おはようございます。今のコロちゃんのリアルタイムは「午後5時」です。ついさっき「ペインクリニック」への「定期受診」から帰って来たばかりです。
今月のコロちゃんは、「内科医院・大学病院・歯科医院・ペインクリニック・整形外科病院」と、目白押しに「病院通い」がつまっていますね。
このように「通院予定」が入っていますと、もう「お仕事」のように「スケジュール」が入っていますよ。
「お仕事」ならば「給料が出る」のですが、「高齢者の病院通い」は「財布から出るばかり」ですから、なんか悲しいですよね。
だけどコロちゃんは、これらの「病院通い」は「高齢者になったら誰しもが避けられない道だ」と考えて、受け入れる覚悟はできていますよ。
ただできれば「あまりこれ以上回数を増やしたくない」とは思っていますよ。
そんな「今月は病院通いが多いコロちゃん」が、今日は「積極財政は魔法の杖か?―成長と借金の分かれ道」をカキコキしますね。
0.「今日の記事のポイント」

コロちゃん
今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。
☆「積極財政は、成長に繋がるケースもあるの?と、日本は成長できるのか?-国民の意識を見るよ」
☆「最悪に備えるのが危機管理の要諦だよねと、コロちゃんと小学校の入学式」

1.「積極財政は、成長に繋がるケースもあるの?」
コロちゃんが、朝コーヒーを飲みながら新聞をバサバサ読んでいると「運任せにしないのが責任」との見出しの「経済教室の論考」が目に入りましたよ。
これは「小林慶一郎慶応大学教授の論考」ですよね。内容は「積極財政と経済成長の論考」です。「時節にピッタリ合ったテーマ」ですよね。
コロちゃんは、以前に「経済書」を読む中で「財政政策は需要の先食いにしかならない」という主張を読んだことがあったのですよね。
この主張は「2009年に行なわれた家電エコポイント」を見てもよくわかりますよね。
「家電エコポイント」は、リーマン・ショック後の消費喚起を目的に省エネ家電の購入を支援した制度ですが、結果として「2010年」には薄型テレビ販売が過去最高に膨れ上がりました。
しかし「エコポイント終了後」には販売が急減し、単なる「需要の先食い」で終わっています。
この例を見てもわかるように、「積極財政」は単に「将来の需要を先食いするだけ」との主張が「経済学」ではあるのですよね。
そんな記憶を持っているコロちゃんは、この「小林教授の積極財政と経済成長の論考」を興味津々で読んでみましたよ。

①「積極財政の前には、2つの道があるよ」
まず「小林教授」は、「積極財政が生産性を永続的に引き上げる」と指摘した論文があると紹介しています。スペインのルカ・フォルナロ教授の「財政停滞」との論文ですよね。
へー、「積極財政」が「生産性を引き上げるという学説」もあるんですね。
( ¯ㅿ¯)へー
しかしこの内容で示されたのは、「政府の研究開発や投資減税が供給サイドの生産性を向上させて成長を促すことで消費税減税にはその効果はない」と断言しています。
つまり「積極財政」で「経済成長する道」は、使い道が「バラマキ」ではダメで「研究開発や投資」に限定されるみたいですね。
そして「2つの概念」を示していますね。下記でしたよ。
◎「成長と政府債務の関係」
①「財政停滞」(悪循環)
・「政府債務の増大」→
・「利払い費の増加」→
・「財源確保の増税」→
・「積極財政が不可能となる」→
・「税収が減って政府債務が増加」
●「上記の悪循環が起きる」
②「成長均衡」(良循環)
・「政府債務が少ない」→
・「積極財政で公的研究開発」→
・「高成長の実現」→
・「税収の増加で政府債務削減」
〇「上記の良循環が起きる」
うーむ、上記の「①の財政停滞のケース」では、「積極財政による政府の借金の増加」から「利払い費」が膨れあがり、いずれ「積極財政を進めることが不可能になる」というのですよね。
( ̄へ ̄|||) ウーム
その結果「税収が減って政府債務が膨れ上がる悪循環の道」に進んでしまうとなるとしています。
しかし、下の「②の成長均衡」では、「政府債務が少ない場合」では、「積極財政で研究開発」を進めて「高成長が実現できる」となっていますね。
この論文の著者は、「一国の経済は財政運営次第で、成長均衡にも財政停滞にもなりうる」と指摘しています。
それでは、現在の「日本の高市政権」は今後どちらの道を進みそうなのでしょうか?
(*´・д・)はて?

②「財政停滞に向かいつつある現在の選択肢は?」
ここで「小林教授」は、「日本の現状は、巨額の政府債務が積み上がって、方向性としては財政停滞に向かいつつある」と現状の認識を書いています。
そして「ここから脱出する道の選択肢」を下記の2つを提示して、その「判断は難しい」というのですよね。
◎「財政停滞への道からの脱出の選択肢」
①「まず緊縮財政で債務を削減するか」
②「まず積極財政で成長を実現し税収増によって債務を減らすか」
なんだなんだ、これしか「選択肢」がないの?
(o゚Д゚)エエッ!!
これぐらいだったら、「素人のおじいちゃんのコロちゃん」でも口にするような道ですよ。
「一流の経済学者」だったら、もっと「素晴らしい30年以上の経済停滞からの脱出法」が出てこないの?
( ゚Д゚)b ソダソダ
ただ「高市政権」が、今後進む道は、当然上記の「②まず積極財政で成長を実現し税収増によって債務を減らす道」ですよね。
この上記の①②を提示した上で、「小林教授」は以下のように言うのですよね。
「理論的には、財政の持続への信頼があれば積極財政の成長策が有効、財政への信頼がなければ緊縮財政で債務を減らすべき」by小林教授
ふむふむ、なんだつまり「財政の持続への信頼」があるかないかで、あとの政策は自動的に決まるんじゃないの。
φ(゚Д゚ )フムフム…
それで「日本は財政の持続性」の信頼はあるのかな?
(´ヘ`;)ウーム…
「信頼が国民や企業の間でどこまであるかは簡単には分からない」by小林教授
ありゃりゃ、「分からない」んだって。ダメだこりゃ。
┐(´・c_・` )┌ ダメダコリャ・・・

③「経済モデルで分からない時には、歴史で判断するよ」
コロちゃんだったら「アンケート」で聞いてみるところですね。
だけど、「普通の国民」では「家の家計の持続性」ぐらいなら答えられるかもしれませんけど、「国家の財政の持続性への信頼があるかないか?」なんか答えようがないですよね。
そこで「小林教授」は、「経済モデルで判断がつかない時は、歴史の教訓から判断するしかないのではないだろうか」と書くのですよ。
センセー、センセーは「経済学者」ですよね。ここから「歴史学者」になっちゃうの?
(。・_・?)ハテ?

④「責任ある積極財政の『責任』とは、幸運が起きなかった時の準備をすること」
「小林教授」が、ここで「歴史」から考察するのは「責任ある積極財政」の「責任の部分」です。
もう一度確認しておきますが、「小林教授」は「経済モデルで判断がつかない時は歴史の教訓から判断するしかない」として、「経済学」ではなく「歴史の教訓」から「知恵」を借りてくるのです。
◎「政策の失敗を振り返る」
①「1941年の対米開戦の判断」
・「日本が戦争に踏み切った前提には、日本からの初戦一撃によって米国が戦意を阻喪し、早期の和平に応じるという希望的観測があった」
・「問題は予想が外れた時に効果的な対応策が想定されていなかったこと」
②「バブル崩壊後の1990年代の不良債権処理の先送り」
・「バブル崩壊後の処理では、下落した株価や地価などが早期に再び上昇するだろうという期待があった」
・「現実には株価も地価も下落を続けたが、そのような場合を想定した主体的な善後策は取られず」
・「不良債権処理の先送りという政策の成否は、資産価格の上昇という当局にはコントロールできない外部的な幸運にゆだねられていた」
③「上記の歴史の教訓」
・「責任ある政策決定とは、幸運が起きなかった場合についても、政策決定者は主体的な対応を想定しておく、という事である」
・「積極財政で民間の投資や研究開発を促し、成長を実現できるかどうかは民間企業の反応にかかっている」
・「政策の成否は、かつての失敗と同じく、政策決定者にはコントロールできない市場の力に決定的に依存している」
ふーむ、これを読むと「小林教授」は、「1941年の対米開戦」と「1990年代の不良債権処理」を「幸運が起きることを期待しながら失敗を想定しなかった誤った政策だった」と見ているのですよね。
( ̄へ ̄|||) フーム
今回の「高市政権」の「責任ある積極財政」には「失敗した時の準備」はあるのかなー?
ʅ(。◔‸◔。)ʃ…ハテ?
ただ「小林教授の経済学的知見」では、以下だったのですよね。
「理論的には、財政の持続への信頼があれば積極財政の成長策が有効、財政への信頼がなければ緊縮財政で債務を減らすべき」by小林教授
そして「財政の持続性への信頼」が「国民・企業」にあるかないかは、「経済学ではわからない」としているのですよね。
だったらコロちゃんは、「失敗した時の準備はしといたほうがいいぞー」と思いましたね。
ただ、これは「市井のおじいちゃんのコロちゃんのつぶやき」ですからね。たぶん「高市総理」には聞こえないだろうと思いますよ。
この「小林教授の論考」は、最後を以下で〆ています。
「どう転んでも最終的には、日本の経済も財政もなんとかなる、という確信が持ててこそ、国民は積極財政に反応し、経済成長が実現するだろう」by小林教授
ふーむ、これって「経済成長の成否は国民の認識次第だ」って聞こえませんか?
( ̄へ ̄|||) フーム
皆さん、「責任ある積極財政の未来」って、こんなに「不透明なもの」なのですよね。「経済学者でもわからない」なんて興味深いと思いませんか?
コロちゃんは、今後の「経済成長率の数値」をドキドキしながら見守っていきたいと思っていますよ。
なお、この「日経新聞」の「経済教室」の「運任せにしないのが責任」との見出しの「小林慶一郎慶応大学教授」の「論考」をお読みになりたい方は、下記のリンクのクリックをお願いします。


2.「日本は成長できるのか?-国民の意識を見るよ」
さて皆さんは、今後「日本は経済成長ができる」と思いますか? それとも「もう無理だ」と思いますか?
コロちゃんは、そこでちょっと「経済成長」についての「皆さんの意識」を調べている調査を探してみましたよ。
ちょっと古い「2011年の調査」でしたが「幸せ経済社会研究所」の「GDPに関する国民の意識調査」を見てみましょう。
「20歳~70歳の500人」を対象としたアンケート調査です。下記でしたよ。
◎「Q.あなたは、日本や世界のGDPが伸び続けることは必要だと思っていますか?」
(小数点以下切り捨て)
①「必要だ :44%」
②「必要でない:19%」
③「分からない:35%」
◎「あなたは、日本や世界のGDPが伸び続けることは可能だと思っていますか?」
①「可能だ :30%」
②「不可能だ :25%」
③「分からない:44%」
https://ishes.org/news/20110125GDP_release.pdf
(出典:幸せ経済社会研究所 GDPに関する国民の意識調査より:2月11日利用)
ふーむ、上記を見ると「①経済成長が必要だ44%」と4割以上の方が「経済成長必要派」ですね。
( ̄へ ̄|||) フーム
ただ、この「アンケート調査」があった前年の2010年に「中国のGDPが世界2位に、日本は3位に転落」との報道がされたのですよね。その影響もあったかも知れません。
しかし、上記を見ると日本で「経済成長が①可能だ30%」と「不可能だ25%」なんですよね。
つまり、現実には「経済成長ができるできない」で「国民の意識は拮抗している」というところじゃないかとコロちゃんは思いましたよ。

3.「最悪に備えるのが危機管理の要諦だよね」
さて、ここでちょっとコロちゃんの考え方を書いてみますね。
コロちゃんの人生の教訓から言えば「選択肢のうちの最悪に備えておく」のがキモなのですが、この場合だと「積極財政に失敗した時は、このようにしますよ」と公表・・・できないよね?
(。・_・?)ハテ?
だって、それをしたら「政治家が言い出した政策に自信がない」と公表するようなものですよね。
しかし冒頭の「小林教授」は、以下のように書いていましたよね。
「どう転んでも最終的には、日本の経済も財政もなんとかなる、という確信が持ててこそ、国民は積極財政に反応し、経済成長が実現するだろう」by小林教授
国民が「どう転んでも最終的には日本の経済も財政もなんとかなるという確信」を持つには、「失敗した時の対策もありますから安心してね」と言うべきなのでしょうね。
いやー、これは「難しいわー」。
( ;´Д`)イヤー!
コロちゃんは「政治家は言葉の芸術家でなければならない」と、普段から考えているのですよね。
だから、どんな「危機対応」でも「国民に希望を見せることができなければならない」と思っていますよ。
しかし、このような難しい「テーマ」は「時代が政治家を生み出す」のを待たなければならないかも知れませんね。
今の「政治家」では「イケイケ」は語れても、「最悪も想定していますから心配はいりません」とはとても言葉にできないでしょうね。
コロちゃんは、今「2011年の福島原発事故」の際の「菅直人元総理」の「危機対応」頭に浮かびましたよ。
あの「2011年の東日本大震災」によって「福島原発」が水素爆発した時に、「菅元総理」は「最悪を想定したシナリオ」を指示し作成させていました。
その内容は、後日明らかになりましたが「想定した最悪のシナリオでは、第一原発から半径250キロ圏内(東京都を含む)の住民約5000万人の避難・移動が必要になる」とされていたそうですよね。
コロちゃんは、後でこの「最悪のシナリオ」を読んだ時に「日本壊滅」という言葉が頭に浮かびましたよ。
これが現実のものとならなくて、本当に良かったですよね。
この様なことを考えると、やっぱり「高市総理」は「責任ある積極財政政策」が失敗した時のことも「言葉にして語るべきだ」とコロちゃんは考えましたよ。
そうすれば、冒頭の「小林教授」が書いていた「どう転んでも最終的には日本の経済も財政もなんとかなる」となり、国民も安心すると思っていますよ。
しかし面白いですよね。この「小林教授」はよく「日経新聞」でも見られる有名な「経済学者」ですよね。それでも「わからないこと」があるのが「経済学」なのですよね。
つまり「経済の専門家」でも「正しい道」がわかっていないのですよ。
だから、ここでコロちゃんが何を書いても「間違いではない」のが「経済学」だと思うと愉快だと思っていますよ。

4.「コロちゃんと小学校の入学式」
さて今日は「積極財政は魔法の杖か?―成長と借金の分かれ道」をテーマに、「日経新聞」の「小林教授の論考」を紹介・考察してみましたよ。
現在の「高市政権」の「責任ある積極財政」への、「経済学者」とコロちゃんの見方を知っていただければ嬉しいですよ。
だけど、今日コロちゃんが初めて知ったことに、「小林教授」が「政府の研究開発や投資減税が供給サイドの生産性を向上させて成長を促すことで消費税減税にはその効果はない」がありました。
つまり「政府の財政政策」が「経済成長を目ざすため」には、「研究開発や投資減税は有効だけど減税はダメだ」というのですよね。
しかしコロちゃんの記憶では、「1990年代の日本」では「減税の大盤振る舞い」が行なわれていたのですよね。下記でしたよ。
◎「1990年代の減税政策」
①「1994年度 :特別減税 : 3.8兆円」
②「1995年度 :制度減税 : 2.5兆円」
③「同年度 :特別減税 : 1.4兆円」
④「1996年度 :特別減税 : 1.4兆円」
⑤「1998年度 :特別減税 : 1.4兆円」
⑥「同年度 :特別減税 : 1.4兆円」
⑦「1999年度:定率減税 : 2.7兆円」
⑧「同年度:最高税率の引き下げ: 0.3兆円」
⑨「合計 :14.9兆円」
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je12/h05_hz030210.html
(出典:内閣府 過去の主要な減税政策より:2月11日利用)
上記がコロちゃんが覚えていた「1990年代の減税政策」でしたが、全部で15兆円近くも投入したのに、「経済成長」はできませんでした。
それも「当然の話だった」と、今日コロちゃんは今日初めて知りましたよ。コロちゃんは「減税」では「経済成長はできない」と心に刻みましたよ。
そこで今日の最後の「コロちゃん話」は、この「1990年代の減税」つながりで「1990年代のコロちゃんちの子どもの小学校入学」について書きますね。
「1990年代」のコロちゃんは、妻と2人の子どもがいる「30代の青年」でしたよ。その頃の子どもたちは「小学生と幼稚園児」でしたね。
下記は、上の子の「小学校の入学式の日」の妻と2人の子どもたちのフォトですよ。

ちょうどこの日は「雨」が降っていたのですよね。この日の「小学校の入学式」は、妻が下の子を連れて出席していたと思います。
当時のコロちゃんの家庭は、「会社員の夫と専業主婦の妻と2人の子どもたち」という典型的な「昭和の家族」でした。
コロちゃんは、この日の「エピソード」を書こうと記憶を探ってみましたが、何も浮かびませんでしたよ。
それも当たり前の話で、この当時の「昭和の家族」は「子どもの入学式・卒業式・学校行事の一切」は全て妻が行なうことがスタンダードだったのですよね。
だからコロちゃんには、「子どもたちの式典の記憶」はひとつもありません。当時の妻との会話の中で「小学校のPTAの役員の話」がありましたね。
それは「必ず1度以上は役員をやらなければならない」という「PTAのマイルール」でした。
それで妻は、「どうせやらなければならないのならば、早いうちに楽な役職を希望する」と言っていましたね。
コロちゃんは、その時に「共働きの奥さんはどうするの?」と聞いたところ、「それでもダメよ。仕事があると断れるならば、みんな断っちゃうわよ」との返答でしたよ。
まあ、確かにそうですよね。ただこの当時は「小学校入学の子どもがいる家庭」で「働いている奥さん」はまださほど多くなかったように記憶していますね。
そこでコロちゃんは、「お父さんが役員をやっている人もいるの?」と聞いたところ「PTA会長だけは男性よ」との答えでしたね。
ここでも「昭和の男性優位社会」の様子がうかがえますよね。
今では「PTA自体」が無くなっている「小学校」もあると聞きますが、1990年代では「母親のPTA活動」は必ず引き受けなければならないものでしたよ。
コロちゃんは、一切かかわりを持ちませんでしたが、それでも妻は「役員の任期中」は周囲のママさんたちと「楽しそうに活動」をしていたことを思い出しますよね。
妻はコロちゃんと違って、周囲の人と仲良くなるのが上手かったですよね。女性の集まりで「気の置けない関係※」になるのがいつもじょうずだったのですよ。
(※気の置けない関係:相手に対して遠慮や気兼ねがなく心を開いて接することができるさま)
コロちゃんは、当時妻が「面倒くさい、時間がない」と言いながら、それでも「生き生きとしている姿」を笑いながら見ていた記憶がありましたね。
そんな「子どもが小学生の時代」って、いつの間にか過ぎ去ってしまうのですよね。コロちゃんは「昭和の父親」でしたから、あっという間に終わってしまったように感じていますよ。
今日の「コロちゃん話」は、「子どもの小学校の入学式」でしたがコロちゃんの出番はありませんでしたよ。笑いながら読んでいただければ嬉しいですよ。
コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。
このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)
おしまい。






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