【社会考】格差社会「日本」の現実

社会

お早うございます。コロちゃんは、最近午後の散歩の時間が遅くなっています。

だって毎日午後になると30℃を超える暑さになるんですもの、とてもワンコが外で歩ける状態じゃないのですよ。

特にアスファルトの路面は、熱を吸収していますから、足の短いミニチュア・ダックスフンドはもろに地面からの熱波を受けます。

最近のコロちゃんは、だいたい夕方の5時過ぎに散歩に行くことにしましたね。日中は暑くとも、夕方の5時を回ると、ようやく少し空気が涼しくなってきますね。

あとコロちゃんが、どうしようか迷っているのは、いつごろに「ワンコの衣替え」をやるのかですね。

「衣替え」と言っても、別に衣服を変えるわけではないですよ。ワンコの前身の毛を短くカットすることです。

いつもの年は「梅雨明け」の時期に「ワンコカット」を行なっているのですが、今年はいつになっても「梅雨入り」しないので、「ワンコカット」のタイミングを計りかねているという次第なのですよ。

そろそろ、思い切って「ワンコの全身のトラ刈り」をしようかなと考え始めているコロちゃんでしたよ。

今日は「物価上昇が3%程度とはとても思えない」をカキコキしますね。

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

☆「かつて一億総中流の時代があったと、生活程度と国民意識が乖離してるね」

☆「ホントの生活程度が下の方は何人いるのだろう?と、日本と他国のジニ係数で格差を見る」

☆「貧しくとも中流と言えるのはいつまでか?と、コロちゃんと一億総中流」

☆「日本の格差は今後も徐々に拡大へと向かう」

1.「かつて一億総中流の時代があったよ」

皆さん「一億総中流」という言葉をご存じですよね。

誰しもが1度は聞いたことがあるこの言葉「一億総中流」という「国民意識」は、1960年代の「高度成長時代」に始まり、その後の1970年代に国民の間に「定着」したとされています。

「内閣府」は年に1回「国民生活に関する意識調査」を行なっています。

その中で、自らの生活程度を「中流」とした者(「中の上」「中の中」「中の下」を合わせた回答比率)の割合は、以下のようになっていたとされています。

◎「生活程度は中流と回答」

➀「1958年   :約7割」
➁「1960年代半ば:約8割」
③「1970年   :約9割」

上記のように、「日本の中流意識」は1960年代に国民全体に広がり、1970年代までに国民意識としての「一億総中流」が完成されたとされています。

この1970年代以降は、コロちゃんが青年期から「こらいまれ年代」になった現在までの時代です。コロちゃんは、すべてをリアルタイムに見てきました。

今から振り返っても、生活レベルが右肩上がりに上がっていた「良い時代」でしたよ。

「一億総中流の時代」は、国民のほぼ全員が「生活の不安」が少ない生き方を享受できた、「日本」の歴史上もまれな時代だったと思われますね。

その当時の皆さんは、コロちゃんも含めてこの成長が永遠に続くと思い込んでいましたね。

今日コロちゃんが指摘したいのは、この「一億総中流」がいつ終わったのかということです。次はそれを見てみましょう。

2.「生活程度と国民意識が乖離してるね」

1986~1991年が「バブル経済の時代」ですが、それ以前までは明らかに「一億総中流の時代」だったと思われます。

しかし、その後は「バブル崩壊」と「就職氷河期(1993~2005年)」の時代が続きます。

「幸せな一億総中流の時代」は、この「就職氷河期(1993~2005年)時代」には終演の幕を下ろしていたと思われますね。

しかし、前段でも取り上げた「内閣府」の「国民意識に関する世論調査」で見た結果はまた違っていました。

自らの生活程度を「中流」とした者(「中の上・中の中・中の下」を合わせた回答比率)の割合は、以後も高いままに続いたのです。

2013年6月に実施された同調査でも、9割以上の国民が自らの生活程度を「中である」と感じると答えています。

コロちゃんの「日本経済の歴史」に関する知識では、1986~1991年の「バブル経済」の後は「バブル崩壊(1992年以降)」となります。

そしてその後は1990年代後半の「金融危機」へと進み、そのまま「失われた30年」に突入していきました。

しかし「日本人の国民意識」は、2013年になってもまだ「9割が中流意識」を持っていたのですから、一度得た「人間の意識」はなかなか変わらないということなのでしょう。

それでは、最新の「内閣府:国民意識に関する世論調査」を見てみましょう。

下記のグラフをご覧ください。内容は下に書き出します。

「内閣府 あなたのご家庭の生活の程度は、世間一般から見て、どうですか」より

https://survey.gov-online.go.jp/r05/r05-life/gairyaku.pdf
出典:内閣府 世論調査  国民生活に関する世論調査(令和5年11月調査)より(6月18日利用)

上記のグラフは「内閣府」が毎年行なっている「世論調査」の回答です。令和5年11月調査ですから、昨年2023年の調査ですね。

質問内容は、「あなたのご家庭の生活の程度は、世間一般から見て、どうですか」となっています。その回答を下に書き出しますね。

◎「質問:あなたのご家庭の生活の程度は、世間一般から見て、どうですか」

➀「上:1.7%」

➁「中の上:14.7%」
③「中の中:46.3%」
➃「中の下:25.5%」

⑤「下:8.1%」

オイオイ、ちょっとおかしいんじゃないんですか、「上・中・下」の自己分類で「中」が多すぎますね。「中」が「➁~➃計73.5%」もいますね。

この様に、現在もまだ多くの方の「国民意識」だけは、本来は「下」の層に入っている方たちも「自分は中だ」と考えているのです。

この「生活程度」に関する「国民意識の乖離」が、「日本社会の特徴」と言っても良いかと思われますね。

コロちゃんには、自分の生活程度が周りの方たちより「下」であることを、何としても認められない、認めたくない多くの人々の姿が見える気がしますよ。

3.「ホントの生活程度が下の方は何人いるのだろう?」

上記の「生活程度が下」にもかかわらず、それを認められない方々の心理面はいずれ取り上げてみたいと思いますが、現実にはどのくらいの数の方が居るのでしょうか。

まず「家庭の生活の程度は世間一般から見て下」となると、最初に思うのは「生活保護世帯」ですね。

この方々は「ホームレス」の方以外では、「生活程度は下」の方たちであることは間違いがないでしょう。

➀「生活保護人員数は202万人」

下記のグラフをご覧ください。内容は下に書き出します。

「厚生労働省 被保護人員、保護率、被保護世帯数の年次推移」より

https://www.mhlw.go.jp/content/12201000/000908527.pdf
出典:厚生労働省 被保護世帯数の年次推移より(6月18日利用)

上記のグラフは、「厚生労働省」が発表している1951~2021年の「被保護人員、保護率、被保護世帯数の年次推移」です。

「生活保護」は「世帯単位」で支給されますので、「生活保護世帯」と「生活保護人数」の二つの数値が記載されています。

「緑色線」が「生活保護の被保護人員」で、「青色線」が「被保護世帯数」です。

上記のグラフで「生活保護」の「緑色線:被保護人員」の大きな流れを見ると、大きな「Uの字」を描いています。

左端の「1951年(昭和26年度):205万人」から下がり続けた「生活保護被保護人員数」が、「1995年(平成7年:88万人)」にボトムを付け、その後は右肩上がりに上がっています。

このグラフの「生活保護人員数」が下がり続けた期間は「一億総中流」と進んだ期間とぴったりシンクロしていますね。

そして「1995年(平成7年:88万人)ボトム」の年は、「バブル崩壊の1991年」から数年後になります。

これは「経済」の低迷の影響が数年間のタイムラグを経て、「生活保護人員数」に現れて来るように見えますね。

また、グラフの右端の「2021年(令和3年):204万人」を見ると、このグラフを見る限りでは「日本の生活保護人員数」は、「大きなUの字」を描いています。

一度大きく下に低下した後に(1995年)再び上昇しています。これ全体を見ると、1951~2021年の70年間に最初の年の数に戻ったように見えます。

なお、2024年3月の「厚生労働省」の発表によると、直近の「生活保護人員・世帯数」は下記のようになっていました。

◎「生活保護人員・世帯数:20243月」

➀「被保護人員   :202万804人」
➁「被保護世帯数:165万2163世帯」

上記を見ると「生活程度は下」であると思われる「生活保護人員」は202万人となりますね。

➁「住民税非課税世帯は2500万人・・・たぶん」

コロちゃんは、「生活保護世帯」は「生活程度が下」だろうとは思いましたが、いくらなんでもこの方たちだけではないでしょう。

コロちゃんは、このもう一つ上にいると思われる「住民税非課税世帯」の方たちも「生活程度は下」に入ると思っています。

だって、今回6月から始まった「1人4万円の岸田減税」では、「住民税非課税世帯には1世帯あたり10万円を給付」となっているのですからね。

「岸田総理」も、「生活程度が下」だと思っているから「1世帯10万円」を支給すると決めたのでしょう。

この「住民税非課税世帯数」って、正確なデータはどこも持っていなかったらしいですよ。

「国税庁」は「課税世帯数」は把握していますが、その逆の「非課税世帯数」は知らないのです。

コロちゃんは、「岸田総理」が最初に「4万円減税」を明らかにした時に、ネットであちこちを探してみましたが、「住民税非課税世帯数のデータ」は見つけられませんでした。

そして報道では、最初の頃には「住民税非課税世帯数:1500万世帯、人員数:2500万人」と報じていましたね。

しかし、その後には「1700万世帯とか1300世帯とか」と報じていたサイトもありましたから、「国税庁」の「課税世帯数」から逆算しているみたいですね。どうも確実な数値がないのです。

ここでは一応「2500万人程度」としておきましょう。

そうすると「日本」の「生活程度は下」と見なされる方たちの数は「生活保護人員:202万人+住民税非課税世帯人員:2500万人」=約2700万人となります。

大雑把に見ると「国民の5人に1人強の方々(23%。2700万人)が「生活程度は下」と見なされると、コロちゃんは思いましたよ。

4.「日本と他国のジニ係数で格差を見る」

「ジニ係数」とは、社会における所得の不平等さを測る指標です。その定義は以下の通りです。

「0から1で表され、各人の所得が均一で格差が全くない状態を0、たった一人が全ての所得を独占している状態を1とする。」

ね、わかり易いでしょう? 「0」が「完全平等」で、「1」が「完全不平等」です。

もちろん「0」や「1」の世界は、現実にはあり得ません。しかし、すべての社会はその「0」と「1」の間に着地します。

その数字の評価は以下の通りです。

①「0.3~0.4 少し格差はあるが競争の中での向上には好ましい面もある」

②「0.4~0.5 格差がきつい、暴動や社会騒乱が増加」

③「0.5以上 是正の必要あり」

この「ジニ係数」は、世界的に使われてていますから、どの国の「格差が大きい」のかを比較することが出来るのです。

最初はやはり「日本」から見てみましょう。

➀「日本の2021年のジニ係数は就職氷河期並みに上昇」

かつての1980年代を中心とした時代に「一億総中流」と思われていた「日本」ですが、その後は大きく変わってしまいました。

その「日本のジニ係数」ですが、どのように変化してきたのでしょうか。

下記のグラフをご覧ください。内容は下に書き出します。

「厚生労働省 所得配分によるジニ係数の改善の推移」より

https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/19/backdata/01-01-08-09.html
出典:厚生労働省  令和2年版 厚生労働白書ー令和時代の社会保障と働き方を考えるより(6月18日利用)

上記のグラフは「厚生労働省」が発表した1990~2017年の「ジニ係数の推移」です。

上記のグラフは「厚生労働省」が発表した1990~2017年の「ジニ係数」です。

グラフの「ピンク色棒:当初所得」で、「青色棒が再配分所得:ジニ係数」です。このうちの「青色棒:ジニ係数」を見やすいように「バックデータ」を下に取り出しますね。

下記の表は、上記のグラフの「再配分所得:ジニ係数」のみを取り出したものです。内容は下に書き出します。

所得再分配によるジニ係数の改善の推移
当初所得ジニ係数 再分配所得ジニ係数 改善度
1990年 0.4334 0.3643 15.90%
1993年 0.4394 0.3645 17.00%
1996年 0.4412 0.3606 18.30%
1999年 0.472 0.3814 19.20%
2002年 0.4983 0.3812 23.50%
2005年 0.5263 0.3873 26.40%
2008年 0.5318 0.3758 29.30%
2011年 0.5536 0.3791 31.50%
2014年 0.5704 0.3759 34.10%
2017年 0.5594 0.3721 33.50%
資料:厚生労働省政策統括官付政策立案・評価担当参事官室「所得再分配調査」
図表1-8-9 所得再分配によるジニ係数の改善の推移
令和2年版厚生労働白書ー令和時代の社会保障と働き方を考えるー図表1-8-9 所得再分配によるジニ係数の改善の推移を掲載しています。

(出典:厚生労働省 所得再分配によるジニ係数の改善の推移 :バックデータよりコロちゃんが作成:6月18日利用)

上記のグラフの真ん中右の「再配分所得ジニ係数」にご注目ください。

1990年代前半に「0.36台」だったジニ係数が、1995~2005年の間は「0.38台」へ一気に上昇しています。

この「1995~2005年」は、ちょうど「就職氷河期(1993~2004年ごろ)」と被りますね。

この時代の「日本」が、一番「ジニ係数が高い(格差が大きい)」時代でしたね。その後はすべて(2008~2017年)ジニ係数が「0.37台」を推移しています。

そして最新の「日本のジニ係数」は「2021年の0.3813※」です。再び「日本社会の格差」は、「就職氷河期時代の0.38台」と同じ「ジニ係数0.38台」へと突入しています。

(※厚生労働省:「令和3年所得再分配調査」の結果より)

いやいや、驚きましたね。コロちゃんは今日調べて初めて「ジニ係数」が「就職氷河期の時代」が最も高かった(0.38台)ことを知りましたよ。

しかも、その後にやや下がっていた(0.37台)「ジニ係数」が、再び上がってきている(0.38台)ことにも驚きましたね。

この動きを見ると、今後も更に「ジニ係数」が上がり続けるのかと心配となりますね。

➁「アメリカのジニ係数は日本より大きい」

それでは次に「アメリカのジニ係数」を見てみましょう。「アメリカ経済のGDP」は世界1位ですが、同時に「格差」もまた大きいと言われていますが、どうなのでしょうか。

下記の表をご覧ください。内容は下に書き出します。

アメリカのジニ係数の推移
ジニ係数
1980 0.307
1990 0.349
2000 0.357
2010 0.380
2012 0.389
2022 0.488 (新聞報道)
図表1-3-1 OECD主要国のジニ係数の推移
厚生労働省の平成29年版厚生労働白書 -社会保障と経済成長-の図表1-3-1 OECD主要国のジニ係数の推移を掲載しています。

(OECD主要国のジニ係数の推移:バックデータよりコロちゃんが作成:6月18日利用)

上記の「アメリカのジニ係数」の推移を見ると、一貫して上昇し続けています。そして最後の2022年は6月18日の新聞報道で流れていました。

やはり「アメリカ」は、GDPも世界1位ですが、格差も非常に大きい国だと言えますね。

このブログの上記には「ジニ係数」の数字の読み方を書いていましたね。それによると「アメリカ」は「②0.4~0.5:格差がきつい、暴動や社会騒乱が増加」になります。

これだったら「議会議事堂襲撃事件(2021年)」が起きても不思議ではないですよね。

いくら「経済力が世界1位」でも、コロちゃんはちっともうらやましくないですよ。そんな「不平等な国」は住みやすいはずありませんからね。

③「中国のジニ係数も日本よりも大きい」

「日本の格差」と比較するとしたら、「アメリカ」の次はお隣の「中国」を見てみましょう。

何しろ「社会主義国・中国」ですから、どれほど「平等な国」なのでしょうか。

下記のグラフをご覧ください。内容は下に書き出します。

「内閣府 主要地域の経済動向と構造変化」より

https://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sh18-01/s1_18_2_4.html
出典:内閣府 経済財政白書 世界経済の潮流等 主要地域の経済動向と構造変化 第4節 アジア経済 より(6月18日利用)

上記のグラフは「内閣府」が発表している2003~2016年の「中国のジニ係数」です。

これを見ると「中国のジニ係数」は「0.4台後半」の格差が大きい国なのです。コロちゃんが調べた最近の数値は「2019年の0.47」でした。

2015年の0.462をボトムとして、やや上昇していますね。

「中国」の「ジニ係数」は、「社会騒乱」の警戒ラインである0.4はとっくに超えている数値なのです。

中国は、「社会的平等」を目指している「社会主義国」です。そして、「社会の平等」をイデオロギーに掲げている「共産党一党支配」の国です。

しかし、その「経済的指標」をみると、日本や西欧の主要国をはるかに超える「格差が大きい国」なのです。

この「ジニ係数」を見ると、「中国を社会主義国」と見ると見誤りますね。コロちゃんは「共産党が支配する資本主義国」と見るのが正しいと思っていますよ。

まあ、まだ「発展途上国」としての一面も持っていますから、農村と都市の格差が大きいなどの事情はあるのでしょう。

しかし、国内にこれだけの「格差」が存在すれば、「強権的な権威主義政権」でなくては、社会の安定性は到底保てないだろうなと、コロちゃんは思いました。

そしてもう一つ感じたことは、「習近平独裁体制」とも言われる「権威主義国・中国」でも「社会の格差」を是正できていないことです。

ましてや「選挙がある民主主義国」で、格差是正などは到底できないではないでしょうか。この「中国のジニ係数」を見て、コロちゃんはちょっと悲観的になりましたね。

更にこの「中国の2019年の0.47」という数値は、「アメリカの2022年の0.488」とほぼ同じような高さです。

「経済規模」で、「世界1位のアメリカ(0.488)」と「世界2位の中国(0.47)」が、ほぼ同じく「②0.4~0.5:格差がきつい、暴動や社会騒乱が増加」レベルなのです。

「日本」は、この両国よりは「格差は小さい」ものの、決して自慢できるほど小さいわけではありません。

「日本の位置」は、先進国の中では「アメリカ」の次に格差の大きな国なのですよ。

これを知ると、「橘木俊詔経済学部教授」の「経済成長(効率性)と公平性(平等性)」はトレードオフの関係にある」という言葉を思い出しますね。

「経済成長」を追いかけると、必然的に「格差は拡大」するものなのでしょう。

だけど、たとえ「経済成長」が出来ても「アメリカや中国」になりたいかと言われると、それはちょっといやだと、コロちゃんは思いましたね。なんとも悩ましい関係ですよ。

5.「貧しくとも中流と言えるのはいつまでか?」

上記のように見て行くと「日本」においては「一億総中流という時代」は、既に終焉しています。

「日本」は、1990年代以降に社会の中で急速に「格差」が広がっています。今では「生活程度が下」の方々が、2700万人(国民の5人に1人強:23%)にも膨れ上がっています。

しかし、「国民意識」は2013年になっても「中流が9割」で、昨年2023年の世論調査でも「中が73.5%」と乖離しています。

しかし、この「貧しくても中流」という国民意識は、今後もずっと続くのでしょうか。

毎月の物価上昇は、既に32ヵ月連続となっています(※)。

(※総務省統計局:消費者物価指数より)

いくら「意識は中流」でも、懐具合は違いますから生活レベルは更に落ちていきます。その時に多くの方の心の中に浮かぶのは「不安と怒り」なのではないでしょうか。

今後も更に「物価上昇」が続くとなると、いずれ多くの方たちの「中流意識」が無くなる時代が来るのか、それとも「世代が交代する中で意識が変わっていく」のかのどちらかとなるでしょう。

コロちゃんは、人間の意識の変化はよほどの事が起こらないと変わらないと考えていますから、上記の選択は後者の方になって、「結婚しない若者たち」の激増と進む可能性が高いと考えていますよ。

しかし、1970年代から生き続けてきたコロちゃんとしては、何とも「寂しい感情」が湧きあがりますね。

そして「一億総中流の時代」を、続けることが出来なかった「為政者の責任」を追及したくなりましたよ。

6.「コロちゃんと一億総中流」

コロちゃんは、1970年代の青年時代から、一貫して「自分が下流だ」と考えていました。そしてその「貧しいこと」は恥ずかしいものではないと思っていました。

1970年代当時は、周りのほとんどがコロちゃんと同じく「貧しかった」のです。その時代に恥ずかしいと言われていたことは「見栄を張る」ことでしたよ。

「見栄を張る」を、今でいえば「無理してブランドで身を固める」ような事でしょうか。そして「貧しいままの姿で精いっぱい生きること」が「美しい」とされていましたね。

「名もなく貧しく美しく」とは、1961年に公開された日本映画の題名ですが、当時の「日本人」の心情をあらわしています。

「貧しいこと」が、社会のスタンダートだった時代には、それに合わせた「社会的価値観」が広く共有されていたのです。

それが「高度成長」の過程で「一億総中流の社会」へ変わる中で、価値観は大きく変わっていきました。

その行き着いた先が「お金が万事大切な社会」ですね。

そりゃ「お金は大切」ですよ。無かったら生活が出来ませんからね。しかし、ちょっと考えてみてくださいよ。

「お金が万事大切な社会」で、その「お金を手に入れられない人」はどう評価されるでしょうか。「価値観がお金の量」なのですよ。

「お金が万事大切な社会」で「お金を手に入れられない人」は、「価値がない」と思われるのではないでしょうか。

だから「生活程度は下」の方々が、それを認められずに「世論調査で中」を主張しているのではないかとコロちゃんは考えているのです。

コロちゃんは、そうではありませんからね。1970年代の青年時代はもちろん、その後の1980年代の「一億総中流の時代」も、「コロちゃんは貧乏です」と堂々と主張していましたよ。

ですからコロちゃんは、「がん」を患って仕事を退職して「リタイア生活」に入ってからも、堂々と「清貧ライフ」を今に至るまで声高々と主張しているのです。

7.「日本の格差は今後も徐々に拡大へと向かう」

今日のブログでは、かつての「日本の一億総中流の時代」から、その後に大きく社会が変貌して「格差の時代」への入っていったことを考察してみました。

そして「国民の意識」は、いまだに「一億総中流の時代のまま」の方がたが多くいらっしゃることも見てきました。

しかし、この「格差の時代」はどうやら今後もゆっくりと拡大する方向に向かっているようです。

その時にどうするべきかを、コロちゃんの生き方をご紹介してみましたが、いかがだったでしょうか。コロちゃんの「文章力や筆力」が、もう少し高ければなー、と痛感していますね。

しかし、無いものねだりをしてもしかたがありません。

ですから、今後もこのブログをせっせと書く中で、より読みやすくわかりやすい、しかもお読みになった皆様に感銘を与えられるようなブログを目指して精進しますよ。

今日も思わず文章が長くなりましたが、ここまでお読みになってくださった方々にはお礼申し上げます。また読みに来てくださいね。
(* ̄▽ ̄)ノ~~ マタネー♪

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします(^_^.)

おしまい。

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