【読書考】「遠い崖」を読んで 

読書

長い小説というよりも魅力的歴史書であると思います。朝日新聞の連載小説でしたが、コロちゃんはリアルタイムには知らずに後日歴史書をあさる中で本書を見つけて、たちまち夢中になりました。

【読書考】遠い崖(萩原延壽 朝日新聞社)を読んで

①「旅立ち」「薩英戦争」「英国策論」

アーネスト・サトウは幕末にイギリス公使館の通訳生として来日しました。その足跡を追いかけることは、そのまま日本の歴史をたどることになります。

本書を読むと、楽しみながら日本史の詳しいところに自然に踏み込むことができるわけです。

本書は、日本における各国公使と本国で交わされる交信・訓令や、アーネスト・サトウ日記を活用しており、当時のヨーロッパ諸国の日本を見る視点がよくわかるものとなっています。

それにしても、文書のやり取りに4か月もかかる時代、外交官の裁量権は大きいのが当たり前。まさに「英雄の時代」であり、「古き良き時代」でしたね。

英国公使のハリー・パークスアーネスト・サトウの活動の記録は、あくまでもイギリス人の目から見たものです。それだからこそかえってリアルな「明治日本」が描き出されています。

本書は、読み続けるだけで、明治日本をよく知ることができる本だと思いました。

➁「慶喜登場」「外国交際」「大政奉還」

本書では、まるで今が幕末であるかのように詳細な話が続きます。

これだけの分量が積み重なると、それがイギリス人の目を通した記録であろうと、まるで自分自身が体験したかのような思いを持ちます。

本書のパークスをはじめとした西洋外交団と徳川慶喜とのせめぎあいは圧巻ですね。徳川慶喜はこの時31歳。まだ若いですね。この時期の政治的駆け引きは実に非凡と思いました。

また本書にはアーネスト・サトウ日本国内旅行の記録もあります。それはまるで「地球の歩き方 江戸期日本」です。

まるでガイドブックを読むかのような楽しさに満ちており、江戸期日本がいかに美しい国だったのかがわかります。

大政奉還の記載には、徳川慶喜とはどんな人だったのかと考えてしまいました。

彼は天才なのか、愚将なのか、真面目なのか、気弱なのか、詳細に足跡を追いかけている本書を読んでも、さっぱりわかりません。

31歳という若さで幕末の動乱の一方の主役を務め、家康以来の天才といわれながら、大阪からの自軍を見捨てての逃亡。そして敗軍の将から明治の復権となんとも忙しい。

どう評していいのかとまどってしまいます。

この時期のアーネスト・サトウの様子が以下のように書かれています。

「討幕派との対決が天皇の争奪であるというのに、なぜ徳川慶喜はかくも簡単に京都を明け渡したのかと、サトウは何度説明をきかされても容易に納得しかねた模様である」

首をかしげているサトウの姿が目に見えるようです。

当時の情勢では、天皇という玉を掌中にすることが権力の条件です。

そうである以上、常に京都には相手を大きく上回る軍事力を置くべきというプラグマチックな見方は、当時のアーネスト・サトウにとっての常識だったのでしょう。

ただ、徳川慶喜には出身の水戸藩の勤王イデオロギーという、西洋人には理解しにくい桎があったことが、彼の行動を理解しにくいものとしたとコロちゃんは思ったのですが、どうでしょうか? 

このようなことをいろいろ考えさせてくれるものですから、実に楽しい本です。

ここまでで、まだ6巻を読んだだけにすぎません。この後に8巻が続きます。まだまだご紹介は続きますよ。

③「江戸開城」「帰国」「岩倉使節団」

いよいよ幕末から明治維新クライマックスです。

勝海舟西郷隆盛も活躍するおなじみの場面が詳細に展開されます。精緻なその筆勢は、まるで読みながらその場にいるような臨場感すら覚えました。

江戸開城においては「パークスの圧力」があったのかどうかがいまだに論争になっていますが、まだ決着はついていないようです。

勝海舟の専門家である松浦玲氏はどう書いていたっけかなと比べてみたくなりました。

サトウの友人である医師ウイリス戊辰戦争の医療活動には、素直に感動しました。その活動は、まるで「国境なき医師団」そのものです。

ウィリアム・ウィリスは、サトウの同僚であり、友人でもあります。歴史にはほとんど登場しませんが、「手紙」の発掘によって本書では生き生きした命を与えられています。

ウィリスは、当時薩摩の国において医師として苦闘しますが、本書でのその姿はあくまでも美しい

彼の、エピソードというにはあまりにも多い活動報告は、本書に幅のひろさを与えてくれていると思いました。

イギリス公使のパークスは、ハモンド外務次官にあてた半交信で以下のように指摘しています。

「日本人は中国人よりも感情に動かされやすく、その行動に安定感を欠き、持続的な努力を必要とする作業を簡単に放棄する傾向がある」

これは、現代の日本人にも当てはまることかもしれませんね。明治維新はその傾向が背景としてあったからおきたのでしょうか。

岩倉使節団は、100人以上の政府高官が欧米を1年以上にわたって見聞を広めてきた国家事業です。本書では「各国外交のウラ側」を詳細に解き明かしています。

国際政治というものが、国益と国益のぶつかり合いだというリアルな現実が突き付けられる思いを持ちました。友好も国益のためなんですね。

④「大分裂」「北京交渉」「賜暇」

本書はアーネスト・サトウとその友人であるウィリアム・ウィリスの二人を取り上げることによって歴史の舞台を回しているのですが、対比できる人間ドラマが見えることも興味深いです。

努力と知性で地位の上昇を勝ち取っていくサトウと、人間的弱みが山盛りのウィリス

この二人の歩んだ道を読んでいくと、自然に明治日本の歩みが頭に入ってくるのです。

当然著者は、それを意識して余話を入れているのでしょう。しかし、本書の指摘は手厳しいです。

「あたかもウィリスはヴァカボンドの生涯を予定されているかのごとくであり、サトウは勤勉にして着実、重要な人物への階梯を歩むことを約束されていたかのごとくである」

北京交渉では、大久保利通による日清交渉の詳細な内容がわかります。本書以外で、このような外交交渉の機微まで踏み込んで教えてくれる本はないのではないのかと思いました。

アーネスト・サトウの努力家としての生涯の姿勢はすごいです。

「後年70歳を過ぎてからロシア語を本格的に習い始め、やがてトルストイの戦争と平和を原書で読み通し、さらに最晩年にはロシア語の聖書を読むのがサトウの日常の日課であった」

最後の日々がこのようだったというのです。ぜひ見習いたいものですね。

あと残るのは2巻のみです、次は西南戦争です。アーネスト・サトウ西南戦争をどう見たのか楽しみです。

ここまで幕末と明治の空気にひたっていると楽しめるのもあと少しかとちょっとポケットの飴の残りが一つになったような気持ちになりました。最後を楽しみにしましょう。

⑤「西南戦争」「離日」をよんで 

いよいよ激動の幕末を終えサトウ帰国の途につきますが、物語の最終盤にきて今一つこの時代を理解できないような、靴の上からかゆい足を搔いているような気分を持ちました。

もっとこの時代を深く知りたいという気持ちと、ドラマと違いカタルシスはないものだなという感慨です。いずれにしろ、本書全14巻の読書世界も間もなく終了となってしまいます。

ちょっと残念な気持ちと、長い旅を終えようとする満足感をもって最後の感想をつづります。

西南戦争については、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」ぐらいしか知りませんが、その本でも西郷隆盛については「日本人に類例がない」と描いていたように記憶しています。

アーネスト・サトウもまた「西郷はなぜ起ったのかという難問の前で、答えをだしかねていたようである」とあります。

同時代人のサトウですら、理解できない地点に西郷は身を置いていたようです。

西南戦争勃発時にサトウは鹿児島のちに身を置いていました。それがパークスの先見性かサトウの意思は分かりませんが。

サトウの日記には西南戦争についての記載が異様に少ないとあります。その理由を本書では「サトウの西郷への愛惜のため」としていますが、はたしてそうだったのでしょうか。

本書はこれを「サトウの維新の終焉」としていますが、このような盛り上がりに欠ける終幕となるのが、ドラマと違い現実の姿なのかとちょっと気が抜ける思いを持ちました。

そして、最終巻です。サトウの長い明治の日々もいよいよ終わりを迎えます。

本書の時期のアーネスト・サトウは、もう政治家の顔は見えません。文人・日本学者です。

その優れた知性や向上心については素直に評価できるものの、時代の先頭を駆け抜けたような幕末時の高揚感はもうありません。

人の一生とは、たとえ歴史に残る有名人であったとしても、このようなものだという感慨を持ちました。

本書14巻を読むことは、ある意味幕末・明治を追体験することでもありました。この当時の日本の空気がわかったように思えたことが、本書全巻を読み通した最大の成果と思います。

この【読書考】をお読みになった方、本書はコロちゃんの読書経歴の中でもベストいくつかにはいる良書です。

なにせ冊数が多いですから、とっつきにくいかもしれませんが、読み始めれば夢中になりますよ。ぜひおすすめします。読んでみましょうよ。

著者は、2001年8月付けであとがきを執筆していますが、その直後の10月にお亡くなりになっています。

まさに本書の執筆に命を懸けたのだろうと思いました、本書をありがとうございました。合掌

本書を、ぜひ読むことをおすすめします。絶対面白いですよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に触りましたらご容赦お願いします(^_^.)

おしまい。

Annette MeyerによるPixabayからの画像
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