【社会考】日本の「年金」は世界一長くもらえるの?──徳川吉宗から始まった? 日本の「親を支える文化」と年金制度

【社会考】
イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

①「日本の年金制度は、世界で最速で支給開始し、最長の支給年数を誇る制度だって」

②「日本の年金制度の背景は『江戸時代の徳川吉宗』が発祥だったの?」

③「年金で老後の生活費用がまかなえるようにしてよと、大きな政府で高齢者福祉の充実を」

④「コロちゃんと妻の老後の楽しみ」

1.「日本の年金制度は、世界で最速で支給開始し、最長の支給年数を誇る制度だって」

コロちゃんが、朝コーヒーを飲みながらiPadで新聞の電子版をポチポチ読んでいると「もし日本に年金制度がなければ老後資金は1億円必要」との見出しが目に入りましたよ。

コロちゃんは、「いくら何でも日本で年金制度がなくなることはないだろう」と思いましたよ。

しかし、この「もし・・・?」の設定は「思考実験」として面白いなと感じて、この記事をじっくり読んでみましたよ。

そうしましたら、この記事では「日本の年金制度は・・・『世界で最速で支給開始』し、『世界で最長の支給年数』を誇る制度(だ)」というのです。

その上で「破綻せずやり繰りしているのは驚くべきことだ」としていますよ。

つまり「日本って、すげーだろー!」と、「世界」に対して誇って良いというのですよね。
o(`⌒´*)oエッヘン!

記事では「先進国を中心に世界のほとんどで65歳ではなく67歳以上へ受給開始年齢を引き上げるのがトレンド」と書いています。

さらに、「日本人の年金受給年数」について、以下のように書いていますよ。

◎「日本人の年金受給年数」

①「1980~1990年代」
 ・「60歳から受給開始」
 ・「年金受給年数:10~15年間」

②「現在」
 ・「65歳から受給開始」
 ・「受給年数」
  「男性:約20年間」
  「女性:約25年間」
  (65歳時点の平均余命)

へー、上記を見ると「年金受給年数」は、「①1980~1990年代の10~15年間」から「②現在約20~25年間」に延びていますよ。
( ¯ㅿ¯)へー

記事では、これを「受給開始年齢は65歳に引き上げられたと思っていたら、実は年金をもらう年数は減っていないのです」と書いていますね。

その上で「もし年金ゼロなら老後の必要額は1億円です。日本では公的年金収入が老後の日常生活費用相当をカバーしてくれるので老後2000万円に収まっているのです」と書くのですよね。

つまり、この記事は「日本の年金制度」をとても「ポジティブ」に捉えていますよね。

次に以下のように書いていますよ。

「老後2000万円は悲観的に捉えられるテーマですが、実際はそう考えるべきではありません」

「公的年金がしっかりと老後の基本的な支出を支えてくれるので、老後にエンジョイするプラスアルファの部分を自分で確保していく取り組みと考えるべきです」

うーむ、だけどコロちゃんは「公的年金収入が老後の日常生活費用相当をカバーしてくれる」ことが、成り立たない人が増えることを懸念しているのですよね。
(´ヘ`;)ウーム…

だけど、この記事には「一理ある」と思いましたよ。だって「現在の厚生年金の平均支給額」は、「男性17.3万円、女性11.4万円」です。

上記で「現在の年金の平均受給年数」の記載がありましたよね。そこで「総年金受給額」を計算すると、以下でしたよ。

◎「厚生年金総受給額」

①「男性」
 ・「月17.3万円×12ヶ月×20年間=4154万円」

②「女性」
 ・「月11.4万円×12ヶ月×25年間=3420万円」

うーむ、実際には「結婚して2人世帯の高齢者」も多いでしょうから、上記の数字は「思考実験」ですが「現在の高齢者」は生涯で「3400~4100万円」の年金を受給していますね。
( ̄へ ̄|||) ウーム

だから記事では、最後に「私たちは、公的年金に日常生活費のほとんどを期待することができます。物価上昇の影響も多くは年金増額で吸収してくれます」と、どこまでも「ポジティブ」に締めていますよ。

だけどコロちゃんは、「過度に悲観することはない」と思っていますが「公的年金で日常生活費がまかなえなくなっている高齢者」が増えることを懸念していますね。

ただ、今日はこの記事にあった「日本の年金制度は・・・『世界で最速で支給開始』し、『世界で最長の支給年数』を誇る制度(だ)」との点をちょっと掘り下げてみたいと思いますね。

つまり「この誇るべき日本の年金制度の背景」をちょっと考察してみたいのですよね。

そこから「もっと年金制度を充実させるべきだ」とのコロちゃんの考えを書いてみますよ。

なお、この「日経新聞」の「もし日本に年金制度がなければ老後資金は1億円必要」との見出しの記事をお読みになりたい方は、下記のリンクのクリックをお願いします。

もし日本に年金制度がなければ老後資金は1億円必要 – 日本経済新聞
「国が年金を一切払う気がないから、2000万円貯めろというのか」と言う人がいますが、「老後2000万円」は悲観的に捉えるテーマではありません。FPの山崎俊輔さんの新刊『老後に4000万円って本当ですか?』より抜粋します。日本は「世界でも長く…

2.「日本の年金制度の背景は『江戸時代の徳川吉宗』が発祥だったの?」

コロちゃんがつい先日読んだ本の中で、「年金制度の背景」についての興味ぶかい指摘が書いてありましたよ。

この本は「経済史で学ぶ社会・経済の仕組み(著・中林真幸:2026年:日本評論社)」という本なのですが、その内容は「大学院の教師と研究生」の「雑談以上、研究未満」とした話なのです。

題名通りに「日本の社会・経済の仕組み」をわかりやすく「紐解いた話」が続いているのですが、「年金制度と大きな政府の背景」について、以下のような記載がありましたよ。

まず「G7諸国」の「社会保障費がGDPに占める割合」を比べると、以下の2つのグループに分かれると書いていました。

◎「社会保障費がGDPに占める割合の2つのグループ」

①「高いグループ」
 (大きな政府)
 ・「日本」
 ・「ドイツ」
 ・「フランス」
 ・「イタリア」

②「低いグループ」
 (小さな政府)
 ・「アメリカ」
 ・「イギリス」

うーん、上記を見ると「先進G7諸国」のなかで、「社会保障費がGDPに占める割合」が「高いグループ」と「低いグループ」の2つにはっきり分かれると「著者」は言っているのですよね。
(´ヘ`;) ウーン

もちろん「日本」は、そのうちの「高いグループの一員」なのですが、この理由として「著者」は「大きな政府を維持することに国民の合意がある」と言っているのですよね。

さらに、「高いグループの日本・ドイツなど」と「低いグループのアメリカ・イギリス」とでは、「家族の役割の違いがある」と踏み込んでいるのです。

「日本やヨーロッパの家族法(民法)では、扶養義務を親が子を扶養するだけではなく、成人した子が親と扶養する義務としても定めている」と書くのですよね。

そこで「日本がいつからそういう国になったのか」というと、「豊臣秀吉以前では人身売買は合法だった」として、以下を続けています。

◎「老親扶養の法的義務化の道筋」

①「1698年:徳川綱吉の生類憐みの令」
 ・「生類には人類も含まれていた」
 ・「母体と乳幼児の保護、捨て子の禁止」

②「18世紀前半:徳川吉宗の享保の改革」
 ・「親孝行な大人の子を顕彰」
 ・「老親扶養は成人した子の倫理的規範の確立
  (ここから子が親を扶養する意識が社会に広まった)

③「18世紀後半:松平定信の寛政の改革」
 ・「忠孝の事例を8600件集めて刊行」
 ・「うち5500件が親孝行事例」
 ・「老親扶養は規範を超えて、親の事業・財産を相続した者の法的義務として確立

ふむふむ、上記を読むと「著者は日本の成人の親の扶養義務」を、近代に入ってから成立したのではなく、江戸時代にすでに「幕府」によって「社会規範」として確立されていたというのですよね。
φ(゚Д゚ )フムフム…

それも「①徳川綱吉」は「乳幼児の保護、捨て子の禁止」に踏み出し、次の「②徳川吉宗」で「老親扶養は成人した子の倫理的規範の確立」があったとなるわけですよね。

そして、次の「③の松平定信の時代」に「老親扶養は法的義務として確立した」と続くのですよね。

つまり「日本の年金制度の精神の始まり」は、「②徳川吉宗にあった」と「著者」は言いたいのでしょう。

その上で「著者」は、「大きな政府が高齢者を支えてくれないならば、個々の家族が支えなければなりません」と書くのです。

そして「日本人」や「ドイツ人」にとっては、「大きな政府」と「小さな政府」の選択とは、以下の選択なのだというのですよね。

◎「大きな政府と小さな政府の選択の背景」

①「高齢者を個々の家族が別々に扶養する」
(小さな政府への道)(親を子が扶養する)

②「全家族の現役世代が皆で健康保険料や国民年金保険料や介護保険料を出し合う」
(大きな政府への道)(親を社会が扶養する)

はー、そうなの?
(゚Д゚)ハァー

上記を見ると、「日本とドイツなど」の選択肢の中には、最初から「親を扶養しない」はないみたいですよ。

それは「日本」では「徳川綱吉」以来、営々として形作られてきた「社会的規範」であり、今では「法的」にもガッチリ固められているというのでしょうね。

その「親を扶養する」という社会的規範を前提とすると、あとは「誰が親を扶養するのか?」の選択となります

そうなると「国民」が「大きな政府(親を社会が扶養する)」を合理的な選択として選んだのが、「日本とドイツ」だというのですよね。

最後に著者は、「高齢者福祉が社会的対立になりにくいことも、おそらく、こうした歴史的経過と関わっています」として、以下を書いています。

「現代日本人は吉宗以降の社会的規範で生きていますから、親世代を見捨てよう、という前・吉宗的な議論は大きな潮流にはなりにくいのです」

ふーむ、上記の「中林真幸東京大学教授」の「本」の記載を読むと、どうやら「年金制度」は「数字と合理性」だけでは語れないと思いましたね。
( ̄へ ̄|||) フーム

「年金制度の在り方」には、「社会の国民的合意」や「社会規範」も考えないといけないらしいと、コロちゃんはちょっと知見が深まったような気がしましたよ。

なお、このコロちゃんがこの最近になって読んだ「経済史で学ぶ社会・経済の仕組み(著・中林真幸:2026年:日本評論社)」を以下に添付しますね。

「歴史や文化」に素人のコロちゃんでも読めましたから、一般向けには興味深い「大学院の教師と研究生の雑談以上、研究未満の話」でしたよ。

3.「年金で老後の生活費用がまかなえるようにしてよと、大きな政府で高齢者福祉の充実を」

さて、ここでちょっとコロちゃんの考え方を書いてみますね。2つありますよ。

まず「冒頭の記事」では、「もし年金ゼロなら老後の必要額は1億円です。日本では公的年金収入が老後の日常生活費用相当をカバーしてくれるので老後2000万円に収まっているのです」と書いていました。

しかし、この文意はちょっとおかしいですよね。だって「公的年金」が「日常生活費用相当をカバー」していたならば、「老後2000万円」もいらないでしょう。

細かいようですが、「老後2000万円」は「老後の日常生活費の不足分の合計」ですよね。ちょっと「現在の高齢者世帯」の「生活費の不足額」を見ておきましょう。下記ですよ。

◎「2025年の無職高齢世帯の生活費」
 (1000円未満切り捨て)

①「65歳以上の夫婦のみの無職世帯」
 ・「実収入:25.4万円」
 ・「実支出:29.6万円」
 ・「不足額: 4.2万円

②「65歳以上の単身無職世帯」コロちゃんはココ
 ・「実収入:13.1万円」
 ・「実支出:16.1万円」
 ・「不足額: 3.0万円

https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_gaikyo2025.pdf
(出典:総務省統計局 家計調査報告 家計収支編 2025年平均結果の概要より:7月12日利用)

うーむ、上記を見ると「年金世代」の「①夫婦世帯では月4.2万円の赤字」で「②単身世帯では月3.0万円の赤字」が出ていますよね。
(´ヘ`;)ウーム…

これが「年金でカバーできていない」から、老後「2000万円とか4000万円(インフレによる)」とか「不安を煽っている」のですよね。

だからコロちゃんの主張は単純ですよ。「毎月の生活費で赤字が出ない金額の年金にしてください」ですよ。

そして、どんな「インフレ時代」となっても「インフレスライド」した年金額にしていただきたいですよね。

コロちゃんの「不安のない老後の生活が欲しい」って、それほど「贅沢なお願い」ではないですよね。コロちゃんには、「高齢者だったら誰でも願う小さな望み」だと考えていますよ。

そして2つ目ですが、前項の内容を見ると、「日本では大きな政府」は「高齢者の生活は国民全員で担う」という「国民意識」の結実だということでしたよね。

そうだとしたならば、「高齢者の医療費」を削るとか、「現役世代の社会保険料」を少し削減するなどの「継ぎはぎの小さな改革」ではなく、「抜本的な改革」をするべきだと思いますよね。

ちょうど「給付付き税額控除の議論」も始まっていることですし、「年金・医療・介護・生活保護など」の制度を「全面的に抜本改革」していただきたいと思っていますよ。

もちろん「財源」は、「法人税・所得税・消費税」を増税する中で確保するのが良いですよ。

そして、どんどん「大きな政府」にしていただいて「国民サービスと高齢者福祉」を充実させてもらいたいですよね。

何と言っても「高齢者福祉」は「徳川吉宗以来の社会規範」ですから、これからも揺るがすことなく、しっかり「日本の社会に定着」させていただきたいとコロちゃんは願っていますよ。

4.「コロちゃんと妻の老後の楽しみ」

今日のテーマは、「なぜ日本の「年金制度」は手厚いのか?──年金制度がなければ「老後資金は1億円必要」だって」を考察してみましたよ。

コロちゃんは、「大きな政府」が「吉宗以来の社会規範だ」というのは初めて読みましたから「新鮮」に感じましたよ。

このような「当たり前となっている社会の空気」って、その中にいるとなかなかわからないのですよね。

だけど、「アメリカとイギリス」って「高齢になってお金がないと辛い国だな」とコロちゃんは思いましたよ。やっぱりコロちゃんは「日本が大好き」ですよ。

今日の「コロちゃん話」は、「老後の話」でしたから「コロちゃんと妻の老後の楽しみ」を書いてみますね。

コロちゃんは、2010年代の60歳の時に「大腸がん」が判明し、その後長い「闘病生活」に入っていました。

しかし、その「長い闘病生活」の「全期間」にわたって何もできなかったわけではありません。

「抗がん剤治療」の合間の「体調がよかった時期」には、妻とたびたび「近隣」に車で出かけていましたよ。

「日帰り温泉」や「美味いラーメン屋さん巡り」や「道の駅巡り」なども、身体の様子を見ながら出歩いていましたね。下記のフォトは、その頃出かけた「ラーメン屋さん」のメニューです。

このフォトは、「宇都宮のラーメン店のみんみん」ですよね。「焼き餃子や水餃子、ラーメンなど」が写っています。

今見ると「注文したメニューも多い」ですが「量も多い」ですよね。今のコロちゃんでは、この半分も食べられませんよ。

この時代には「2人ともリタイア組」となっていましたから、体調が許す限り「月に2~3回」は、あちこちを巡って「温泉」に入ったり、「お昼」を食べに行ったり、「庭園」を巡ったりしていましたよ。

だけど、妻は4年半前に逝ってしまいました。今「おひとり様」になったコロちゃんは、もう「出歩く気分」はなくなってしまいました。

今振り返って、上記のフォトの時代にコロちゃんが妻と出歩いていた時代を思い起こすと、これって「妻との何気ない会話」が楽しかったのですよね。

「このラーメンのだしは○味だな」とか、「ここの温泉は匂いが良い」とか、「今年の田んぼアートはデザインがきれいだ」とか、そんな「何気ない話」でも「妻との会話自体が楽しかった」のですよね。

コロちゃんは、「おひとり様」となってしまいましたから、もうわざわざ一人で「出歩く気」もなくなってしまいましたよ。

ただ、この頃の妻との「何気ない話」や「ちょっとした外出」の記憶を、「コロちゃんの貴重な思い出」として大切にしまっておこうと考えていますよ。

今日の「コロちゃん話」は、「コロちゃんと妻との老後の楽しみ」について書いてみましたよ。「ヘタレなコロちゃん」の姿を笑いながら読んでいただければ嬉しいですよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)

おしまい。

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

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