おはようございます。今年も「お盆」が来ましたね。
コロちゃんは、普段は「宗教心」なんて全くないのですが、それでも「社会習俗」はある程度は尊重しています。
それで何が言いたいのかと言うと、コロちゃんは今から「お盆の墓参り」に行ってくるのですよ。最初は、スーパーによって「お花」を購入します。
そして、車で約30分で「亡くなった母と妻が眠っている霊園」を訪問してきますよ。この「霊園」は周りを山で囲まれた場所にあり、大きな池の周囲の斜面に「墓地」があるのですよ。
「緑豊かな霊園」ですよね。亡くなった妻は、田舎がキライでしたから、今頃「こんな山ばっかりの所じゃない方が良かった」と言っているかも知れませんね。
コロちゃんは「文句があったら化けて出てこい」って、亡くなった妻に言ってあげたいですよ。今の「おひとり様のコロちゃん」は寂しい暮らしをしていますからね。
だけど、どうせ「化けて出てくるならば、20代の若い姿で出てきて欲しい」と思っているコロちゃんでしたよ。
そんな「罰当たりのコロちゃん」が、今日は「自由で公正の順番が変わったよ」をカキコキしますね。
0.「今日の記事のポイント」

コロちゃん
今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。
☆「自由で公正と、公正で自由とどこが違うの?と、トランプ関税の言い分は?」
☆「トランプ関税はアメリカの国内問題なのか?と、バブル経済はアメリカが起こした?」
☆「自由貿易こそ日本の命綱だよねと、コロちゃんとバナナ」

1.「自由で公正と、公正で自由とどこが違うの?」
コロちゃんが、朝新聞をバサバサ読んでいると「入れ替わった『自由』と『公正』/通商白書が問う新たな経済秩序」との見出しが目に入りました。
コロちゃんは、「何やこれ? 自由と公正が入れ替わるとどこが違うの?」と、ちょっと興味を引かれて、この記事をジックリ読んでみましたよ。
そうしましたら、「政府が6月にまとめた2025年の通商白書で、通商の決まり文句に小さな変化が生まれた」とあるのです。
これって、絶対に「普通の人間」では気が付きませんよ。
だって「通商白書2025」なんて、読むのは「一部の専門家だけ」でしょう。それに、その内容の「語句が入れ替わったこと」に誰が気が付くっていうんですか。
新聞って良いですよね。こんなことも知らせてくれるんですからね。
記事では、今まで使われていた国際貿易の「自由で公正なルール」が、今回の白書では「公正で自由なルール」と、前後が入れ替わったと指摘しているのですよ。
下記ですよね。
「通商産業白書 通商戦略の全体像」より
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2025/pdf/2025_ppt.pdf
出典:通商産業省 通商白書2025年版 パワーポイント版より:8月12日利用
上記の文章は、「通商産業省」が発表した「通商白書2015年版パワーポイント版」です。
小さい字で読みにくいですが、中ほどに「赤字で『公正で自由なルール』の文字列」が強調されています。
記事によると、「政府が通商環境や世界の経済秩序を表現する際は、『自由で公正な』が長年の決まり文句だ」と書いているのです。
これが、今回の「通商白書」では前後が入れ替わった「公正で自由」に変り、それを赤字で協調しているのですよ。
これはコロちゃんも知らなかったなー。というよりも「知るはずもない」ですよね。
( ¯ㅿ¯)へー
だけど「公正で自由」でも「自由で公正」でも、あんまり変わらないじゃん!
いやいや、この記事ではそうではないと言うのですよ。記事では以下のように指摘しています。
「公正を先に出したのは『単に自由化を進めるよりも、公正さを適正に確保することが重要になった(経産省幹部)』とのメッセージがある」
うーむ、これって「米中の経済摩擦やトランプ関税のこと」を言っているんですよね。
( ̄へ ̄|||) ウーム
「トランプ関税」は、どうみても「公正」とは言えませんよね。
「自由貿易を推進する日本」としては、「ホントだったら反対する」はずですよね。
だけど「アメリカ」に対しては「日本」は、あんまり強いこととは言えないですから、これまでのところ「日本政府」は「トランプ関税批判」を一切していませんよ。
だけど本来ならば「国際貿易は基本的には自由であるべき」なんですよね。
「関税」などは、出来るだけ小さくするのが「自由貿易を推進する立ち場」からは正しいとされるはずですよ。
「日本」は「トランプ関税」に対して「文句」を言うべきなんですよ。だけど「アメリカ」には逆らえないのが「日本」なんですよね。
そんな時に、今回の「通商白書2025」で、わざわざ「先にあった言葉の『自由』の場所を後に変えた」ってことは、今後は「日本」は「公正(主観)」を主張するってことでしょうか?
これって「トランプ関税」にやんわりと抗議しているの?
ʅ(。◔‸◔。)ʃ…ハテ?
記事では、以下の「役人さんの意見」を紹介していましたよ。
「経済官庁幹部は『米国が自由貿易の先導役から降りた今だからこそ、日本がその役割を担うべきだ』と強調する」
「『自由』と『公正』の入れ替えは自由貿易を希求する経産省の静かな矜持がにじんでいる」
うーん、そうかなー?
(*´・д・)はて?
「公正」って「主観」ですよね。
これって「国によって違っちゃう」んじゃないかと思うのですよ。たとえば「アメリカの主張する公正・中国の主張する公正・日本の以下同文」って。
「トランプ大統領」だって、自分では「トランプ関税」を「正しい(公正だ)」と考えているのでしょうからね。
だからコロちゃんは、「自由と公正」を入れ替えるなんて、わかりにくい事をするよりも、もっとハッキリと「トランプ関税は公正ではないよ」と、世界に大々的に訴えるべきだと思いますよ。
これは、あくまでもコロちゃんの「考え方(主観)」ですよ。
皆さんもお時間がありましたら、是非この「日経新聞」の「入れ替わった『自由』と『公正』/通商白書が問う新たな経済秩序」の記事をお読みくださいね。


2.「トランプ関税の言い分は?」
さて冒頭の記事の「経産省の自由と公正の位置の変更」をコロちゃんが気にした理由とは、「トランプ関税の発表」を受けて「日本政府が考え方を変えた」のではないかと思ったからです。
コロちゃんは、多くの経済学者と同じく「トランプ大統領の貿易赤字は会社の赤字と同じで悪だ」との捉え方は、間違っていると考えています。
そこで「現在のアメリカの言い分」を、ちょっと見ておきましょう。
つい先日に「アメリカのベッセント財務長官」が、「日経新聞の単独インタビュー」に応えていました。
その内容によると、「ベッセント財務長官」は「(関税政策の目的について)国際収支のバランスを取り戻すことにある」と主張していましたよ。
記事では、「米国は経常赤字が1兆1853億㌦(約175兆円、2024年)と主要国で突出しており、同氏は将来的な金融危機に繋がるリスクを指摘している」と書いています。
これは「過剰なドル」が、世界経済に混乱をもたらす「リスク」があると言っているのです。この「論理」が、現在の「自由貿易」を否定するかのような「トランプ関税」の論理なのでしょう。
だけど、これってホントなんでしょうか?
次にコロちゃんが得ている知識をちょっと書いてみますね。

3.「トランプ関税はアメリカの国内問題なのか?」
コロちゃんは、「BNPパリバ証券の河野龍太郎氏」に注目しています。時々河野氏の「ユーチューブ動画」を聞いたりしていますよ。
そこでコロちゃんが理解したところによると、「河野氏」は「アメリカの経常赤字の拡大」があっても、世界中で「ドル需要」があるから問題はないとしていましたよ。
これは「ドルが世界の基軸通貨」で、「原油・小麦」などの「貿易決済」にはドルが使われることによるもので、アメリカにはこの「基軸通貨の恩恵」があると言うのですよ。
つまり「基軸通貨」には、世界中に軍事力を張り巡らせるなどの「出費」や「自由貿易」による「製造業の衰退」などの「痛み」もありますが、その反面「巨額の恩恵」もあると言うのです。
ただ問題なのは、その「恩恵」はアメリカ国内の「金融業界・IT業界」が独占していて、「ラストベルト」のような「衰退する製造業」には落ちていないと言うのです。
コロちゃんの理解ですが、この問題は「アメリカの経常赤字の問題」ではなく、「アメリカ国内の格差の拡大の問題」だと言うのが「河野龍太郎氏」の主張でしたよ。
コロちゃんは、この見解に納得しながらも「アメリカで格差の縮小」はまず出来ないだろうなと思いましたよ。
この「格差の縮小」って言う政策は、現在の「日本」でも出来ていませんし、お隣の「強権主義国家・中国」でさえ出来ていないのですよね。
と言うか、今の「世界の国」で「格差が縮小している国」ってあるんでしょうか?
σ( ̄^ ̄)はて?
コロちゃんは知りませんよ。ひょっとしたら「格差の縮小」って無理なのかも・・・知れませんね?
(´ヘ`;)ウーム…

4.「バブル経済はアメリカが起こした?」
アメリカが「貿易赤字」で「日本」に無理難題を言い出すのは、別に今回が初めてではありません。
コロちゃんが知る限りでは、「1980年代」にも自動車や家電製品の輸出で「アメリカ国内でジャパンバッシング」と言われる行動が見られました。
その結果「1985年にはプラザ合意」と言う「円高ドル安誘導」が行なわれています。
コロちゃんが記憶しているのは、その翌年の1986年に発表された「前川リポート」ですね。これは「日本経済の構造を内需主導型に変える」としたものでした。
当時の日本は、「国内の内需を拡大」することにより、「対米貿易黒字」を減少させようとしたのです。
そのための「低金利政策」は「日本にバブル経済」を生み出しています。
ですから、コロちゃんに言わせれば「バブル経済の形成と崩壊」の出発点は、もともとは「アメリカの日本への内需拡大の要求」にあったのですよ。
上記した「前川リポート」は、コロちゃんが知っているぐらいですから、同時代では誰しもが知っているものでしたよ。
この「アメリカから要求された内需拡大要求の呪縛」が、「バブル経済」時の「金融引き締め」の遅れにも繋がっていましたよ。
だからコロちゃんは「バブル経済とその後の崩壊」は、「アメリカの無理な要求(内需拡大)」に素直に従ったからだと思っていますよ。

5.「自由貿易こそ日本の命綱だよね」
えーと、たかがコロちゃんごときが「日本の国家戦略」について書くのは、なんか「おこがましい(身の程知らず)」ような気がしますね。
だけど、あえてコロちゃんの考えを書いてみたいと思いますよ。
コロちゃんは、「日本」と言う国の「資源のない人間の数が多い国の姿」は、戦前とまったく変わっていないと思うのですよ。
「太平洋戦争時」の「戦時スローガン」に、「石油の一滴は血の一滴」と言うのがありましたが、現在でも同じですよね。
「エネルギーと食料」を外国から輸入しないと「日本」は生きていけないのですよ。そうなると、打つ手は以下の2つしかありません。
◎「日本が生きる道」
①「日本を中心として石油・食糧が調達できる国々のブロックを作る」
②「自由貿易で石油・食料を調達する」
他に方法があるのかなー?
ʅ(。◔‸◔。)ʃ…ハテ?
歴史を見ると、上記の➀「日本のブロック経済」は戦争でダメだよとなりましたから、残った選択肢は「②自由貿易」しかないと思うのですよね。
だって、そうしないと「原油・食料」が手に入らなくなっちゃうじゃん!
だからコロちゃんは、どんなに「トランプ大統領」が無理難題を言い出しても、受け流しながら生きていくしか日本の道はないと考えていますよ。

6.「コロちゃんとバナナ」
今日のテーマは、「自由で公正なルールの深謀は何か?」でした。「経済産業白書」の内容をちょっとご紹介・考察してみましたよ。
コロちゃんには、とても身に余るテーマだったのですが、考えていることを書き散らしてみましたよ。
最後の「コロちゃん話」ですが、うーん何かあるかなー?
「日本」って「資源のない国」なんですよね。それで多くの食料品を輸入に頼っているのですが、今日は「バナナの話」を書きますね。
現在ではお値段も安い「バナナ」ですが、これはほとんど「フィリピン」からの輸入品となっています。
しかしコロちゃんが少年だった「1960年代のバナナ」は「高級品」で、とても「庶民」の手が届く値段ではありませんでした。
昭和30年代(1955年~1965年)のバナナ価格は「1房250円程度」でした。
当時の少年コロちゃんが「貰っていたお小遣いは10円」ですよ。「大卒初任給が1万円」だった時代です。
現在の「大卒初任給は約24万円」ですよね。ここから計算すると、当時のバナナ価格は「1房:250円×24倍=6000円」にもなりますよ。とても手が出ませんでしたよ。
当時なぜ「バナナ」が「高級品」だったのでしょうか?
当時の「バナナ」は、まだフィリピンでは作っていませんでした。主に「台湾」からの輸入品でしたが、この頃は「日本政府」により「輸入制限」がなされていたのです。
なぜ「日本」が「輸入制限」をしていたのかと言うと「外貨の不足」です。これを「輸入の天井」と呼んでいましたよ。
これは「戦後の貿易再開」から60年代にかけて「日本経済」に起きていたことです。
当時の「日本」では、国内の好景気が続くと、輸入が増え「外貨準備(ドル)」が底をついてしまうために、経済を引き締めて景気を後退させるという政策が行われていたのです。
その為に「多くの輸入制限」をしていましたから「バナナが高級品」となっていたのです。まあ一言で言うと「贅沢はやめましょう」と言う時代だったのですよ。
もちろん、そんなことは少年コロちゃんには関係がありません。ただ、機会があれば話に聞く「美味しいバナナ」を一度は食べてみたいと思っていました。
そんなある日に、少年コロちゃんの「歯」が痛み出しました。
ジンジンと頭にまで響く痛みに、我慢できなくなった時に、母が「歯医者へ行こう」と言ったのです。少年コロちゃんは、そんな「恐ろしい所」に行きたくないと、泣いて抗議しましたよ。
そうしましたら「母」が、「歯医者に行くんならバナナを買ってあげるわ」と言うのです。
貧しい少年だったコロちゃんは、直ぐに「うん!」とうなずきましたよ。
その後の「歯医者さん」は、予想にたがわず「痛かった」ですよ。少年コロちゃんは、ワンワン泣きながら帰路につきました。
そしたら、母はそのまま真っすぐ家に帰ろうとしていたのですよ。コロちゃんは泣くのをやめて大声で「バナナ!」と叫びましたよ。
その後「美味しいバナナ」を口にした少年コロちゃんは、泣くのをやめてすっかり機嫌をなおしていましたよ。
母は「忘れていなかったのね」と言ってましたよ。
(๑><๑)てへぺろ
少年コロちゃん(たぶん小学校低学年)と「当時高級だったバナナの物語」でしたよ。
コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。
このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします(^_^.)
おしまい。

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