【読書考】「ローマ亡き後の地中海世界」(上・下)(塩野七生 著 新潮社)を読んで

読書

本書は、「ローマ人の物語」(全15巻)の続編として、ローマ帝国崩壊以降の地中海世界の興亡を描いた書ですが、とにかくおもしろいです。

「ローマ人の物語」では、「ユリウス・カエサル」を描いた第2巻が最高に面白かったですね。

おそらく著者もそこを一番書きたかったのではなかったかと思わせるものがありましたが、本書もまた、同じ様に歴史のダイナミズムを教えてくれます。

第1章 内海から境界の海へ

上巻は、ハードカバーの303ページのぶ厚い本ですが、著者の前作「ローマ人の物語」同様に、政治・軍事・社会・国民性・宗教を網羅してごった煮にしたような内容は、おなじみのものです。

本書は舞台が、1国家とその周辺ではなく「地中海世界」ですので、やたら広いです。

第1章は紀元565年の東ローマ帝国のユスティニアス皇帝死去後から始まっています。

そして、アラビア半島のメッカにマホメッドが生まれ、布教を開始したのが613年ですが、20年足らずでアラビア半島をイスラム化します。

そして、その後にそれまでキリスト教世界だった地中海世界に、イスラム教の勢力がアラビア半島から押し寄せるように進出してくる風景を描写しています。

本書はそれを「白い大きな紙の上にインクのびんをぶちまけるに似たイスラム化の波」と表現しています。

このイスラム教の進出は、当初は「海賊」として始まります。それまでキリスト教世界の内海だった地中海世界が、イスラム教進出によって境界の海となっていくのです。

その戦いを本書は詳細に描いているのです。今のイタリアやヨーロッパとなった各国、アフリカ諸国や中東の国々をめぐる戦いは、まさにグローバル世界といった広域にわたる大戦です。

この当時の日本は、大宝律令の奈良時代です。こんな昔に地中海世界ではなんと雄大な戦いが繰り広げられていたのかと驚きます。

「イスラムの急速な拡大」や「海賊」等々、その内容は詳細で、かつおもしろく、地中海の風景が目の前に浮かぶようです。

そして、パレルモ、ガエタ、アマルフィと双方の攻防が続きます。オスティアの海戦でキリスト教側は勝利しますが、一度勝ったぐらいで好転するほど事態は甘くありません。

その後に地中海の中心にあるシラクサが、イスラム教側の攻撃で陥落するのです。

この状況の中で、ローマ法王にヨハネス十世が就任します。

法王は十字軍を提唱しました。一方は半月旗を掲げ、他方は十字架を掲げての戦闘は3か月に及びます。戦果を手にしたのはキリスト教側でした。

この複雑かつ広大な戦いを、本書はこの章だけで143ページにわたり著述しています。添付の地図を見ながら、その雄大さを実感することは、歴史好きにはたまらない快感です。

本書を読んで、この時代のイスラム教とキリスト教の対立はなんとすさまじいものかと思いました。

延々と戦い、延々と殺しあう、お互いにとっては正義と正義の戦いです、なんと不毛なことでしょうか。

その被害の大きさには、ため息さえ出ません。人間とはなんとおろかなことかと思いました。

第2章 「聖戦」と「聖戦」の時代

9世紀から10世紀にかけても、イスラム教徒の「サラセンの海賊」のキリスト教世界への侵攻は続きます。

地中海世界の南半分を占めたイスラム世界は、北半分のキリスト教世界に「聖戦」を挑むのですが、その内実は「海賊行為」と表裏一体のものです。

その攻防が詳細に展開されるのですが、都市国家の時代です。

南イタリアやシチリアぐらいは大体あのあたりだなと場所の見当は付きますが、アマルフィ、ピサ、ジェノバともなると、添付の地図を見なければ場所もわかりません。

そして、本書の記載に、攻防の軍事的戦略や武器の種類まで書き込まれるのは「ローマ人の物語」同様です。

圧巻の歴史描写なのですが、今一つ、すっきりしないのは最終的に戦乱の決着がつかないからでしょうね。イスラム教とキリスト教の対峙は、形を変えて現在まで連綿と続いていますから。

そして、「十字軍時代」です。11世紀末から始まって200年の間続きます。この内容は別の本で語ると著者は書いていますが、大きな流れには触れています。

7次にわたって行われた十字軍にはヒーローはいません。淡々と経過と特徴に触れています。日本人の宗教観のせいか、宗教戦争には感情移入しにくいところがあると、コロちゃんは感じました。

その後もずっとつづく戦いを見ると、人間とは進歩がないと言うべきなのでしょうか。それとも変わらないのが人間だと言うべきなのでしょうか。

第3章 二つの、国境なき団体

本章では、地中海世界で繰り広げられた「宗教戦争」という名の世界大戦の、戦時捕虜ともいえる人々をめぐる話しがでてきます。

地中海世界を二つに割っての戦争を、数百年にわたって延々と戦っているわけですから、膨大な人数の捕虜が出ます。

イスラムの「サラセンの海賊」の捕虜となった人々をめぐる様々な活動と風景を追いかけています。

「救出修道会」「救出騎士団」等の数々のエピソードが紹介されています。

驚くのはこの「騎士団」の最後の救出行が西暦1779年だったことです。その10年後にはフランス革命がおこるような時代まで救出行は続いたのです。

この地中海世界では、つい最近まで多くの「海賊」が跋扈していたのです。

戦争や海賊が、地中海世界全域で常時行われていたわけではないのでしょうが、なんと1000年以上にわたって、この世界では「平和」でなかったのかと思うと驚きます。

地中海世界における「イスラムの海賊」は、正規の事業として運営されていたとあります。時代と価値観が違うとはいえ、あまりにもむごいものです。

本書の巻末には、海賊が消えた日は、フランスがアルジェリアを植民地にした1830年だったと紹介しています。

この宗教戦争の詳細を読むと、キリスト教もイスラム教も「戦いの宗教」なのだと実感します。

私たち日本人の宗教観は、仏教にしろ神道にしろ「平和の宗教」のイメージを抱いています。

しかし、もともと宗教とは「私たち」と「それ以外のもの」を厳しく峻別するものだったのだと思い起こしました。

本書は、「平和」の価値と、それが成立するための条件をいろいろと考えさせてくれる良書です。本書を、ぜひ読むことをおすすめします。興味深いですよ。

第4章 並び立つ大国の時代

ここから本書は下巻になります。下巻もまた383ページの分厚さです。その歴史著述の壮大さと、重厚さに誰もが圧倒される思いを持つと思います。

下巻は西暦1453年の「コンスタンティノープルの陥落」から始まります。

1000年の間存続してきたビザンチン帝国の首都コンスタンティノープルの攻防は、攻めるイスラム・トルコの戦力は陸上だけでも16万人。

守るキリスト教側は7千人です。結果は目に見えています。

戦いは2か月近くもちこたえるのですが、本書はその攻防を逐一描くことはしていません。樹を見ずに森を見たのです。この章は、その後の戦いを大きく俯瞰して描いています。

本書では、トルコのスルタン・マホメッド2世を以下のように紹介しています。

「ローマ史を毎日読ませて聴く。歴史書や皇帝の評伝、フランス王たちの話を好む」

「トルコ語、アラビア語、ギリシア語、スラブ語を話し、支配することに特別の欲望を感じており、地理と軍事技術に最も強い関心を示す」

なんとも堂々たるスルタンではないですか。

その後のイスラム・トルコの行動・戦略・軍事情勢を詳細に描写しています。

コンスタンティノープルの陥落以降は、トルコ軍は、小アジアを進行し、1463年以降は海に進出して海軍の戦いとなります。

ジェノバの植民地であったレスボス島での戦い、ヴェネツィアとの闘いと続き、エーゲ海からイオニア海にまで戦線は広がります。

それに対抗して、キリスト教側はヴェネツィア・聖ヨハネ騎士団・フランス・ローマ法王庁が連合艦隊を結成して、ばらばらだった勢力がまとまりつつ戦います。

いつの時代でも多国籍軍はそれぞれの思惑が絡み合い、なかなか統一行動が難しいものです。

この時代での連合の内実を詳細に追いかける本書は、まるで現代のジャーナリズムのようだとの思いを持ちました。

それに対してトルコ軍は、海賊を傭兵として雇い戦力化します。それぞれ軍隊としての利点と欠点を持っており、相手の欠点をうまくつける指揮官が勝利を手にします。

海賊たちは、手ごわいと見た相手には手を出しません。ゲリラ戦に切り替えるなどの情景が描写されます。もちろん「ゲリラ戦」という呼称はまだない時代ですが。

その一進一退の戦いの中、ロードス島が2度のトルコの攻略を跳ね返したと誰もが思ったところで、本章は終わります。それがその一年後には楽観的な見通しだったとわかるのです。

これらの戦いの描写は、戦域が広く、また正規軍という概念がない時代ですので、キリスト教側は各勢力が離合集散しながらバラバラに戦う印象が強いです。

また、イスラム勢力もトルコは大国ですが、陸軍が主力です。イスラムの海賊は誘拐事業を行っている小勢力が地中海全域に広がっています。

じっくり読めば、戦いの全体像が分かるのですが、そのゆえに大勢力間での勝敗が決まる大決戦はめったに行われないので、なかなか勝敗がわかりにくと思いました。

第5章 パワーゲームの世界

1522年になって、戦いが煮詰まってくる場面で、ようやく国際政治の主人公の紹介です。やっと個人の顔とキャラがみえてきます。

スレイマン1世は、当時28歳のトルコの皇帝です。45年の長い治世の間に領土を最大にし、トルコ帝国の黄金時代を気付いた大帝です。

フランソワ1世は、当時28歳のフランス王です。フランスは国土が豊かで人口も多かった。

カルロス1世は、22歳のスペイン王。ドイツとオーストリアを中心とした神聖ローマ帝国皇帝としてはカール5世となりますが、当時22歳。

さらに、共和国として行動したヴェネツィアとローマ法王を合わせて「若き権力者たち」として本章では取り上げています。。

この面々が、ここの時代の地中海世界で、各国の「戦争と政治のパワーゲーム」を繰り広げるのです。

海戦は、海賊を海軍に包摂したトルコ海軍と、ローマ法王が呼びかけ結成された「神聖同盟」の戦いとなります。

「神聖同盟」には法王庁・マルタ騎士団・スペイン(本国、シチリア、ナポリ)・ジェノバが参加します。

1535年キリスト教側は、北アフリカのチュニス攻略を目指して進行します。本書では、詳細な戦闘の経過が書かれています。

結果はキリスト教側の勝利となるのですが、海賊たちは全員逃がしてしまいました。頭目の赤ひげもアルジェに逃げてピンピンしています。

「戦闘に勝つことと、戦果を保持することは別問題である」と本書は最後に記載しています。

戦果を保持できなかった理由は、戦闘の勝利の後に、フランス王フランソワ1世とスペイン王カルロス1世の思惑の違いが噴出したためなのです。

この経過を読むと、この章のテーマが「パワーゲームの世界」の理由がわかります。

著者は、戦争の戦闘場面を書いているのではなく、国際政治と国家の戦争の全体像を描いているのです。

1537年にフランス・トルコ同盟が明らかになり、キリスト教世界は仰天します。

その後ローマ法王パオロ3世の仲介でキリスト教世界の2大強国のフランスとスペインの10年という期限付きの休戦が結ばれるなどの、政治工作が紹介されます。

その後も戦いに次ぐ戦いの、息詰まる描写が続きます。プレヴェザの海戦やアルジェ遠征など、戦闘場面満載です。

登場人物も数多く、海賊の頭目に焦点を当てた戦略描写も多い。

フランス王が政治戦略で、金貨を払って、トルコ側の海賊赤髭を使うなどの場面もあり、いつの時代でも政治指導者の無節操は変わらないなと思ったりしました。

トルコ皇帝スレイマンにとって、西地中海制覇への道に立ちはだかったのが、マルタ騎士団であったと本章の最後に記載されています。

「まず、マルタを落とす」と。

戦闘場面が続いた本章ですが、海賊による誘拐産業による被害者の悲惨さは目を覆うばかりです。

このような戦いが100年以上続いたとは、地中海の青い美しさのを知っているだけにやりきれない思いを持ちました。

第6章 反撃の時代

1565年のマルタ島攻防戦は地図もあり、詳細な戦闘状況もよくわかります。軍事に興味のある方にはたまらない面白さだと思いました。

凄惨な4か月に及んだ攻防戦の結果、トルコ軍は去っていきます。

トルコのスルタン・スレイマンはこの攻防戦の翌年に世を去り、息子のセリムがスルタンの座につきます。セリムはキプロスへの攻撃を決断します。

1570年トルコ軍のキプロス島への攻撃が始まります。トルコ軍はガレー船だけでも160隻、10万もの兵士で押し寄せます。それに対するキプロス島側は4000にも達しないとあります。

キリスト教側は、戦力の総計8万人を軽く超える連合艦隊を結成します。キプロス島は陥落しますが、「レパントの海戦」が始まります。

「レパントの海戦」では、キリスト教側が勝利しますが、被害は大きかった。その詳細な戦闘経過がつづられるのです。死者の数を読むだけでも凄惨としか言いようがありません。

本章の最後に「レパントの海戦での勝利は、トルコ海軍の壊滅を招いたことによりトルコ帝国の西方への攻勢をくじくことになった」と書いています。

ここまで読んで、権威主義的大帝国の強さと、国家連合の持つパワー。そして、陸上国家と海に生きる国と都市の違いにいろいろ考えが錯綜しました。

本書は、歴史ものとしてはもちろん、戦争文学としても興味深いと思いました。

第7章 地中海から大西洋へ

「レパントの海戦」以降、勝った側のキリスト教諸国は分裂し元の関係に戻ります。

トルコのスルタン・セリムも壊滅した海軍の再建は命じ、同じ規模の海軍を再建しますが、それ以降、通常の海賊行為以上は命じませんでした。

3年後にスルタン・セリムが死去し、ムラード3世が後を継ぎます。

本書はその周辺事情も詳細に書いていますが、ハレムの内情まで記載されているので、まるで千夜一夜の物語のようだと思いました。

そして「レパントの海戦」以後の地中海がそれ以前に比べて少しおとなしくなったのは事実だったとあります。

「7世紀から始まって18世紀までの1千年を超える歳月、地中海の歴史は、北アフリカから来襲してくるイスラムの海賊なしには物語ることもできなかった」

なんと、凄まじい世界かとため息をつきながら読みました。

この地で海賊の来襲を恐れなくとも済むようになったのは、フランスがアルジェリアを植民地にした1830年以降だと言うのです。

そして、それがようやく国際合意として成立したのは1856年の「パリ宣言」だったというのですから。

Julius H.によるPixabayからの画像

本書 上・下巻を読んで

本書の紹介の中でも感想を書いていますから、あらためていうことは少ないのですが、地中海世界がこんなに野蛮で悲惨で凄惨な歴史を持っていたことを、コロちゃんはまったく知りませんでした。

学校の世界史の教科書では数ページで終わってしまいますし、もっと詳しく知ろうとすると、学術書になってしまって、とても読み切れません。

著者は「ローマ人の物語」でもわかるように、歴史と軍事・経済・社会制度をわかりやすく読みやすく描く手法が秀逸です。

また当時の政治指導者のキャラの書き方もうまいので、分厚い本なのですが読めてしまうのです。

本書では、それほど魅力的な指導者は登場しませんが、キリスト教世界とイスラム教世界の歴史がよくわかる良書だと思います。本書は興味深いですよ。ぜひ読むことをおすすめします 。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に触りましたらご容赦お願いします(^_^.)

おしまい。

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