【生活考】コロちゃん、年末に思う

生活

昨年秋に、妻が逝きました。今年1周忌をすませましたので、あれからもう1年以上が経ちました。

寂しさの中にも静かで安定した日々がおくれるようになって来ました。年末となるにあたって、少し現在の「思い」をまとめてみようと思いたちました。

1.コロちゃん、妻の最後の日々について思う

昨年の春に妻は、緩和ケアとなり自宅で介護の日々を過ごしました。その半年後に旅立ちました。

愛情や哀惜、感情や情動と、いろいろ心動くことばかりでしたが、振り返って今となると、よく「最後の日々」を成し遂げられたなぁと安堵している自分がいます。

コロちゃんは、いずれふたりのどちらかが先に逝くにしてもコロちゃんからだと、ずーっと思ってましたから事前の心の準備は全くありませんでした。

妻は、最後まで意識がクリアにありました。妻も心の内で「人生やるべき事や、やれる事を全て全力で達成して来た」と満足して逝ったと思います。

Susann MielkeによるPixabayからの画像

2.コロちゃん、介護制度について思う

介護はひとりでは決して出来ません。

介護制度は良く考えられています。ただ利用内容が多岐に渡るだけに、全体をマネジメントすることが必須です。

ケアマネージャーの方や介護に携わる複数の業者との調整は、面倒ではありますが難しくはありません。

コロちゃんは、ひとつひとつ、ていねいに妻の病状の進行に合わせて制度利用をカスタマイズしました。

お風呂に自分ではいれなくなれば、看護師さんにシャワー浴をお願いし、それも困難になれば訪問入浴の業者さんに居間にバスタブを持ち込んで、入浴させてもらうというように。

介護のスタッフの皆さんには心から感謝します。

3.コロちゃん、圧迫骨折について思う

介護の最中に、コロちゃんが圧迫骨折を起こしたのは全く予想外でした。

緩和ケア施設は順番待ちですから、直ぐに入ることは出来ません。何よりもコロちゃんは自分で最後まで面倒をみたかった。

今から考えると、コロちゃんの意志(妻の世話はコロちゃんがやりとげる)に身体がついていけなかったんでしょうね。

おのれの力量・体力を過信していたと言うことなのでしょう。我が家の介護体制が大崩壊していてもおかしくない事態だった事を思うと、背筋が凍ります。

何とか立て直して、ヨロヨロになりながらも看取りをやり遂げる事が出来たことは、子たちと介護スタッフのお陰ですね。コロちゃんを徹底して助けてくれました。ありがたかったです。

4.コロちゃん、子たちについて思う

そのコロちゃんが絶体絶命の危機に陥った時に、助けてくれたのがふたりの子たちです。

それ以前から、毎週末に帰省したり、テレワークで各週毎に帰省し続けたりしてくれていましたが、さらに全力でサポートしてくれました。

子たちには、よく𠮟られました。

コロちゃんが炊事していることに対して、「無理なんだから、業者を利用しろ」と繰り返し言われ、最初は、食材の宅配業者、その後は配達弁当に切り替えました。

介護保険のヘルパーさん以外にも、民間のヘルパーさんをお願いしたのも、子たちの提案です。

提案というよりも、ほとんど「お叱り」ですね。

コロちゃんも助かりましたけど、妻も嬉しかったことでしょう。妻は最後まで心を満たされて旅立つことが出来たと思っているのはこの事もあります。

コロちゃんの圧迫骨折で苦しむのは被介護者である妻も同じです。それを子たちが、無理を押して助けに来てくれたことは妻にも喜びだったと思います。

妻は自身も全力を尽くした充実した人生をおくり、最後は皆に見守られながら美しく逝きました。

5.コロちゃん、子夫婦について思う

最後まで妻の介護を全うすることが出来た事は、子たちに感謝ですが、むしろ嫁さんたちに感謝すべきでしょうね。

世の中で「介護離職」が問題になっているように、現在多くの方が同じような悩みに抱えていらっしゃるのではないかと思います。

子夫婦も、多くの方たち同様にこの事で家庭内で協議を繰り広げたことでしょう。コロちゃんとしては、負担をかけた子夫婦に感謝するのみです。

6.コロちゃん、親族関係について思う

既に独立した子たちから支援を受けるにあたっては、いろいろ考えました。コロちゃんは、困難でもあまり頼りたくはなかったのです。

子たちには、それぞれ仕事があり、家庭には妻と幼児が居ます。独立した子たちが、親の際限のない介護に没頭せざるを得ないのはよろしくないと、その時のコロちゃんは思ったのです。

そもそも、コロちゃんには「本家意識」は全くありません。これは、コロちゃんの生きてきた人生と関連しています。

古い話ですが、コロちゃんの生家の田舎の町では、親族関係の強い結びつきがありました。家長が、権威と強い権力で一族を支配しているのです。

コロちゃんは、それが嫌いで若い時に独立し自立して生きてきました。

妻も、同じく自立志向の強い女性でした。その夫婦のつくった家庭ですから、子たちを「本家意識」で束縛するなど、最も忌避するところです。

7.コロちゃん、日本社会の世帯人数推移から思う

https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/20-21-h28.pdf
参照:厚生労働省 平成30年 国民生活基礎調査(平成28年)の結果から グラフでみる世帯の状況(12月19日利用)

コロちゃんと当時の親族たちとは、相当の認識の相違があったんです。

それを今、コロちゃんが「時代意識」だと考えるのは、日本社会の変貌が背景にあるからです。

もちろん、この様な考察は大分あとになって考えたことですが、日本社会は1960年代から70年代の高度経済成長の中で、地方から都市部へ若い労働力人口が大移動しました。

その中で日本の世帯人数が、大家族から核家族へ大きく変貌する事が起きました。その変化の中で、人々の家族観・親族観が大きく変化していったと思われるのです。

しかし、社会の変化と人々の社会意識の変化には時間差があります。

現在は、大家族の社会観である「本家意識・親族の濃密な関係」が、核家族の社会観である「独立意識・自立した関係」に、いまだに推移していく過程にあると思っています。

上記の表を見ると、1960~1970年の間に1~2人世帯と3~6人以上の世帯数の逆転が起こっています。

そして、現在では一人世帯が増え続けていますから、今後の社会観は、全体が移行しつつある「独立・自立」から更に変わっていくでしょう。

一体どの様に変わるのでしょうか、今はコミュニティの喪失や孤独死などのネガティブな面が目立ちますが。

ともあれ、コロちゃんの自立・独立意識は、その様な社会的な背景があるのだと考えています。

8.コロちゃん、生きる指針について思う

コロちゃんの矜持、と言ったらちょっと恥ずかしい気がするんですが、生きてきた指針に「自立」があります。

親族コミニュティの強支配を嫌って独立して生きて来たコロちゃんですから、我が子も当然「自立」して欲しいです。

そして、自立し独立した後には、「過度な干渉はお互いにしないのが当然」と言うのがコロちゃんの理念です。

ですから、今回負担をかけた事は内心忸怩たる思いを持っていますが、そこは甘えることとと致します。ゴメンね(๑>◡<๑) 

(オイ!軽すぎるゾ!)

9.コロちゃん、やりたい事について思う

とりあえずこの「ブログ」を出来るだけ更新していきたいですね。

せっかく始めたんですから、周りから顰蹙をかっても続けてみたい。

(オイ!ひどい奴だな)( ̄^ ̄)ゞ 

このやりたい事は、来年冒頭のご挨拶で「抱負」として、もっと語りたいと思います。

(しつこいな!)(^_-)-☆

10.コロちゃん、社会について思う

若い時はいきなり突っ走る事が多かった。
現役時代は生きるのに一生懸命で精一杯だった。
闘病中は他の事を考えられなかった。

今が一番世の中を見渡しつつ、いろいろ考える事が出来ています。

もっともっと知識を仕入れて、社会と世界を、そして未来を広く深く知ってみたいですね。

11.コロちゃん、今後について思う

上記に偉そうに「自立」を語ったわけですが、「老い」と「病い」は多くの意志をすべて押し流す事があります。

今年は、慢性腰痛も横ばいで推移していますから、もう少しこのままをキープさせていきたい。現在の生活を安定的に推移させたいと思っています。

ワンコとの静かな日々は、思ったより心地良いです。

12.コロちゃん、定例句で締める

旧年中は大変お世話になりました。来年もよろしくお願いします。良いお年をお迎えください。(^_^)/

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に触りましたらご容赦お願いします(^_^.)

おしまい。

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