【社会考】保守もリベラルも、未来を語れない日本──政治に必要なのは、減税より「未来の物語」だよ

【社会考】
イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

①「『今の日本に保守はない』んだって?」

②「日本は『本当にどうしようもないところまで行くまで楽観論が強く出る国』なんだって」

③「誰も明るい未来の物語を語れない時代だよと、保守が輝くにはリベラルが明るい未来を語れないとダメだよ」

④「コロちゃんと、明るい未来のナラティブ(物語)のザリガニ戦術」

1.「『今の日本に保守はない』んだって?」

コロちゃんが、朝コーヒーを飲みながら日経新聞をバサバサ読んでいると「いまの日本に保守はない/片山杜秀・慶大教授」との見出しが目に入りましたよ。

これは「日経新聞の2面を全面的に使ったインタビュー記事」ですよね。相手は「片山杜秀・慶応大学教授」です。

この方は、「右翼の思想家や活動家」ではなく、「政治思想史を専門とする学者さん」で、よく「異才・知の巨人」とも言われるそうです。

コロちゃんは、自分自身が「リベラルだ」と思っていますから、これまであんまり「保守主義」に興味はなかったのですよね。

それでも、この「インタビュー記事」をざっと読んでいると、「現在の日本の政治状況」を鋭くえぐり出していると思えたのですよね。その内容は以下でしたよ。

◎「片山教授のインタビューでコロちゃんが興味を覚えた発言」

①「失われた何十年を踏まえ『日本はこんなはずではない』という思いが社会で強くなった。日本が頑張れなくなるほど、ナショナリズム、右寄りになる」

②「簡単に言えば右傾化、ファシズム的国家(※)になっていくのでは」

(※ファシズム:個人の自由や権利よりも国家の利益を最優先し、強力な権力で反対派を抑え込む全体主義的な政治思想や体制)

③「保守は『保ち守る』・・・だから保守思想に実態はない・・革新あっての保守思想だ」

④「国家が経済的に持続するには財政規律が保たれているのが基本だ・・『国債をいくら発行しても円建てだから大丈夫』とか、本当かなという理屈が世の中に跋扈している」

⑤「財政規律を真面目に考えるべきなのに、太平洋戦争時の東条英機内閣を超えるようなノリだ」

⑥「これは、相当におかしい。真面目に国民・国家の将来を考えてやっているのではなく、どちらかというとプロパガンダ(※)だ」

(※特定の思想や政治的目的、信念に人々の意識や行動を誘導するため、情報を操作して感情に訴えかける宣伝活動)

⑦「だましてもいまを切り抜け、後のことは次の人に任せる。来年のことは知らない。刹那主義(※)に突っ走っている」

(※将来のことを考えず、目先の利益や現在の状況だけを重視する考え方)

⑧「これだけナショナリストっぽい人がたくさんいる。日本の将来をリアルに真面目に考える風潮をいまつくらないと、この国は本当に滅亡しかねない」

⑨「本当にどうしようもないところまで行くまで楽観論が強く出る国ではある。そのくらいまで行かないと立ち直るきっかけがないかなとも思う。戦後民主主義も一度廃墟になったからある程度みんなが共有できた」

うーむ、「片山教授のインタビュー記事」を長々と引用しましたが、コロちゃんはちょっと衝撃を受けた思いでしたよ。
( ̄へ ̄|||) ウーム

次に、どのようなところに「コロちゃんが衝撃を受けたのか」を書いてみますね。

なお、この「日経新聞」の「いまの日本に保守はない/片山杜秀・慶大教授」との見出しの記事をお読みになりたい方は、下記のリンクのクリックをお願いします。

いまの日本に「保守」はない 片山杜秀・慶大教授、迎合政治を憂う – 日本経済新聞
保守主義とは何か。2025年10月に高市早苗政権が発足して以来、日本政治は問いかけを続けている。衆院選で自民党が圧勝した背景は右傾化といわれた。皇室典範の改正は天皇のあり方に大きな影響を与えるだろう。日本の保守主義に関して多くの著作がある片…
イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

2.「日本は『本当にどうしようもないところまで行くまで楽観論が強く出る国』なんだって」

さてコロちゃんは、若い時代から「自分をリベラルだ」と考えていましたが、現在の「政治」を眺めていると「保守とリベラルの境界」がなくなっているように見えるのですよね。

だって「1970年代の保守とリベラル」は、「境界」がはっきりしていましたよ。

コロちゃんが1970年代の「政治」を振り返ると、「保守」は「家族と自立」を重視し、「リベラル」は「国の予算と制度による格差是正」を重視するという対立軸が見えていたように感じます。

ところが現在では「自民党」も、「年金・医療・介護などの社会保障政策」を「重要な政策課題」として掲げる時代となっています。

「保守とリベラルの対立軸がなくなっている」のですよね。

それを、冒頭の「片山教授」は、「③「保守は『保ち守る』・・・だから保守思想に実態はない・・革新あっての保守思想だ」と喝破しているのです。

つまり「保守」は対抗軸の「リベラルがないと輝けない」のですよね。

ここでコロちゃんが考えたことは、「リベラル」が「政治の対立軸」を設定することができなくなった結果、「保守も時代をつくる政策がなくなった」のではないかということですよね。

その結果「現在の政治は目先の人気取りのバラマキのポピュリズムに陥った」とコロちゃんは見たのですよね。

次に「⑦だましても今を切り抜け、後のことは次の人に任せる。来年のことは知らない。刹那主義に突っ走っている」とは「大学教授」とも思えないほど、かなり乱暴なご発言ですよね。

しかし、それだけ「日本の現状は政治史の歴史から見ても異常だ」ということなのではないでしょうか。

コロちゃんたち「一般国民」は、この「時代状況の中にどっぷり浸かって生きています」から、その「異常さ」は、かえって見えません。

しかし、「歴史をよくご存じの片山教授」が、ここまではっきりと「刹那主義に突っ走っている」と言われています。

これはひょっとしたら、後の時代では多くの人々に「なぜ、あんな異常な時代があったのだろう?」と思われるのかも知れないと思いましたよ。

この点を「片山教授」は、「⑤財政規律を真面目に考えるべきなのに、太平洋戦争時の東条英機内閣を超えるようなノリだ」と書いていますよね。

今では「東条内閣時の財政規律は酷いものだった」と、戦後の「急激なインフレで貨幣価値が暴落した歴史」からも考えさせられます。

しかし当時の多くの国民には、「戦時下の財政拡大」が現在のような形で「異常な状態」と認識されていなかったのかもしれませんね。

コロちゃんは、「人は見たいものしか見ない(※)」との言葉が頭に浮かびましたよ。

(※カエサルの「ガリア戦記」にある言葉。「人は多くの場合、自分が望むことを進んで信じる」という意味)

そして、最後の以下の言葉にコロちゃんは衝撃を受けましたよ。

⑨「本当にどうしようもないところまで行くまで楽観論が強く出る国ではある。そのくらいまで行かないと立ち直るきっかけがないかなとも思う。戦後民主主義も一度廃墟になったからある程度みんなが共有できた」

この「一度廃墟になったからある程度みんなが共有できた」ということは、逆に言えば「日本が変わる」には「『一度廃墟になる』ぐらいの衝撃がないと(日本は)変われない」と示唆しているのですよね。

コロちゃんは、「一度廃墟になる」ぐらいまで「日本が少子高齢化の道を進みながら徐々に衰退していく未来」を想像してガックリ落ち込む思いを感じましたよ。

この「インタビュー記事」の最後の「インタビューアーからのまとめ」には、以下の記者の意見が記載されていました。

「戦後保守は財政規律も重視した。いま規律は壊れ消費税は人気取りで与野党に蕩尽される。金利や為替、財政で米国に口を挟まれ・・これは保守やナショナリストが目指す『強い国』なのか」by政治部長 佐藤理

うーん、「嘆き節」ですよね。おそらくこの「インタビュー」を行なった「政治部長」は「穏健保守」の方なのではないかとコロちゃんは思いましたよ。
(´ヘ`;) ウーン

そのような方でも、「日本の現状を嘆くしかない」のが「現在の日本」なのですよね。だから「今は異常な時代なのだ」とコロちゃんは教えてもらった気がしていますよ。

3.「誰も明るい未来の物語を語れない時代だよと、保守が輝くにはリベラルが明るい未来を語れないとダメだよ」

さて、ここでちょっとコロちゃんの考え方を書いてみますね。2つありますよ。

まず第1には、コロちゃんは、「政治とは国民にナラティブ(物語)」が語れないとダメだと考えているのです。

過去の「日本のナラティブ(物語)」には、下記がありましたよ。

◎「戦後日本のナラティブ(物語)」

①「1950年代    :  戦後復興」
②「1960~1970年代:高度経済成長」
③「1970年代末~1980年代:ジャパン・アズ・ナンバーワン(※)」

(※当時一世を風靡した本の題名:1979年:著者:アメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲル)

上記は、コロちゃんが「時代のナラティブ(物語)」と考えたものですが、コロちゃんは政治には「国民に将来のナラティブ(物語)を示す役割」があると考えているのですよね。

しかし、「日本」は「③1970年代末~1980年代のジャパン・アズ・ナンバーワン)」の夢が、「バブル崩壊(1990年代初頭)」で砕けた後は「ナラティブ(物語)の持てない時代」に入っています(※)。

(※コロちゃんの考えです)

ここまでは「コロちゃんの時代認識」なのですが、ここで「片山教授の言葉」が蘇りますよね。以下ですよ。

⑦「だましても今を切り抜け、後のことは次の人に任せる。来年のことは知らない。刹那主義に突っ走っている」by片山教授

「政治の世界」では、「未来は暗い」と語るわけにはいきません。言葉を尽くして「明るい未来」を例え幻想であっても語る必要があります。

ところが「現在の日本」では、コロちゃんには現在の「与党も野党も」が「日本の明るい未来のナラティブ(物語)」を十分に描けていないように見えます。

ここで、上記の「片山教授の言葉」が頭に浮かびますよね。

「来年のことは知らない。刹那主義(※)」by片山教授

(※将来のことを考えず、目先の利益や現在の状況だけを重視する考え方)

この「刹那主義」になった結果「政治の語る言葉」が、「目の前の減税や給付金」などの「短期的な利益」を強調する場面が目立つようになってしまったのではないでしょうか。

つまりコロちゃんは、「現在の政治が減税や給付金など」の「目先の利益」ばかりを語っている理由を、「政治」が誰も「日本の明るい未来のナラティブ(物語)」を見つけられないからと思ったのですよね。

そして第2にですが、それではこの「日本の明るい未来のナラティブ(物語)」を誰が生み出すことができるのでしょうか。

コロちゃんは、ここでも「片山教授の言葉」に注目しましたよ。以下ですよ。

③「保守は『保ち守る』・・・だから保守思想に実態はない・・革新あっての保守思想だ」by片山教授

これを読むと、「片山教授」は「保守とは(現状を)保ち守る思想」だと考えているように読めますよね。

しかも「革新あっての保守思想だ」というのですから、「保守が輝く」ためには、鏡の向こうに「革新の輝き」が必要なのではないでしょうか。

しかし「日本の現状」を見て「将来を眺める」と、どう見ても「明るい未来」は想像ができません。

そうなると「日本が今よりもっと暗い社会になる将来」にでもならなければ、「明るい未来のナラティブ(物語)」は見つけられないのかも知れないと思うとガックリしたコロちゃんでしたよ。

確かに「今よりもっと暗い社会」になれば、それよりはまだ「明るい社会」を目指すことはできるかも知れません。

しかし、コロちゃんは今後の「リベラル」が「明るい未来のナラティブ(物語)」を語り、その対抗軸として「保守」も別の「明るい未来のナラティブ(物語)」を語ることを期待していますよ。

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

4.「コロちゃんと、明るい未来のナラティブ(物語)のザリガニ戦術」

今日のテーマは、「保守もリベラルも、未来を語れない日本──政治に必要なのは、減税より「未来の物語だよ」を考察してみましたよ。

ちょっと「観念的な内容」が続きましたので、分かりにくい点も多々あるかと思います。

しかし、コロちゃんは、普段感じていた「政治が夢を語らずに減税や給付金ばかりを主張している理由」についての認識を深めることができたような気がしましたよ。

さて、ここからはいつもの「コロちゃん話」です。

今日は「明るい未来のナラティブ(物語)」を巡る話でしたので、「コロちゃんの未来のナラティブ(物語)のザリガニ戦術」について書きますね。

現在「70代前半のおじいちゃん」であるコロちゃんにとって、「明るい未来のナラティブ(物語)」といえば、「終末期へ向けた撤退戦」です。

つまり「いかに苦しまず、安らかな最期を迎えるか」というナラティブ(物語)ですよね。

しかし、これは「人の死への道行き」ですから、どう考えても「明るい未来のナラティブ(物語)とは馴染みません。

しかし、コロちゃんにはこのような「撤退戦を心が折れることなく貫徹する知恵」があるのですよね。

コロちゃんは「1970年代の20代の頃」に、同じような「撤退戦」を戦ったことがあるのです。

なに、大したことではありません。「議論して撤退、ケンカして撤退、グループを解散して撤退など」を沢山経験してきたのです。

しかし、そこで「身につけた知恵」は、「撤退戦ではいつも積極的に後ろに下がれ」ということです。「撤退では心が折られること」が一番悪いのです。

そこで「心を折らず、積極的に撤退するぞ」と常に自分に言い聞かせるのですよね。これを当時の青年コロちゃんは「ザリガニ戦術」と呼んでいました。

これは「ザリガニ」が「ハサミを掲げて威嚇しながら後退する姿」をイメージした、コロちゃん独自の戦術です。

この「青年コロちゃんの撤退戦」は、「折れた心を抱きながら静かに去る」のではなく、「なぜ青年コロちゃんが撤退しなければならないのか」を大声で、自信を持って主張しながら、少しずつフェードアウトするものでしたよ。

つまり常に「撤退の理論武装」を固めることで、堂々と「撤退」したのですよね。今思うと、何とも「扱いづらい青年コロちゃん」だったと思われますよ。

そんなコロちゃんですから、今後の「老年コロちゃんの終末期に向けた撤退戦」も、ザリガニのように両手を掲げて「明るい終末期のナラティブ(物語)」を自信を持って語りながら進んでいこうと考えていますよ。

今日の「コロちゃん話」は、「コロちゃんの、明るい未来のナラティブ(物語)のザリガニ戦術」について書いてみましたよ。

何事についても「口うるさいコロちゃん」を、笑いながらお読みいただければ嬉しいですよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)

おしまい。

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

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