0.「今日の記事のポイント」

コロちゃん
今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。
①「腰痛治療の年代記を書けって?」
②「1970年代は背骨ポキポキのカイロプラクティック療法」
③「1980年代は痛い痛いの腰痛治療」
④「1990年代は不思議体験の腰痛治療」
⑤「2000年代は腰痛おじいさんとの出会い」
⑥「コロちゃんの振り返らない生き方」

1.「腰痛治療の年代記を書けって?」
コロちゃんが、一日の「ブログカキコキ」を終えて、夕方にまったりしていましたら、LINE☎の着信音が鳴りました。
このブログの編集長&株主様の「次男一家家長様」からのお電話でしたよ。
「コロちゃん、先日の腰痛のブログは面白かったよ。前半の『統計データ』はつまらなかったけど、最後の体験の記録は時代を感じたよね。もっとそこを書いて!」by編集長&株主様
へー、「1970年代頃の腰痛治療の様子」なんかの、どこが面白いのかなー?
( ¯ㅿ¯)へー
確かにコロちゃんは、1970年代の20代の頃から、年に1~2回は「腰痛」に悩まされていましたよね。
思い返してみると、いろいろな「腰痛治療」を受けてきました。
それでは今日は、時代を遡りながら、コロちゃんが体験してきた「腰痛治療の年代記」を書いてみますね。
コロちゃんの「痛み始めてわかる、腰痛は長~い友だち年代記」ですよ。

2.「1970年代は背骨ポキポキのカイロプラクティック療法」
コロちゃんが初めて「腰痛」に襲われたのは、まだ「20代後半の1970年代」でした。この当時は、まず「腰痛治療でどこを訪ねたら良いのかわからない」のが当たり前だったのですよね。
もちろん「整形外科」や「骨つぎなどの治療院」、「針・灸の治療院」などはあったのですが、そもそも「情報」を得る術は、「友人・知人」に聞くしかなかったのです。
しかし、地方から上京してきた「ボッチの青年コロちゃん」の周囲にいたのは、みな「20歳前後の若者たち」ばかりでしたから、誰も「腰痛治療」など経験も知識も持っていませんでした。
その頃の青年コロちゃんは、「池袋西口」から歩いて5分のところにあった「芳林堂 池袋本店(※)」という「ビル丸ごと本屋さん」にいつも入り浸っていたのです。
(※2003年に閉店しています)
その時に見かけていた「芳林堂」の一角の「ビルの6階にあったカイロプラクティック治療院」を訪ねることにしたのですよね。
確か初診は5000円で、その時に「7~8回のクーポン券」を割引で購入したような記憶が残っていますね。
この時にコロちゃんが受けた「カイロプラクティック療法」は、施術者の説明では「背骨・骨盤の歪みを矯正し、神経の流れを整える」というものでした。
治療台に横たわったコロちゃんに対して、施術者が「あちらを向いてください。右手をここに、左足を曲げてここに」とか、その都度指示するのですよね。
その後に施術者が全身の体重をかけて押すと、「頸椎・胸椎・腰椎」から「ポキポキ」と音が出て、施術者からは「背骨の位置が矯正される」と説明されたものでしたよ。
その「頸椎・胸椎・腰椎」の矯正を、ずれていると思われる場所ごとに行なうのですから、施術中のコロちゃんは、その都度あっちを向いたり、右手を曲げたり、足を伸ばしたり、なかなか忙しいものでした。
しかし「施術」が終わると、確かに「腰痛は収まり」ますし、「背骨」の「S字カーブ」が実感できたのです。
ここに数回通った時に、馴染みとなった「施術者」から面白いことを教えられましたよ。
うつぶせに寝て、膝から下を天井に向けて「L字」に曲げた後に「そのまま足に力を入れて保持してください」というのです。
そこで「施術者」が、「はい、力を入れますよ」と言いながら「L字」の足を伸ばそうとすると当然コロちゃんは足に力を入れていて抵抗しますから、なかなか伸びません。
ところが、「施術者」が「タバコの箱」を持ってきて「コロちゃんの手に持たせる」と、足が伸びたのですよね。もちろん「力の入れ方は同じ」ですよ。
「この理由はなぜ?」と聞くと微笑みながら「わかりません」としか答えなかったのです。
しかし、「タバコが身体に悪いことと関係があるのかも・・?」と匂わすところが面白かったですよね。
結局この時の「カイロプラクティックの腰痛治療」は、治療の直後には腰痛は消えるのですが、翌日にはまた戻っていました。
青年コロちゃんは、「割引のクーポン券」を使い終わると、もう行かなくなってしまいましたよ。
今考えても、あの「タバコの反応」は何だったのでしょうね。コロちゃんはまだ20代後半、施術者も20代の青年でしたから、おふざけだったのかも知れませんよね。
「科学的な理由」は分かりませんが、当時のコロちゃんには「不思議な体験」でしたよ。
(※コロちゃんの考えです)

3.「1980年代は痛い痛いの腰痛治療」
1980年代の日本は、後半に向けて「バブル経済」へと突き進んでいった時代です。そんな時代に30代になったコロちゃんは、東京・神田にあった痛みを伴う整体院などを体験していました。
コロちゃんが受けた「腰痛治療」は、「痛いけれど効いている」「悪いところを押し流す」として、「強くもむ・押すアプローチ」でした。
当時のコロちゃんには、「痛くてもいいから一発で効かせてほしい」という気持ちがあったのかもしれませんね。
この「痛い治療」は、「激しいツボ押し」により筋肉のこりや、いわゆる「トリガーポイント」と呼ばれる部分、そして「ツボ」に対し、「肘や指頭で体重をかけて深く持続的な圧迫を行う施術」でした。
しかも、単に指で押すだけでなく、「施術者」が自分の体重をすべて乗せて「肘」や「木製の専用器具」を背中や腰の奥深くへ押し込む、飛び上がって「痛い!」と叫ぶほどの痛みがあるものでした。
押し込まれた瞬間は「うっ」と声が出ないほどの激痛が走りますが、一定時間じっと耐えていると、血流が良くなったように感じて、ジュワッと熱くなる感覚があるのですよね。
この時に「施術者」から「そこ!そこが悪いところですよ」「痛いのを我慢しないと芯まで届かないよ」と言われるのです。
あの治療は痛かったなー、だけど治療直後は「腰痛が消える」んだけど、しばらくたつと元に戻っちゃうのですよね。
コロちゃんは、2~3週間は通ったかなー。
しかし、このような「痛い治療院」は、1990年代に入るとコロちゃんの周囲ではいつの間にか見かけなくなりました。
世の中では、痛みを我慢させる施術だけでなく、「痛くない・ソフトな施術」を掲げる治療院も見られるようになっていたのですよね。
「強く押せば効く」という考え方だけでは、腰痛治療は語れなくなってきたのでしょうね。
(※コロちゃんの考えです)

4.「1990年代は不思議体験の腰痛治療」
1990年代初頭は、「バブル経済」の余韻がまだ残っていた時代です。そんな時に「40代のコロちゃん」は、東京新宿の場末のバーでお酒を飲んでいたのですよね。
もうお客さんがコロちゃんと友人以外には、ほとんど居なくなった店内で「ママさん」が、いきなり言い出したのですよね。
「あなた、腰が痛いんじゃない?」byママさん
ええー、なんで分かるのこの人! コロちゃんは声を出さずビックリしましたよ。
(o゚Д゚)エエ〜ッ!!
「良かったら治療してあげようか? お礼なんかいらないからね」byママさん
コロちゃんは、それでは「お願いします」とビクビクしながら言うと、コロちゃんの後ろに回って「ブツブツ」とつぶやくのですよね。身体には触らないのです。
「○○様、お願いします・・・ブツブツ・・ブツブツ・・うん、うん、うん!」byママさん
どうやら、「何かの神様?」に話しかけてお願いしているみたいなのですよね。
ところがですよ・・・あーら不思議・・コロちゃんの腰の痛みが・・消えちゃってる?‼
エッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?
この1990年代は、オウム真理教による「地下鉄サリン事件(1995年)」が起きたり、映画「学校の怪談(1995年)」が公開されたり、「ノストラダムスの1999年人類滅亡説」が話題になったりした時代でしたよ。
当時のコロちゃんは、「腰痛の痛みが消えた驚き」と「気持ちの悪さ」を感じたことを覚えていますよ。
今考えると、気持ちの持ち方や思い込みによって痛みの感じ方が変わったのかもしれませんね。もちろん、あの時の不思議な体験の理由は今でも分かりませんよ。
(※コロちゃんの考えです)
なお「腰痛の痛みが消えた」のはその夜だけで、翌日には戻っていましたね。やはり「信仰が足りない」からご利益も短期間になったのかなー?
ʅ(。◔‸◔。)ʃ…ハテ?

5.「2000年代は腰痛おじいさんとの出会い」
また2000年代に50代になったコロちゃんは、妻のママ友などからの紹介で、「知人の整体師」や「自称腰痛おじいさん」による民間療法を受けていました。
前者の「整体師」は、コロちゃんちから車で「40分」ぐらいのところに住んでいる自宅に「治療設備」がある方で、ここでは「妻」も時々「治療」を受けていました。
周囲に家がほとんどない「水田」と小高い山々に囲まれた風景の場所で、「真夏の治療」の後に生暖かい風が吹きつける「テラス」で「梅ジュース」をごちそうになったことを覚えていますよ。
そう言えば、ここは「妻のママ友の知人」ということで、いつも「妻と一緒にドライブ」するような気分で出かけていましたね。
そしてもう一つの「自称腰痛おじいさん」の非公認治療は、あんまり大きな声では語れません。
このおじいさんは、妻のママ友から「なぜかわからないが腰痛の痛みは消える」との評判を聞いたのですよね。
そこで出かけて行ったコロちゃんは、上半身を裸にして「軽いマッサージ」を受けた後に、「太い筆」で「何かわからない液体」を背中の背骨に沿って塗られたのですよね。
コロちゃんは、思わず「それは何ですか?」と聞いたのですが、おじいさんは下を向きながら、「ふふふ」と微笑み「・・・言えない」とつぶやくのです。なんかあやしいのですよね。
ただ、不思議なことに「腰の痛みは軽くなった・・・ような気がする?」のですよね。ここには2回ほど行ったかなー?
いやー、「腰痛」って、いつの間にか痛みが薄らいだり消えたりしますから、「治療が効いたのか?」、それとも「もう痛みが軽くなる時期になったのか?」の区別がわからないのですよ。
しかし、この時には確かに「腰痛」の痛みが薄くなったような気がしていましたよ。

6.「コロちゃんの振り返らない生き方」
コロちゃんの腰痛は、この後「60代の2010年代」には、「大腸がんの抗がん剤治療」などを経て「骨粗しょう症」となり、「第12胸椎の圧迫骨折」も経験しました。
そして「2020年代」に入ってからは、「第1腰椎の破裂骨折」も経験し、それまでの腰痛を上書きしてしまいましたよ。
だけど現在のコロちゃんは、「なぜ自分だけが腰痛を」とか「あれがなければ腰痛にならなかった」とは、まったく考えていませんね。
コロちゃんは、「過去は振り返らない生き方」が好きなのです。例えば「ぎっくり腰」も何度か起こしています。
その時は「側溝に落ちた車を持ち上げた時」や「修理するバイクを車に乗せようとした時」にぎっくり腰になったのですが、後悔や反省はしていません。
その時点では「必要だ」と考えて無茶をしたのですから、コロちゃんの中では収支が合っているのですよね。
そのように考えるコロちゃんは、「人生を貫く腰痛」について、「コロちゃんの精神はハード」だったけれど「身体はそれほどハードではなかった」のだ、と考えることにしているのです。
だからコロちゃんにとって「腰痛」は、「精神がハードだった証明」でもあるのです。
痛みの原因となった過去の行いを悔やむよりも、その時々で自分が必要だと考えて行動したことを誇りに思いたいのですよね。
(※コロちゃんの考えです)
こうして振り返ると、コロちゃんの20代以降の人生は、現在に至るまで「痛み始めてわかる、腰痛は長~い友だち(※)」だったのですよね。
(※「抜け始めて分かる、髪は長〜い友達」のパロディ。1970年代から1980年代にかけて放映された「カロヤン」のテレビCMで知られたフレーズです。)
コロちゃんは過去の無茶を悔やみません。
その時々で必要だと考えて行動してきたのですから、それでよかったと思っています。「腰痛」もまた、そんなコロちゃんの人生についてきた長い友だちなのですよ。
(※コロちゃんの考えです)
コロちゃんが「腰痛自慢をしているよ」と、笑いながらお読みいただければ嬉しいですよ。
コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいちゃんです。
このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)
おしまい。


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