おはようございます。現在のコロちゃんのリアルタイムは午後1時です。窓の外を見ると「暖かい日差し」が差していますね。
そう言えば、そろそろ「春一番」が吹く時期ですよね。ニュースでは、先日の2月18日に「北陸地方の富山気象台」が「春一番が吹いた」と報じていましたよ。
コロちゃんちは「関東地方」ですからね。まだ「春一番」の知らせは聞いていませんよね。昨年の「関東地方の春一番」を調べてみると・・・、あれれ?
(。・_・?)アレレ?
昨年の「関東地方」では、「春一番は吹かなかった」とありましたよ。そんな年もあるんだー?
「春一番の基準」は、以下のようになっているそうですよ。
◎「春一番の基準」
①「吹いた日が立春(2/4)から春分(3/20)のあいだの期間であること」
(立春と春分の日は2026年のもの)
②「風向きが南寄りであること」
③「風速が基準値を超え気温が上がること」
(関東地方の風速の基準値は最大風速が概ね8m/s 以上)
ふむふむ、これならいつ「春一番」が吹いてもおかしくないですよね。
(σロ-ロ)✧ふむふむ
コロちゃんは、暖かい方が「腰痛」が楽になりますからね。早く「春一番」が吹いてほしいですよ。今日にでも吹くかもしれませんね。
このブログ記事の投稿日は明日になりますから、明日にはもう吹いたとのニュースが流れているかも知れませんよ。
そんな「春一番が待ち遠しいコロちゃん」が、今日は久しぶりに【読書考】の「介護未満の父に起きたことを読んで」をカキコキしますね。
0.「今日の記事のポイント」

コロちゃん
今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。
☆「介護未満の父に起きたこと:著:ジェーン・スー:2025年:新潮社と、82歳の父と40代の娘の話ですよ」
☆「それは突然やってきたと、子育てとは逆に、日々できないことが増えていく」
☆「要介護2と認定されると、父の生活は続く」
☆「皆さん、親の介護はどうしますか?と、コロちゃんと田舎のおばあちゃん」

1.「介護未満の父に起きたこと:著:ジェーン・スー:2025年:新潮社」
コロちゃんは「読書」が趣味ですから、これまでにいろんなジャンルの本を読んできました。
それでも最近は「経済学」と「社会学」の本をもっぱら読んでいたのですが、最近は「書評欄」を見て少しでも「興味が湧く本」に手を伸ばしていますね。
今日ご紹介する「ジェーン・スーさん著」の「介護未満の父に起きたこと」の本は、今後の「コロちゃん自身に起きること」を読んでみようと思って手に取ってみたのですよね。
だって、現在のコロちゃんは「要介護認定:支援1」と、一番軽い「要介護認定」を受けているのですからね。
今後のコロちゃんの身に起きることは、おそらくこの「介護未満の父に起きたこと」をトレースするように、追いかけることになりそうだと思ったのですよね。
それで本書を読んでみたら、軽快な語り口に著者と父親の「人間像」が浮かび上がってきました。「新書版」ですが、「2時間」ほどで読了しましたよ。
本書を読み終わってから知りましたが、著者の「ジェーン・スーさん」は「自称未婚のプロ」として、「現代の独身女性から圧倒的な支持を集めるコラムニスト、ラジオパーソナリティ」なのですね。
その上「著者と父親の物語」は、「生きるとか死ぬとか父親とか」で「新書」や「テレビドラマ」として知られているそうですよ。
コロちゃんは、「テレビ」を見ませんので全く知りませんでしたね。ただ「昭和の父親」と「才女」の組み合わせの親子だと思いましたよ。
次にこの本を読んだコロちゃんの感想を、書き綴ってみますね。

2.「82歳の父と40代の娘の話ですよ」
本書は、「御年82歳の父親と40代の娘さん(2020年現在)」が織りなす「介護未満の生活援助の奮闘記」です。
それから「2025年」までの「介護生活」を軽妙な文体で書いていますから、とにかく「明るい雰囲気」があり、思わず「クスリ」と笑いが漏れることもありましたよ。
コロちゃんは、この本の始まりの「2020年」にはまだ「60代」でしたから、この本書の「父娘」とは「10歳以上」の開きがありました。
そう言うことですから、「本書の父娘の話」は「これからコロちゃんと息子で起きること」との視点で、本書を読みましたよ。

3.「それは突然やってきた」
御年82歳の独居老人である「著者の父」は、23年前に妻に先立たれた後は一人暮らしをしていたようですね。
それが「老い」の進行が進む中で、かいがいしく世話をしてくれていたガールフレンドが「長期離脱」を余儀なくされたことにより「生活すること」が難しくなったのでしょう。
本書では、「父親」は「生活力がない」と書き出しています。そして、以下の「能力がない」と書き出すのですよね。
①「買い物、献立づくり、調理、後片付けまでの炊事」
②「住まいを清潔に保つための掃除全般」
③「洗って干して畳んでしまうところまでの洗濯」
どうですか、皆さん? 「著者」は、父親がこれらの「家事能力が皆無なのだ」と評価するのですよね。
コロちゃんは、思わず「わが身」を振り返りましたよ。だって「②掃除と③洗濯」は、この父親と同じですよ。
そこで「著者」は「生活力ゼロの父親」と言うのですけど、ちょっと厳しくないですか?
( ̄へ ̄|||) ウーム
そこから「著者の孤軍奮闘」が始まるのですけど、「プチ汚部屋」の整理から「介護保険」の活用までの道を詳細に綴っているのですよね。

4.「子育てとは逆に、日々できないことが増えていく」
著者は「父の生活を立て直すための専用ノート」を紹介しています。その時点の「父親」ができることとできないことを書き出して、できないことを書き出したのですよね。下記ですよ。
①「できること」
・「起床、就寝」
・「自分で食べる」
・「着替え、入浴」
・「排泄、外出」
・「電話やLINE」
②「できないこと」
・「炊事と後片付け」
・「掃除、整理整頓」
・「衣替え」
・「生活用品の買い物」
③「危ういこと」
・「洗濯、運動」
・「連絡事項をメモして記憶する」
・「ラップで食べかけのお皿を覆うなど一部の生活動作」
うーむ、これは「笑いごと」ではないですよね。
( ̄へ ̄|||) ウーム
この最後の「ラップで覆う」ですが、本書では「指先の皮脂と筋力がうんと減った老人には難しい」と書くのですよ。
そして「そもそも視力が悪く、ぴったりくっついたラップの始まりがわからない」とは、コロちゃんも普段感じていることなのですよ。
最近のコロちゃんは、「ベーコン」のパックを開けるのが難しくなってきていますよ。握力が弱まってきたのですよね。
本書を読んでよくわかることは、「子育て」だったら「年々できることが増えてきます」が、「高齢者」は、その逆に「年々できないことが増えてくる」のですよね。
そこで「著者」は、同居しているわけではありませんから、上記の「②できないことと③危ないこと」を出来るだけ「アウトソーシング」しようとしています。
「食事」は「Uber Eats」や「出前館」を使い、「家事代行サービス」を頼み、「世紀の大掃除」を断行しています。
だけど、これって「お金」がだいぶかかってますよね。ハッキリ言って「著者」が相当負担能力がないと、とても実行できませんよね。
コロちゃんちは「清貧」ですから、残念ですけどこの「父娘」と同じことは「ちょっと無理だよねー」と思いましたよ。
だけど、この「娘さん(著者)」の「父親に対する思い」は素晴らしいですよね。
ここまで「徹底して父親の生活を管理(心配)する」のは、相当の覚悟がなかったらできないと思いましたよ。

5.「要介護2と認定される」
この「父親」は、「過去に株の失敗で全財産を失うなど波乱万丈な人生を送った方」のようですが、本書を読むと「どこか軽妙なキャラ」の「おじいちゃん」ですね。
だけど「頑固・人の話を聞かない」などの、「昭和の父親像」は変わりませんよね。そこで「著者」は、以下の「目標・ゴール」を書いています。
◎「目指す地点」
①「私(著者)のではなく父の安心」
②「父が精神的・肉体的にすこやかな一人暮らしを1日でも長く続ける」
ふむふむ、これは「冷静な娘さん」ですよね。
φ(゚Д゚ )フムフム…
あくまでも「感情的」にならず、流されることもなく、良い意味で「ビジネスライク」に「目標・到達点」を考えていますね。
それでも「父親」は年々衰えてくるわけですから、その後「要介護2⇒3」の認定を受けています。その後の記載で「84歳の誕生日」とありましたから、「要介護認定」は「83歳」の時かな?
この「介護保険の申請」や、「ショート(短期入所生活介護)」への入居などの経緯が詳しく書かれていますね。
これらを「著者」は、「老人ケアはまるで受験勉強だ。覚えなければいけない言葉が多い」と綴るのですよね。
コロちゃんは、このあたりの「介護の言葉」は「母親と妻の介護生活」でイヤというほど学ばざるを得ませんでしたから、その「面倒くささ」はよくわかりますよ。
とにかく「ボケた高齢者が自分で介護保険の申請をする」のは難しいほど、複雑怪奇にできているのですよね。

6.「父の生活は続く」
本書は、「著者の父親」が「82歳の時」の「介護未満に起きたこと」を書き出してから「87歳時点」までを書き綴っています。
コロちゃんは思うのですが、これが「ドラマ」だったら「起承転結」があって、「涙・笑い・怒りなど」の「山や谷」が続き「終わり」があるのですが、現実の「人生」は「まだ続く」のですよね。
だから、本書の「著者」が「人生は簡単には終わらない」「父の生活は続く」と書いているのを読んで、思わずコロちゃんは「そうだよねー」と頷いてしまいましたよ。
(*。_。)⁾⁾ゥンゥン
後半では「水頭症の手術」や「救急車で運ばれた話」も書いていますが、著者は「ありがたいことに父は健在でこのプロジェクトは現在進行中である」と書くのですよ。
そして「父は父なりに現状維持に努めている」と評価しつつ、「私もそうだ。お互い無理をせず、依存もしないように心がけ、精神的距離は『遠くにありて思ふもの』にしてある」と書くのです。
コロちゃんは、この「父娘の関係と距離」を「こうありたいもの」と感じましたよ。
いつまで続くかわからない「高齢の父を持つ子のあり方」と「最後まで自分を保とうと努める高齢の父のあり方」の1つの例として、コロちゃんは本書を一気に読み終わりましたよ。
コロちゃんは、この本を読みながら「自分の親子の関係」と常に比較しながら、わが事のように読みましたね。
だけど、コロちゃんの息子たちは、今後この本の著者のように「冷静に親の介護問題」に対処できるかなー?
(。・_・?)ハテ?
まさに「おじいちゃん」と言っても「十人十色」ですし、子どもだって「キャラクター」はそれぞれですよね。
そんなことを「読後」に感じさせてくれた本でしたよ。下記の本ですので、コロちゃんの紹介で興味が出た方は、是非お読みくださいね。
7.「皆さん、親の介護はどうしますか?」
ここでちょっとコロちゃんの考え方を書いてみますね。
一番良いのは、ついさっきまで「元気に自宅で生活していたのが急に眠るように逝くこと」ですが、そんな「虫の良い話」はまずありえないでしょう。
今日の「読書考」で読んだ本の「父親」のように、誰かに「介護の助け」をしてもらいながら「いつ終わるとも知れない高齢生活」をおくることになるのでしょうね。
その時に「どうするのか?」は、当人と子ども世代が考えることになりますよね。ちょっと「世の中の若い世代」の考え方を見ておきましょう。下記でしたよ。
◎「Q.親が介護状態になったらどうしたいか?」
(小数点以下切り捨て)
●「別居親子」
・「介護施設に入居 :40%」
・「親元に通って介護:17%」
・「親と同居して介護:15%」
https://netasia.co.jp/report/3085/
(出典:ネットエイジア 大人の親子の生活調査2025より:2月22日利用)
ふーむ、「親が介護状態になった時」に一番多かった回答は「介護施設に入居」でしたね。
( ̄へ ̄|||) フーム
ただこれって「入居費用」次第なんですよね。それに「高齢者」が「イヤだ」と言う場合もあるでしょうしね。
冒頭の「本の著者と父親」は、「親元に通って介護」を選択していますね。ただ、これも「要介護度」次第でしょうね。
ほぼ寝たきりの「要介護4以上」になると、「通いの介護」ではかなり難しいと思われますよね。
コロちゃんは、自分では「ギリギリまで自宅で生活したい」ですよ。
それが「たとえ汚部屋」になっても「食事は冷凍食品」になっても「おむつ」をはいていても、過去から今まで「4人家族」で住んでいた「自分ち」で逝きたいと考えていますよ。
そうそう、上記の本には面白い「アイテム」が書いてありましたよ。
それは「Amazonのエコーショー」というデバイス設置です。この「エコーショー」には「呼びかけ」という機能がついているそうなのですよ。
これを使うと「相手が望もうが望まないが勝手に画面が繋がり、居室の様子がこっちのスマホに映し出され、そのままビデオ通話ができる」というのですよね。
これは知りませんでしたよ。現在のコロちゃんではまだ必要ないと思いますが、こんな機器があると知っているだけで、将来役に立つかもしれないと思いましたよ。
まあこんな感じでコロちゃんは「本書」を、自分の将来にどう役立てるかとの視点で食いつくように読んでみましたよ。
だからコロちゃんは、「高齢者の方」と「高齢の親御さんを持つ方」には、この本を一読する価値はあるとお薦めしますよ。

8.「コロちゃんと田舎のおばあちゃん」
今日のテーマは、久しぶりに【読書考】を書いてみました。「介護の父の話」でしたから、コロちゃんの「母の実家のおばあちゃん」の話を書いてみますね。
コロちゃんが小学校低学年の頃ですから「1950年代」の話ですよ。当時のコロちゃんは、毎年母に連れられて、母の実家の田舎に帰省していたのです。
そこには「母の母親」ですから「コロちゃんのおばあちゃん」がいましたね。
とても厳しい「おばあちゃん」で、少年コロちゃんには「いつも叱られていた記憶」しかありません。
そこの家には「長い廊下」が窓際にありました。そこをドンドンと走り回っていると、いつも「コラー、うるさい!」と叱られたのですよね。
そこの「母の実家」は、広い家で「廊下」の突き当りに「当主の部屋」がありました。
そして、そこを抜けると「居間」に繋がっていて、その居間の先には最初に走り出した「廊下」があり、一回りできるつくりになっていたのです。
そんな面白い「つくりの家」で、まだ「小学校低学年」のコロちゃんが黙って見ているわけはありません。
そこで「走り回っては叱られる」を繰り返していたというわけなのですよね。
この「母の実家」への帰省は、いつも「母とコロちゃんと姉」との3人で帰ってきていましたね。
記憶ではいつも夏でしたから「お盆時期」だったのでしょう。この家の広い部屋に蚊帳を吊ってみんなで寝ていましたね。
またこの家の西側の縁側からは、夕日が沈む様子が良く見えていたのです。それも「地平線」が見えたのですよね。
今思うと「関東平野の真ん中」にこの家があったのかと思われますし、西側は見渡す限りの畑と田んぼが続いていましたね。
コロちゃんは、後に「少年時代※」という「藤子不二雄Ⓐ」のコミックを読みましたが、まさにあの内容は、「少年コロちゃんの夏休みの帰省の風景だ」と思いましたよ。
(※少年時代:1978年:作画・藤子不二雄Ⓐ:原作・原案・柏原兵三:少年マガジン)
この「母の実家」には、男の子と女の子の双子の従弟・従妹がいました。コロちゃんよりも何歳か年上でしたね。
少年コロちゃんは、この「従弟」に連れられて近くの「田んぼや川・神社」などを走り回って遊んだ記憶がありますよ。
そして「真っ黒・泥だらけ」になって実家へ帰ってきて、「おばあちゃん」にしこたま叱られる夏休みを過ごしましたよ。
この「おばあちゃん」は、その後1990年代に94歳で亡くなっています。当時の事ですから「介護は嫁さん」が担ったと思われますね。
この時にコロちゃんが聞いたエピソードに「おばあちゃんは90歳の時に『健康に悪いから』と禁煙をした」というのがありましたね。
その時に周囲の「多くの親族・子・孫たち」は、「まだ生きるつもりだよ」と笑っていたと言いましたよ。
「おばあちゃん」のお葬式にはコロちゃんも出席しましたが、みんなは「大往生だ」と言いながら「明るいお葬式」をしていましたよ。
ちょっと「少年コロちゃんと田舎のおばあちゃん」の事を思い出しながら書いていましたが、間違いなく「明治生まれのおばあちゃん」は、今よりも「頑固」で「人の言うことを聞かない」人でしたよ。
今コロちゃんが思うのは、「戦前の権威主義体制」で育った「高齢者」は、「男が偉い・年長者が偉い・家長が偉い」との観念を持ち続けていたと思うのですよね。
だから「おばあちゃん・おじいちゃん」になっても、「頑固で非合理的で説得されない強固な観念」を持ち続けていたようにコロちゃんは思えますね。
その点コロちゃんは、「戦後生まれ」の「柔軟なおじいちゃん」ですよ。
「若い世代」から指摘されれば、何でもホイホイ受け入れて「楽しい老後生活」を逝くまで続けたいと願っていますよ。
コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。
このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)
おしまい。






コメント