【社会考】マッチョイズムの呪縛が漂っている社会だよ──いつになったら強い男の企業文化は変わるのか?

【社会考】

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

①「日本企業にはマッチョイズムが蔓延しているの?」

②「日本の男らしさは世界2位だって?」

③「企業社会のマッチョイズムの現状を見るよ」

④「マッチョイズムが蔓延したら少子化がさらに進むよ。踏み込みが浅いと思った文化時評」

⑤「コロちゃんと、マッチョイズムと真逆だった家庭」

1.「日本企業にはマッチョイズムが蔓延しているの?」

コロちゃんが、朝コーヒーを飲みながら日経新聞をバサバサ読んでいると「マッチョイズムの過剰/周りに自分の弱さを見せられない 強いられた『強さ』が不祥事招く」との見出しが目に入りましたよ。

これは「日本経済新聞の文化時評」に掲載された、「西條郁夫氏の記事」ですよね。

この欄では、「企業不祥事は連綿と続き、絶える気配はない」として、「ニデックと中部電力」の問題を取り上げていました。

この文化欄には、以下の記載がありましたよ。

「会計不正で上場維持の瀬戸際に追い込まれたニデックと、原子力発電所をめぐるデータ不正で会長と社長が退陣した中部電力が代表格だろう」by文化欄の記載より

そこでこのような「組織ぐるみの過ちがなぜ性懲りもなく繰り返されるのか」について、「病理の根源を探ると『マッチョイズム』というワードが浮上する」というのです。

興味深いですよね。「ニデック」も「中部電力」も、「会社の上層部の個人が悪い」と決めつけるのではなく、「日本の企業社会に巣くう病理」を指摘しているのですよね。

この「マッチョイズム」とは「男性原理の過剰な職場」に見られる特徴です。

「文化欄」では、「近年の研究によると『周りに自分の弱さを見せられない』『仕事第一で私生活は二の次』などのマインドセットが強いという」と説明しています。

その具体的な事例として、「多少の体調不良では休みづらい雰囲気の会社を想像して欲しい」と続けるのですが、何となく身の回りにそんな会社はありませんか?

コロちゃんは、こんな事例はどこの会社でもありそうだと思いましたよ。

さらに「こうした空気が組織全体を支配すると、無理難題に対しても、正直に『それはできません』『それは間違っています』と言えなくなる(※)」と喝破するのですよね。

(※文化欄の記載です)

この「欄」では、この種の過ちとして、次の例をあげています。

◎「マッチョイズムの過剰の事例」

①「東芝は経営トップが『チャレンジ』を強要し、下もあらがえず、上場廃止の憂き目を見た」

②「中古車販売のビッグモーターでは業績目標の達成を迫られた従業員が靴下に入れたゴルフボールで車をボコボコにし、必要のない修理をでっち上げた」

③「財務省の公文書改ざん問題」

④「日本大学アメリカンフットボール部の危険タックル問題」

(※①~④は文化欄からの引用です)

うーむ、ここまで酷くはなくとも、似たような「無理な目標に逆らえない職場」は、どこにでもあるような気がしますよね。
( ̄へ ̄|||) ウーム

そこで「筆者の西條氏」は、「成果を上げようと、時に頑張りすぎるマッチョイズムや男性原理の過剰はどの文化、どの社会にもあるはずだが、実は国によってかなり濃淡があるのかも知れない」と考察するのです。

そして「男性らしさ」を以下と整理しています。

◎「男性らしさとは?」

①「優しさよりたくましさを重視」
②「家庭の外の業績に関心」
③「収入や昇進に重きを置く」

(※①~③は文化欄からの引用です)

うーん、ここまで「企業社会の中からマッチョイズム問題」を抉り出しているのは良いと思うのですよね。
( ̄へ ̄|||) ウーン

しかし、この「欄」ではその後に「両論併記」の結論になっているのですよ。

「銀行や商社、大手製造業からも自社のマッチョイズムを何とかしたいという相談が近年増えた」byリクルートマネジメントソリューションズの古野庸一主幹研究員の言葉

「誤解のないように付け加えれば、マッチョでなさすぎる組織も困りものだ。みんなが愚痴や弱音ばかりを吐き、だれもハードワークしない企業が今の時代を生き抜けると思えない」by文化欄の記載

コロちゃんは、思わず「おいおい、どっちが言いたいの?」とつぶやいてしまいましたよ。
Σ\( ̄д ̄;)ォィォィ

この後に「要は程度問題だろうが・・・」と続くのですが、コロちゃんは、「程度問題で片づけちゃあ、第2のニデック、第3の東芝が出てくるんじゃないの?」と思いましたね。

コロちゃんは、「マッチョイズムが日本企業に蔓延している」という問題提起には鋭いものがあると思いましたよ。

ところが最後は「程度問題」という方向に着地してしまいました。

コロちゃんには、そこが少し物足りなく感じられましたね。

「日本企業はマッチョイズムの過剰に傾く恐れが強い」とまで書いているのなら、もう一歩踏み込んで、「なぜ日本企業では過剰になりやすいのか」まで論じてほしかったですよ。

なお、この「日経新聞」の記事はこちらです。

「マッチョイズムの過剰」という病 ニデック・中部電力、もの言えぬ職場 – 日本経済新聞
企業不祥事は連綿と続き、絶える気配はない。直近では会計不正で上場維持の瀬戸際に追い込まれたニデックと、原子力発電所をめぐるデータ不正で会長と社長が退陣した中部電力が代表格だろう。組織ぐるみの過ちがなぜ性懲りもなく繰り返されるのか。病理の根源…
イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

2.「日本の男らしさは世界2位だって?」

さて冒頭の「マッチョイズムの過剰」では、「オランダの社会学者、ヘールト・ホフステードによる研究では、53の国・地域の中で日本は『男らしさ』のスコアがトップだった」と報じていました。

そこでコロちゃんは、さっそく探して読んでみましたよ。さて、ここで気になったのが「日本の男性性」です。

「オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード」の「文化次元モデル」では、日本の「男性性」スコアは95と非常に高く、資料によっては「世界2位」とされていました。

◎「ホフステードの6次元モデル」
 (65国中)

①「男性性が強い国」
 ❶「スロバキア」
 ❷「日本」
 ❸「ハンガリー」
  ・「社会的成功を重視。強い者・優れた者が理想」
  ・「目標は必ず達成すべきものであり、達成するため努力すべきと考える」
  ・「欠点やミスに対して厳しい。欠点は修正すべきことと考える」
  ・「仕事は人生における重要な要素。働くために生きるという価値観」
  ・「男女の社会的役割を区別する傾向。男らしい・女らしいという表現が使われる」

②~⑥「省略」

https://moveup-partners.com/national-culture/#toc4
(出典:まなびぶー学びで人生をカラフルにーより:11月2日利用)

うーん、上記を見ると「日本の男性性は世界2位(※)」となっていましたよ。
(´ヘ`;)ウーン…

(※資料によって対象国・地域数や順位の表示方法が異なります)

「男性性の高い社会」では、「達成」「競争」「成功」「物質的な報酬」などが重視されるとされます。

もちろん、これは「日本人男性がみんなマッチョ」という意味ではありません。

ただ、ニデックなど「企業社会の問題」を見ていると、コロちゃんには「日本社会には、頑張ること、弱音を吐かないこと、競争に勝つことを過剰に評価する文化が残っているのではないか」と思えてしまうのですよね。

そして、その存在はすでに「社会悪」と言ってもいいほどの弊害を生み始めているのではないか(※)と、コロちゃんは考えていますよ。

(※コロちゃんの考えです)

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

3.「企業社会のマッチョイズムの現状を見るよ」

コロちゃんは、もう「お仕事をリタイア」してから10年以上たっていますから、リアルタイムの「会社の現場」を知りません。

そこで「マッチョイズム」が今の「日本の企業社会」にどのように根付いているのかを調べてみましたよ。

この「マッチョイズム」の4つの特徴とは以下でしたよ。

◎「マッチョイズムの4つの特徴」

①「弱みを見せない」
②「仕事を最優先する」
③「力強さやスタミナがある」
④「競争に勝つことが望ましいとされる」

上記を頭に置いて、以下をご覧ください。

◎「Q. あなたの職場では、次のことはどの程度あてはまりますか?」
 (とてもあてはまる+あてはまる+ややあてはまるの合計)
 (小数点以下切り捨て)

①「プライベートで困難なことがあっても、職場では平然としていなければならない」
 ・「67%」

②「会議などで発言回数が多い人の意見が重視される」
 ・「59%」

③「残業をすることが常態化している」
 ・「49%」

④「仕事ができるかできないかだけで人を評価する」
 ・「50%」

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000167.000029286.html
(出典:PR TIMES リクルートソリューションズ 職場における「強さを競う文化」に関する調査より:11月2日利用)

ふーむ、調査項目を見る限りでは、職場に「強さを競う文化」があると感じている人は、項目によって「50~67%程度」いるようです。
( ̄へ ̄|||) フーム

コロちゃんは、これを見ると「まだまだ日本企業にはマッチョイズムが残っているんじゃないの?」と思いましたよ。

もう1つ気になる「質問と回答」を見ておきましょう。

◎「Q. あなたは『強さを競う文化』に対して、どのように考えていますか?」
 (小数点以下切り捨て)

①「企業が競争で勝つ上では強さを競う文化はやむを得ない」
 ・「48%」

②「強さを競う文化は社員のストレスや精神的負担を増大させる」
 ・「71%」

③「強さを競う文化は、時代錯誤であり脱却すべきだ」
 ・「60%」

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000167.000029286.html
(出典: PR TIMES リクルートソリューションズ 職場における「強さを競う文化」に関する調査より:11月2日利用)

ふむふむ、「①強さを競う文化は、企業が競争で勝つ上ではやむを得ない」という回答は48%にとどまっています。
(σロ-ロ)✧フムフム

一方で、「②社員のストレスや精神的負担を増大させる」は71.3%でしたし、「③強さを競う文化は、時代錯誤であり脱却すべきだ」が60%もありますよ。

これはかなり大きな差ですよね。コロちゃんもそう思いますよ。

いつまでも「昭和の働き方と精神」を引きずるのは止めましょう(※)とコロちゃんは言いたいですよね。

(※コロちゃんの考えです)

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

4.「マッチョイズムが蔓延したら少子化がさらに進むよ。踏み込みが浅いと思った文化時評」

さて、ここからはコロちゃんの「考え方と主張」ですよ。大きく2つあります。

まず第1には、コロちゃんは「マッチョイズム」が蔓延したら「日本の少子化はさらに進む」と思ったのですよね(※)。

(※コロちゃんの考えです)

2025年の「共働き世帯」と「専業主婦世帯」の数と割合は以下となっています。続けて「妻と夫の家事関連時間」も見ておきましょう。

◎「共働き世帯と専業主婦世帯」
 (2025年:概数)

①「共働き世帯 :約1333 万世帯(約74%)」
②「専業主婦世帯:約476万世帯(約26%)」

(※ここでは「夫婦とも非農林業雇用者」を共働き世帯としている)

(出典:独立行政法人 労働政策研究・研修機構 専業主婦世帯と共働き世帯の推移より)

◎「6歳未満の子どもがいる夫婦の家事関連時間」
(2021年:週全体の1日平均)

①「妻:約7時間28分」
②「夫:約1時間54分」
③「時間差:約5時間34分、妻が多い」

(出典:総務省統計局 社会生活基本調査、内閣府 男女共同参画白書より)

上記は、現在の日本の現実ですが、既に「共働き世帯(約74%)は専業主婦世帯(約26%)」の約3倍近くまで増えています。

しかし「夫と妻の家事関連時間」を見ると、「6歳未満の子どもがいる子育て世帯」では「妻が夫より5時間34 分」も長いのです。

コロちゃんは、前項で「日本の男性性が非常に高い」という話を読みましたよ。

「夫と妻の家事関連時間」の差を見ていると、「もしかすると両者には、仕事や家庭に対する男女の役割意識という点で、つながっている部分があるのではないか」と思いましたよ。

つまり「日本の企業文化」は、1985年に「男女雇用機会均等法」が制定され、1986年に施行されてから40年たっても、「マッチョイズム過剰」から抜け出すことができていないのですよ。

どうやら「日本の社会」は、「世界的に見てもマッチョイズムが深く根付いている国」なのではないか(※)と思えてきますよ。

(※コロちゃんの考えです)

これでは、「いつまでたっても少子化は進むばかりだ」とコロちゃんは考えていますよ。つまりコロちゃんは、「マッチョイズム文化は日本の国益に反する」と言いたいのですよね。

そして第2には、冒頭の「日経新聞の文化時評」が、どうも「両論併記」に見えることです。

一方では「マッチョイズムを何とかしたい」という企業からの相談が増えていると紹介しながら、他方では「マッチョでなさすぎる組織も困りものだ」と書いています。

コロちゃんは「おいおい、結局どっちが言いたいの?」と思いましたよ。

もちろん、これはコロちゃんの邪推です。

ただ、新聞記者という仕事そのものが、かつて「夜討ち朝駆け」の働き方を当然としてきた面もありますよね。

そう考えると、「新聞業界」にも、もしかすると「マッチョイズム」が残っているのではないでしょうか。

コロちゃんは、ここはもっと正面から「マッチョイズムの何が問題なのか」を批判してほしかったと思いましたよ。

(※コロちゃんの考えです)

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

5.「コロちゃんと、マッチョイズムと真逆だった家庭」

今日のテーマは、「マッチョイズムの呪縛が日本企業をむしばんでいる?──コロちゃんちは妻が強かったよ」について考えてみましたよ。

ここでコロちゃんが思ったのは、「制度はすぐに変えることができるが、文化はそう簡単には変わらない」ということですよね。

しかし「男女雇用機会均等法の施行(1986年)からもう40年ですよ。あと40年たったら、少しは変わるかなーと、思わずため息が出ましたよ。
(o´д`o)=3ハァーア

もっと「マスコミ」が、はっきり「マッチョイズム」を批判するようにならないとダメなのかなと思っているコロちゃんでしたよ。

さて、ここからはいつもの「コロちゃん話」ですよ。

コロちゃんちは、「マッチョイズム」とは真逆の家庭でした。今考えると、その理由はコロちゃんが「母子家庭」の出身だったからかも知れないと思いましたね。

つまり少年コロちゃんは、「父親像」を知らないのです。少年コロちゃんだった時代は1950年代でした。

当時の日本社会の「父親像」は「権威主義のマッチョイズムそのもの」だったと思われますが、少年コロちゃんには「父親のロールモデル」がありませんでした。

そのことはコロちゃんの価値観に大きな影響を与えたと思われます。

さらに「青年コロちゃん」は「田舎の保守的な権威主義的な親族共同体」に大きな反発をし、「自立と自由」を求めて上京しています。

そんなコロちゃんが目指した家庭は、「風通しの良い平等な仲良し夫婦」でしたよ。そこには「権威主義のかけら」もありませんでした。

もちろん「昭和の夫婦」ですから、「会社で身を粉にして働く夫+専業主婦の妻」の家族でしたが、「家庭内で偉いのは妻」が青年コロちゃんの価値観でしたね。

この「意識の形成」には、青年コロちゃんの「20代の体験」が後押ししていました。

1970年代前半、20歳だった青年コロちゃんは、後に妻となる女性と「サークル活動」で知り合いました。

当時の「サークル活動」は、地方から出てきた若者たちが集まり、「社会運動」のように活発に活動していたのですよね。

その中で、いつも明るく元気で、若者たちの中心にいたのが妻でした。一方のコロちゃんは、隅っこで小さくなっていることが多かったのですよ。

だからコロちゃんは、そんな妻を「尊敬・畏敬の目」で見ていましたよ。

その後、家庭の「ヘゲモニー」を妻が握るようになったのも、考えてみれば当然だったのかもしれませんね。

さらに「妻」は、コロちゃんの生き方や選択に「一言も文句を言うこと」はありませんでした。

その後の人生の中で、コロちゃんには何度か「人生の転機と選択」はありましたが、いつも妻は「好きにしたら」と、何とも「人間のうつわが大きい妻」でしたよ。

ただ、そんな「サークル活動」も「1980年代」に入る頃には下火になってきています。コロちゃん夫婦が「長男」を授かったのは、そんな「コロちゃんが30歳の年」でしたよ。

これが青年コロちゃんの「1970年代のサークル活動」から「1980年代の子育ての時代」への転換点でしたね。

振り返ってみると、コロちゃんの人生は約10年ごとに「一つの時代」を形成していました。下記でしたね。

◎「コロちゃんの生きてきた時代」

➀「20代:サークル活動の時代」
②「30代:子育ての時代」
③「40代:ボーイスカウト活動の時代」
④「50代:教育費のための仕事熱中時代」
⑤「60代:がんとの闘いの時代」
⑥「70代:まだまだ続く闘病の時代」

現在70代のコロちゃんは、「まだまだ続く闘病の時代」を生きています。

コロちゃんの人生では、「①20代のサークル活動の時代」から「⑤60代のがんとの闘いの時代」までは、妻と二人三脚で時代を作ってきました。

ところが妻が先に逝ってしまい、もう「たった1人」で闘わなければならなくなりましたよ。

突っ走るコロちゃんの後ろに、デンと控えていてくれた「後ろ盾」がなくなったと思うと、何とも心細い限りですが「弱音」を吐いたら・・・

「あんた、しっかりしなさいよ。情けないわね」by亡き妻

このように後ろから「蹴飛ばされる」のが「コロちゃんちの夫婦のあり方」でしたよ。

今日のコロちゃん話は、「マッチョイズムとは真逆だったコロちゃんちの家庭の風景」を書いてみましたよ。「ヘタレなコロちゃん」を笑いながらお読みいただければ嬉しいですよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいちゃんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)

おしまい。

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

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