【読書考】「2035年の中国」を読んで

読書

おはようございます。今朝は朝からムンムンと感じるむし暑さでした。ワンコは家の中の居間のフローリングにべったり全身を弛緩させて寝ていました。

梅雨の蒸し暑さを、今年は一段と体感していますね。これはコロちゃんの年齢のせいか、それとも皆さん全員が感じているのでしょうか。

こんな気候ですと、体調を崩す方も多いかと思います。皆さまも、お身体にお気を付けください。

今日は、ちょっと気になる本を読みましたので、それをポチポチします。

1.「米中対立」は、今一番の「フォーカスポイント」

昨今の新聞を読んでも、ニュースを聞いても「米中対立」が出てこない日は少ないと感じるほどに、「アメリカと中国の対立」の話題は数多く流れています。

「国際関係」や「軍事」はもちろん、「経済」や「ビジネス」にわたるまで、幅広い領域で「米中」の「デカップリング」や「デリスキング」が議論されています。

しかし、その背景にある「中国」の国内事情や、文化、傾向、体質から歴史に至るまで、私たちは詳細に知っているわけではありません。

私たちは、あくまでも日本の歴史・文化・国民性などの価値観の延長線上で、「アメリカ」や「中国」の行動を見て考えて評価しているのです。

コロちゃんは、「国際関係」においては「違った価値観を持つ他国」の存在を認めることが重要だと思っています。

「米中対立」の内容を知るためには、まず「中国」という国がどういう国なのかを知る必要があります。

そして、日本とどこが違っているのかを知ることが必要だと常々思い、コロちゃんはこれまでにも「中国本」はずいぶん読んできました。

本書の著者は、外務省に勤務し駐中国大使(2006~2010年)を務めた方です。当然中国を深くご存じの方でしょう。

駐中国大使とは、日本国を代表して中国に赴いた方なのですから、外部に漏らせないような機密も数多くご存じかと思いますが、本書で語っている内容だけでも、驚く内容がたくさんありました。

それでは、その本を簡単にご紹介したいと思います。

2.「2035年の中国(宮本雄二 新潮社 2023年)

アメリカや日本からは「権威主義国家」と呼ばれる「中国」という国家を、著者は実に冷静かつ落ち着いた目で見つめています。

本書は、2022年の10月の中国共産党第20回党大会で、習近平が総書記に3選された時から始めています。

この党大会では、習近平が「圧倒的な人事の力」を見せつけました。

著者は、その時から10年前に習近平が総書記に初めて就任した時には、今のような「強い指導者」の姿を想像できたものはほとんどいなかったと語るのです。

わずか10年で「習近平思想」を生み出すまで力を増した習近平を、「中国という国」を語ることによって、著者は解明しようとしているのです。

そして、これから中国が向かおうとしている目標地点を上げています。それは「二つの百年」です。

①中国共産党建国100年の2021年に「全国的な小康社会」を作り上げること

これは、公約通り達成しています。「ややゆとりのある生活ができる社会」を作り上げることに成功しています。

中国は、現在一人当たりGDPで1万2千ドルを超え、先進国入りも目前に迫っています。

②中華人民共和国建国100年である2049年に「富強の民主的で文明的な調和のとれた美しい社会主義現代化を実現した強国」を作り上げること

この「100年目標」を習近平は、「2022~2035年」と「2036~50年頃」までと二つに分けていると言います。

そして今世紀半ばには「総合国力と国際的な影響力において世界の先頭に立つ社会主義現代化強国を作り上げる」と宣言したと紹介しているのです。

そこで、この本のタイトルである「2035年の中国」の意味が分かってきます。

「2035年」は、壮大な「中国の夢」の実現の「中間点」として、格別に重要な位置づけを与えられているというのです。

この「2035年」は、現在の2023年からわずか12年後となります。

コロちゃんは、もう70歳間近のおじいちゃんですから、たぶん見れないかとは思いますが、現在の多くの方々はいずれ目の当たりにすることでしょう。

そういう視点でこの本を読むと、一層興味が湧いてくると思います。

3.「中国共産党」は国民を恐れている

著者は、中国と言えば共産党の一党支配による強権政治の国というイメージが強いと言います。

しかし著者の理解する「中国」と「習近平政権」はこのイメージとかなり違うと書いています。

そして「毛沢東」や「鄧小平」などの建国の指導者の歴史的活動をひとつひとつ上げて、「国民との関係を離れて共産党は存続できないことはよくわかっていた」と語るのです。

著者は、ここでロシアとの比較を提示しています。

ロシアの歴代王朝は、外敵の侵入で崩壊したことはあっても、レーニンによる共産革命を除き、自国民の力で倒されたことはないというのです。

しかし、中国では、全ての王朝が「農民蜂起」によって倒されているというのです。

そこで「いかに権勢を誇ろうとも、民の声に耳を貸さず国民多数が離反すれば、そこで政権は終わるのだ」と言うのが「中国共産党の認識」だというのです。

この統治の正当性をめぐる問題が、国民の要求にしっかり答えていくこと、つまり「民生」にあることを、中国共産党の指導者はしっかり理解していると書いています。

そして、国民が貧しい時代には「人民の生活水準の向上」を目指してきたのですが、豊かになれば、もはや「収入増」だけでは満たされない時代になってきます。

現代社会特有の「多様化した価値観とニーズ」に、中国共産党の一党支配の制度がどこまで上手に対応できるか、中国の将来はここにかかる時代に入っていると本書は書いています。

4.中国社会の中核をなす「義」とはいかなる価値観か?

著者は、この中国の「国民」が私たち「日本人」とは違うと断定しています。

中国社会が最も重んじるのは「義」であると言います。この「義」意味は簡単には解説できないとしています。

著者は、この「中国社会」をよく知ることができる本として「馬賊戦記」(朽木寒三著 1966年)という本を取り上げます。

この本は、コロちゃんも20代のころ読んでワクワクする思いを持ったことがありました。

「小日向白朗」という少年が単身で中国大陸に渡り、捕虜から「中国全土の馬賊」の総統目まで上り詰める伝説的活躍を成し遂げた青年のお話しですが、全て実話です。

その中にも「義」のエッセンスがあるというのです。

著者は、この「義」は「人倫道徳の根源的なもの」と語ります。

親子の情が「義」の根源にあり、親が納得しないことは共産党でも行えない。

著者は、ここで2020年初めの武漢におけるコロナ禍での医師の死亡事件を取り上げています。

武漢の地方幹部のコロナについての言動は「義」に反する行動だった。人民の命に関わる重大問題を軽視したこと自体「義」に反する。

しかも「義を見て為さざるは勇なきなり」(論語)と立ち上がった医師を処罰し、医師は殉職した。当局の行動は何度も「義」に反していた。

そこで、「国民」は本当に怒り、共産党は初動のミスを認め、医師の行為を是認し烈士に認定したと言いうのです。

著者は「中国」は「空気」社会だと言います。何らかの形で出来上がった「空気」に逆らうことは中国でも難しいというのです。

それで、万が一にも「中国国民」が一致して反対するようなケースにぶつかり、その時に共産党が対応を誤れば統治の屋台骨は揺らぐというのです。

中国分析にこの「中国国民」の視点を欠いてはいけないと語っています。

コロちゃんは、「中国」と「中国共産党」については、結構知っていたつもりでしたから、この本の「中国共産党」と「中国国民」の理解については、ちょっと驚きました。

「国民」からは、「中国共産党」の権威は仰ぎ見るような存在かと思っていたのです。

しかし、本書の見解は、「中国共産党」は「国民の空気の範囲内」でしか動けないようにも見えます。日本でもそうですが、社会を包む「空気」は、何とも言語化しにくいものだと思いました。

5.中国共産党は「理屈の組織」

著者は、中国共産党は「理屈っぽい」と書きます。ソ連共産党もそうだったので、共産党はそういうものだと書いています。

そして、中国共産党の指導思想の過去の経緯を分析しているのです。

時代が変化したときには、「新しい指導理念」が発表されます。

しかし、それは、いろいろな場面での指導者の発言を集めたものであり、それを理論担当者や研究者が後で「論理的、体系的なもの」として説明するというのです。

事後に「マルクス・レーニン主義・毛沢東思想と整合的なもの」に仕上げる作業をしているというのです。

それで「習近平思想」は、いまだ発展途上にある未完の思想であると断言します。

「習近平思想」の特徴は、政治とイデオロギーの重視にあります。

「中国」においては、もはや「経済」だけでは人々を奮い立たせ、共産党の統治は当然だと納得させることはできない。経済発展が当たり前になった中国で、経済だけでは国民はついてこない。

そこで未来を語り理念や価値観を強調することにした。それが「中国の夢」であり「中華民族の偉大な復興」だというのです。

本書のこの分析は、コロちゃんにも納得できる深いものです。

思うに、文化と社会制度の違う他国をみて「理解できない」のは、相手への理解と知識が足りないのだと痛感します。

本書は、中国は日本とは、「歴史」も「社会制度」も「国民意識」も全く違う別の国だと、よくわかる内容だと思いました。

6.習近平の母のエピソード

本書は、習近平の生い立ちや、経歴、思考様式、そして父母の経歴なども詳細に追いかけています。

その中で、コロちゃんが印象深く思ったのは、習近平の母・「斉心」のエピソードです。

本書は、習近平の母「斉心」の生まれから簡単な経歴を書いているのですが、「街の噂話」として次のエピソードを書いています。

「街の噂では、2007年に習近平が政治局常務委員となり次の指導者となることが明かになったとき、斉心は一族郎党が企業と関係することを禁じ、2012年にトップになったときには、すべての所有株の売却を命じたという。さらに一族郎党全員を深圳の一角に住まわせ、自分の管理下に置いたという」

著者は、これを「習近平の足を引っ張るものが出ないようにした」と書いています。

コロちゃんは、これを読んで息子を「政務担当秘書官」に任じた、どこぞの総理大臣の顔が頭に浮かびました。

その息子は、外遊先でお土産を公用車で買いに行ったり、総理公邸内でお友達と宴会のあげく、新内閣発足を模した赤じゅうたんで記念写真を撮ったりと、やり放題をしていました。

結局、この息子は辞任させられましたが、習近平の母のエピソードと比べると、なんとも日本人として恥ずかしくなりますね。

7.中国の大きな流れ、「乱から統」へ

コロちゃんは、以前にも「中国の内政の動きは、大きな振り子だ」との主張の本を読んだことがありますが、本書でもそれと同じ見解を書いています。

毛沢東が計画経済にこだわり「統制を強化した」結果、経済は死んだ。

鄧小平と江沢民が、経済を「緩めた」結果、経済と社会は活性化した。

「緩和」のおかげで、経済も社会も乱れるのだが、胡錦涛は統制を強化できなかった。

腐敗はまん延し、社会規律は乱れ、経済は野放図に発展した。統制が不十分で「乱」を退治できなかった。

これに対する共産党としての対応が、習近平に権力を集中させ「統制」を強化するというものだったと著者は語ります。

なるほど、習近平と中国共産党への評価は、往々にして現在の活動や知識にとらわれますが、このように経過を見ると、「中国共産党」のとる論理と活動の歴史的変遷の大きな流れが、よくわかる気がしてきます。

この流れからみると、習近平政権の歴史的意義は、前総書記の胡錦涛時代の高度成長で野放図に発展した経済を引き戻すということなのでしょう。

そして「安定」という呼び名の「統制下」へ着地させる強権政治ということになるのでしょう。

この流れについて、本書は「中国の大きさが日本式の微調整を不可能にしている」と喝破しています。

中国において方向転換をする時には、大きく変えないと下はついてこないのだというのです。この点は日本とは大きく違いますね。

中国の人は、日本とは比べ物にならないくらい自分で判断して動くと言います。

微調整というのは白と黒とがハッキリしていない部分が多い。そういうことでは、自分の利益を放棄してまでやり方を改める人はいないというのです。

そこで大きく動かして、これは黒だと明示しなければならない。

このやり方は方向を再転換する時にも起こる。つまり中国は、日本からはとてつもなく大きなジグザグの線で進んでいるように見えてしまうというのです。

現在の習近平政権は、この「乱から統」の過程にあるというのです。

8.まだまだ、興味が尽きない内容が続く

本書には、これ以降のページでも「権力集中と党内民主のせめぎあい」や、「集団指導制、個人崇拝禁止の堅持」、「ウクライナ戦争と中国の対ロ観」など興味の尽きない内容が満載となっています。

そして「日本の国益を最大化するしたたかな対中外交とは」の章で、著者は、中国の台頭は遅らせることは可能かもしれないが止めることはできない」とリアルな認識を語っています。

そして「中国はさらに国力を増し、それに見合った影響力を獲得していく」としながら「しかし、総合国力において中国が米国を抜く日はおそらくは来ないだろう」とも続けているのです。

それを前提として「日本はしたたかな外交が必要」と訴えています。

9.「一人勝ち」のように見えるが・・・

2022年10月の中国共産党第20回大会の結果は、習近平の「一人勝ち」のように見えたと、本書も書いています。

コロちゃんも、この党大会は注目していた一人でした。

習近平総書記の3選と、李克強総理の退任があり、胡錦涛前総書記の不可解な途中退場もあり、新体制のほとんどを習近平派閥で占めるなど、中国共産党指導部の内部で何かがあったことを思わせるものでした。

コロちゃんは、この党大会の様子を見ていて、李克強総理と共産主義青年団系の幹部が辞めさせられたというより、その派閥全体が自ら身を引いたように感じていました。

なんか違和感があったんですよね。

それを、本書では、習近平が党内で「人事」と「習近平思想のバージョンアップ」を得た代わりに、「暗黙の了解(グランド・バーゲン)(仮称)」という制約を課せられた可能性があるとしています。

その「暗黙の了解(グランド・バーゲン)(仮称)」とは、以下の項目を挙げています。

①「集団指導制」の堅持の了解ないし再確認。

②「経済政策の修正と対外姿勢の修正」の一定の了解。

「経済」に関しては、経済のロジックの優先であり、改革開放政策の重視。

「対外姿勢の修正」は、対米認識、現状認識についての一定の修正。これがその後の「微笑外交」に繋がっていくとしています。

そして、この「暗黙の了解(グランド・バーゲン)(仮称)」なるものが出来上がった背景には、党を割ることに対する党内の強い危機感があったはずだとしています。

党内の一部は、更に抵抗する手はあったが、そうすれば党は分裂しかねない。この危機感が党をまとめたと本書は推測しています。

習近平の圧倒的地位も認め、今回の人事も好きにやれば良い。ただうまくやれずに結果をだせなければそれはすべて貴方の責任ですよという「暗黙の了解(グランド・バーゲン)(仮称)」があったというのです。

なんと、見てきたような具体性がある内容ですよね。著者は以前に駐中国大使を務めていらっしゃいます。おそらく中国共産党内にも多くの知己がいらっしゃることでしょう。

また、おそらく外務省のチャイナスクール出身だろうと思われますから、多くの中国の機密や秘密の情報に触れているかと思います。

そう考えると、本書で推測として書いてあることも信憑性が高く、迫力を持って迫ってきますね。

10.「2035年の中国」

本書は、最後に「2035年の中国」が、経済規模において米国を抜いているかは議論が分かれるところだがと、前提を置いたうえで、「間違いなく現在よりも大きな国」となっているだろうと予測しています。

2035年には、国際社会は、そのような、より大きな中国と向き合うこととなるというのです。

そしてその中国は、今までの中国とは違ってくると、著者は予測しています。

2035年の中国は、「90後」という新しい世代が40代に入り、その後には「Z世代」が続きます。彼らの「中国の夢」は、文革世代の「中国の夢」とは違うというのです。

著者は、中国の若者たちの変容に大きな期待をしていると感じました。

そして著者は最後に、中国を固定的に捉え、そのイメージを膨らませ、その結果出来上がった恐るべき「中国」を見ることは「誤り」と示唆して締めています。

コロちゃんは、中国関連の本は興味がありますから、かなり読み込んでいますが、本書の視点には新鮮さを持ちました。

本書は中国国民の国民性にも言及し、中国共産党の内部統制のあり方などまで踏み込んで考察しています。

もちろん他国の共産党組織の内部情報などはなかなか証明できませんから、本当のところはわからないのですが、この本を読むと、中国共産党の組織の論理がある程度わかってくるようにも思えます。

本書を読むと、これからの中国の報道もより広い視野で見ることができると、本書を高く評価します。

本書は興味深いですよ。ぜひ読むことをおすすめします。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。
このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします(^_^.)

おしまい。

Matthias BöckelによるPixabayからの画像
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