おはようございます。コロちゃんは昨日の夜に、やっと「YouTube第2話」を投稿しましたよ。この記事の末尾にリンクを添付しますから、是非見てくださいね。
題名は「あなたは洗濯をしますか?」です。
このシナリオは、コロちゃんが1月24日に「note」に投稿した記事が元ネタなのですが、現在までに77人の方が読んでくださっていて、「スキ」のクリックが10個もあったのです。
( ◍´罒`◍)エヘヘ
内容は【生活考】ですから、コロちゃんの日常生活のあれこれに、ちょっと「過去の日本の経済状況の変化」と「価値観」をスパイスとして付け加えただけなのですよ。
だけどこの「あなたは洗濯をしますか?」は、どういうわけか人気があったので、コロちゃんは「YouTube第2話」にチョイスしてみました。
コロちゃんは、これがどのくらいの方に見てもらえるのか、ちょっとドキドキしながら時々様子を伺っていますよ。
(,,•﹏•,,)ドキドキ
さて、次の「YouTube第3話」は何にしようかなー?
そんなことを考えながら、きょうは「たーくん(今日から6歳)のお誕生日パーティに行ってきました」をカキコキしますね。
0.「今日の記事のポイント」

コロちゃん
今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。
☆「たーくんが6歳になりましたと、トイザらスで誕生日プレゼントを購入しました」
☆「ハッピィバースデートゥーユーと、子どもの誕生日パーティは9割以上の家庭で行なわれているよ」
☆「子どもの誕生日を祝うようになったのは1949年以降だよと、少年コロちゃんとお菓子の話し」
☆「YouTube投稿第2話ですよ」

1.「たーくんが6歳になりました」
つい先日に「長男一家家長様」からコロちゃんに、「たーくんの6歳にお誕生会をするから来てね」とのお誘いがありました。
そのような呼びかけにコロちゃんは「断る言葉」は持ちません。もちろん喜々としてお出掛けしましたよ。
なにしろ「たーくん(今日から6歳)」とは、少し前に「トイザらス」で「誕生プレゼント」を買ってあげる約束をしていましたからね。
そんなわけでコロちゃんは、朝のブログの投稿を終えると、いそいそとワンコに留守番を任せてお出掛けしましたよ。

2.「トイザらスで誕生日プレゼントを購入しました」
午前中に「長男一家宅」へ着いたコロちゃんは、みんなと懇談をした後に子どもたちとともに「トイザらス」へ向かいましたよ。
そうしましたが、そこの「トイザらス」は幼い子どもたちを連れた「親子連れ」でごちゃまんと大混雑をしていました。
どうやら、そこの「ゲームコーナー」がお目当てのようですね。最近の子どものゲームは、やたら複雑になっていますから、コロちゃんではもう理解が出来ませんでしたよ。
そこの「ゲームコーナー」で、ひとしきり遊んだ「たーくん(今日から6歳)」と「なーちゃん(10歳)」でしたよ。
続いて「誕生プレゼント」を見つけに駆け出したのですが、「たーくん(今日から6歳)」は前から決めていたのか、走り寄ったオモチャから動きません。
コロちゃんは、今の子どもの「オモチャ」など全然わかりませんが、箱の表面には「ゴジュウレンジャー・ナンバーワンセット」と書かれていましたよ。
はて? これは何のオモチャなのかな?
(*´・д・)はて?
子どもをお持ちの親御さんならばわかるのでしょうけど、コロちゃんには見当が付きませんが、たぶん「ヒーロー戦隊」のようなものなのでしょうね。
あれ? 先日「たーくん(今日から6歳)」からの☎では「ピクミン人形」って言っていたけど、欲しいオモチャが変わったのかな?
(・・?))アレ
まあとにかく「たーくん(今日から6歳)」が気に入ってくれればコロちゃんは問題がありません。シッカリと「誕生プレゼント」を贈りましたよ。

3.「ハッピーバースデートゥーユー」
家に帰ると、ママさんが「手巻き寿司」のパーティを準備してくれていて、最後は「誕生日ケーキ」です。
みんなが「♬ハッピィバースデー♪」を声を合わせて歌う中を、「たーくん(今日から6歳)」が「ふ―!」と息を吹きかけて消していましたよ。
♪(۶⁼̴̀ꇴ⁼̴́)۶┌iiii┐٩(⁼̴̀ꇴ⁼̴́٩)♪
○ハッピ~♪バースデ~♪トゥ~♪ユー
いやいや、なかなか「楽しい家庭行事」でみんなが笑顔になりましたね。
コロちゃんは、ママさんの「手巻き寿司」でお腹いっぱいになった後に「ケーキ」までご馳走になって、久しぶりの「ホームパーティ」に笑顔がはじけていましたよ。
ヽ(⌒▽⌒*)ノ.アハハ
何しろ普段のコロちゃんの生活は、毎日が「ワンコの散歩と一人きりの食事」の繰り返しですからね。このような「彩りと変化のある生活」はこのような時でないと味わえないのですよ
だから、コロちゃんは今日は「たーくん(今日から6歳)の誕生日」を心からお祝いしましたよ。
この時にコロちゃんは、「6年前のたーくんが産まれた時」のことを思い出しましたね。
当時コロちゃんは、産院の待合室でパパさんたちと一緒に「生まれる時」を待っていたのですよ。
そうしましたら、そこの産院では「赤ちゃんの出産直後の姿の映像を待合室のテレビ画面」で見せてくれたのです。
コロちゃんは、この時に看護師さんが「新生児の全身をひとつひとつ確認する様子」を画像ではじめて見ましたよ。
音声はなかったですけれど、手足の指なども1本1本確認するように触っていましたね。
コロちゃんの若い時代には、父親が出産に立ち会うことなどはなかったですから、「赤ちゃんの生まれた直後の姿」は初めて見て驚きましたよ。
なかなか「感動的なシーン」でしたよ。それからもう6年も経っているのですよね。いやいや早いものですよ。
自分の子どもの時には「いつの間にか夢中で過ぎ去った」ように思っていますが、それでもコロちゃんは楽しんでいたように記憶していますよ。
ここの「長男一家」も「楽しい家庭生活」を今後も過ごしてもらいたいと、今日の「誕生パーティ」を見ていてコロちゃんは思いましたよ。

4.「子どもの誕生日パーティは9割以上の家庭で行なわれているよ」
さて「たーくん(今日から6歳)」の誕生日パーティを楽しんだコロちゃんでしたが、ただ「楽しむばかり」では芸がありません。
ここで「子どもの誕生日パーティ」は、世の中でどのくらいの家庭で行なわれているのかを調べてみましたよ。
この疑問に対して、今の若い方は「そんなの当たり前にどこでもやっているよ」と思われるかも知れませんが、コロちゃんが子どもの時代には行なわれていなかったのですよ。
この「コロちゃんの子ども時代」のことについては、あとで触れますね。まずは現在の「子どもの誕生日パーティ」についてです。
下記は、「HAKUHODO:子育て家族研究所」の「ママリサ~いまどきママリサーチ~:子どもの誕生日プレゼント」について実態調査よりです。
◎「子どもの誕生日にしたことのあるもの」(小数点以下切り捨て)
➀「家族で誕生日パーティをする :94%」
➁「誕生日の飾りつけをする :54%」
③「自宅でとびきりのご馳走をする :46%」
④「テーマパークへ遊びに行く :24%」
⑤「写真館などプロに頼んで家族写真を撮る:17%」
https://www.hakuhodo.co.jp/uploads/2016/11/20161110.pdf
(出典:HAKUHODO:子育て家族研究所:子どもの誕生日プレゼントより:2月24日利用)
うーむ、上記の「子どもの誕生日ベスト5」を見ると、「誕生日パーティ」は9割以上の家庭で行なわれているとなっていますね。
( ̄へ ̄|||) ウーム
「➁誕生日の飾りつけをする:54%」と「③自宅でとびきりのご馳走をする:46%」は、半分程度に減りますが、なんらかの「お祝いパーティ」を行なう家庭が大部分のようですね。
今は「子どもの誕生日パーティ」を行なわない家庭は、ごく一部に限られていると思われますよ。
コロちゃんも、自分の子どもたちが育った1980年代後半から1990年代にかけて「誕生日パーティ」を家族でケーキを購入してお祝いしていましたよ。
だけど「飾り付け」はしていなかったなー。
(゚_゚).。oO(アー)
うーん、コロちゃん自身が子どもだった1950年代半ばから1960年代には、まだ「こどもの誕生日パーティ」は行なわれていなかったように記憶しているのですよ。
( ̄へ ̄|||) ウーン
その理由ですが、コロちゃんちが貧しかったせいなのかというと、そうではなかったような?
σ( ̄^ ̄)はて?
コロちゃんは、当時は周りの子どもたちの誰も「誕生日のパーティ」は行なっていなかったように記憶をしているのですよ。
もちろん、それぞれの「家庭内の行事」ですから、コロちゃんが知らなかっただけかもしれませんよ。
だけど「当時の近所づきあい」は今よりはるかに濃密でしたから、もし行なっていたら子ども同士は知っていたと思われるのですよね。
そこでコロちゃんは、日本で「いつごろから子どもの誕生日パーティが行なわれるようになったのか?」を調べてみることにしましたよ。
コロちゃんは、「日本経済が高度成長」を遂げて「経済が自由世界2位」に駆け上がった1980年代初頭頃から始まったのではないかと想像したのですよ。
次にコロちゃんの「調査結果」を見てみましょう。

5.「子どもの誕生日を祝うようになったのは1949年以降だよ」
上記の「たーくん(今日から6歳)の誕生日パーティ」の様子を見るだけでは、ブログの記事としてはちょっと物足りないでしょうね。
そこでコロちゃんは、この「誕生日を祝う習慣」とはいつごろから始まったのか見てみましたよ。もちろん「富裕層の家庭」では、昔からあったかもしれませんよ。
だから、ここで調べたのは「子どもの誕生日をパーティなどで祝う習慣が広く人々に拡がった時期」になりますね。
まずコロちゃんの「少年時代だった1960年代」では、家庭で「誕生パーティ」を行なっている家庭は少なかったと記憶しています。
もちろん1960年代の経済状況(今ほど豊かではない)や、子どもの数が多かった(コロちゃんの父は6人兄弟姉妹、母も6人兄弟姉妹)ことも理由にあるでしょう。
だけどコロちゃんは、それだけではなく「誕生日を祝う習慣」自体が、1980年代ごろに「家庭内」に定着したように感じています。
そこで、ちょっと調べて見たところ・・・ありましたよ。そのハッキリした理由が。
皆さん「年齢を数えるやり方」に「数え年」というのがあることをご存じですか?
ちなみに「現在使われているのは満年齢」です。
日本では、かつては「数え年」という年齢を数えるやり方が定着していましたが、それがある日突然「法律の改正に」よって変えられたのですよ。以下ですよ。
●「昭和24年(1949年)5月24日に『年齢のとなえ方に関する法律』が制定され、年齢の数え方が数え年(旧暦)から満年齢(新暦)に変更されました」
この上記の「年齢の数え方が旧暦から新暦に変更になった」という意味は大きいのです。だって「旧暦(数え年)」とは、「お正月に年を加える数え方」なのですよ。以下ですよ。
◎「数え年(旧暦)」
➀「産まれた日を1歳とする」
➁「お正月(1月1日)が来ると1歳年を加える」
◎「満年齢(現行)」
➀「生まれたときを0歳とする」
➁「誕生日を迎えるたびに1歳ずつ加える」
「数え年(旧暦)」とは、上記のような数え方ですから、たとえば12月31日に産まれた赤ちゃんは、翌日の1月1日にいきなり「2歳」になるのですよ。
だから「旧暦の時代」には「誕生日を祝う習慣」は一般にはありませんでした。だって「お正月(1月1日)に全国民が一斉に年をとる」のですからね。
「一般に誕生日を祝う習慣」は、早くとも「1949年(法律の施行は1950年)」以降となりますし、実際に全国に普及するには、それから10年以上は経過していたと思われますね。
今の若い方からは「なぜそんな旧暦を使っていたのか?」との疑問は出てくると思われますね。
この理由として、いろいろ語られていますが、コロちゃんが調べたところでは以下がありました。
◎「数え年(旧暦)を使用した理由」
➀「東洋の暦との説」
➁「農業・漁業に適した暦だとの説」
③「季節感に合致しているとの説」
④「赤ちゃんの年齢は妊娠した時点から始まるという説」
➄「数を数える時には『1』から始まるとの説(0は使わない)」
➅「お正月は神聖な日だからとの説」
コロちゃんが、ざっと調べてみたら上記の理由などが多数出てきましたが、どれが本当なのかは分かりませんでした。ひょっとしたら全部がそうかも知れませんね。
なお、この「旧暦」は「日本」だけのものではなく、世界でも「中国やベトナム、韓国、イスラム諸国など」でも使用されていたそうですよ。
コロちゃんは上記を調べる中で、自身の少年時代に「誕生日パーティが無かった理由」を理解しましたよ。
だってコロちゃんが産まれたのは、この「旧暦」が法律で変更された時から数年後なのですからね。それでは、まだ「誕生日」はあまり社会で意識されていなかったのかも知れませんね。
なお、この上記の考え方はあくまでもコロちゃんの推測です。
コロちゃんも、子ども時代の他の子どものいる家庭内の行事まで、詳しく知っているわけではありませんから、正しいかどうかはそれぞれお考え下さいね。

6.「少年コロちゃんとお菓子の話し」
さて今日は「たーくん(今日から6歳)のお誕生会に行ってきました」という、コロちゃんの日常生活をテーマとして、「子どもの誕生日パーティ」のあれこれを書いて見ました。
最後にコロちゃんの「少年時代のお菓子」について、ちょっと書いてみますね。
本来ならば「誕生日のケーキ」の話しを書きたかったのですが、少年コロちゃんには子ども時代に「誕生日ケーキ」のろうそくの火を吹き消した記憶はありません。
そもそも「洋菓子のケーキ」を食べた記憶は全くありませんでしたよね。
少年コロちゃんが普段口にできる「お菓子」は、いつも通っていた「駄菓子屋」の5円か10円のお菓子です。
その駄菓子屋のチョコレート菓子は20円。その値段では、なかなか少年コロちゃんの口には入りません。
「駄菓子屋」は、コロちゃんちの裏手の路地の先にありましたよ。確かそこの女の子がコロちゃんと同級生でしたね。
そして「ガキ大将」に率いられて遊んでいる最中に、時々現れたのは「紙芝居のおじさん」です。
コロちゃんは「黄金バット※」は見た記憶はありませんが、「赤胴鈴之助※」や「少年ケニア※」は覚えていますね。
(※黄金バット:1931年:紙芝居の黄金バットシリーズ)
(※赤胴鈴之助:1954年:作:福井英一・武内つなよし:少年画報)
(※少年ケニア:1951年:作・山川惣治:絵物語)
この「紙芝居のおじさん」の収入は、全てこの紙芝居の後に売る「駄菓子」です。「紙芝居」は顧客である「子どもたちを集めるエサ」なのですよ。
この販売する「駄菓子」には、「ソースせんべい」や「水あめ」や「飴」や「型抜きお菓子」などがありましたね。
「ソースせんべい」には「梅ジャム」や「オレンジジャム」を選んではさめました。「飴」などは舐めると舌が真っ赤に染まっていましたね。
当時は、今では禁止されている「着色剤」も使われていたようですね。
そして、これらの「駄菓子」を買えた子どもたちが「紙芝居の最前列」で見ることが出来るのです。10円or20円の子どもは前に、5円の子どもはその後ろに。
おこづかいを持っていない子どもたちは、それらの後ろにずらりと囲んでいますが、子どもたちの背の高さはバラバラですよ。
当然のこととして、後ろ方の背の小さい子どもは、「紙芝居が見たい」けれど前の子どもたちの頭の隙間から覗き見る事しかできません。
だって小学生1年から6年生までの子どもたちが「観劇のお客さん」なんですからね、その風景を経験した子どもたちは「資本主義の冷徹な原理」をわが身に叩き込まれるとなるわけですよ。
「紙芝居」を見ることは。「少年時代」から「社会の厳しい荒波」を知ることが出来る「貴重な体験」となっていましたよ。
(※いつも後ろで紙芝居を見ていた少年コロちゃんの負け惜しみです)
なお、この「紙芝居のおじさん」の収入ですが、「紙芝居の全盛期と言われる1950年代(少年コロちゃんの時代)」に「日雇い労働者の2倍」だったとされています。
当時の「日雇い労働者」は日給が240円で、彼らは通称を「ニコヨン」と呼ばれていました。
その「重労働」の2倍の日給を、「紙芝居のおじさんの駄菓子販売」で売り上げたのですから、当時の失業者がどんどん参入してきたそうですよ。
「紙芝居」は、手軽に出来て儲かる職業だったのですよ。
もちろん、当時子どもだったコロちゃんは、そんな事情は全く知りません。ただ「紙芝居に群がる子どもたちの後ろの方から、真剣なまなざしでひたすら「紙芝居」を見つめていましたよ。
このようにコロちゃんの子ども時代には、「誕生日の洋菓子のケーキ」などはとても望めないものでしたから、今の子どもたちの「誕生日パーティ」を「良い時代」だよと思いながら見ていますよ。
「たーくん(今日から6歳)」、今日は誕生日おめでとうね。
「たーくん(今日から6歳)」が大人になって、結婚して子どもが産まれたら、その子どもの「誕生日」もパーティで祝ってあげるんだよ。
コロちゃんは、そんな願いを思いながら今日の「たーくんの誕生日(今日から6歳)」を楽しんでいましたよ。

7.「YouTube投稿第2話ですよ」
最後に「蛇足」でちょっと「報告事項」がありますよ。
ついにコロちゃんは、「YouTube」に第2話目を投稿しましたよ。題名は「あなたは洗濯をしていますか?」です。
この「YouTube投稿」は、このブログでは1月23日に投稿したものをコロちゃんが「動画で語りかける様子」を写したものです。
コロちゃんは、顔を出すのが恥ずかしいのでスマホの「ミー文字※」という機能を利用して仮面を被ったキャラクターで出演していますよ。
(※ミー文字:自分の顔や声を反映したアニメーションキャラクター)
この「YouTube投稿第2話」は、お時間が約18分です。
ちょっと長いですから、どうぞ「倍速視聴」してみていただければコロちゃんは嬉しいですよ。下のリンクから視聴できますよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。
このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします(^_^.)
おしまい。

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