」には誰だって陥りたくないですよね。だけど、上記であったように、現在は「2人に1人ががんになる時代」です。

「転ばぬ先の杖(※)」と言う言葉もありますが、こんな「コロちゃん話」も読み流すだけで、いつか役に立つかもしれませんよ。

今日の「コロちゃん話」は、コロちゃんの「がんの副作用と後遺症の体験記」でしたよ。できれば皆さんの身には「降りかからないこと」をお祈りしているコロちゃんでしたよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)

おしまい。

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

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