おはようございます。今朝コロちゃんがワンコと散歩に出たら、お隣の庭に植えてあった「梅の木の花」がきれいに咲き始めていましたよ。
そろそろ「春の息吹」が、あちこちで見られるようになってきましたね。
まだ早朝は寒いですから、コロちゃんは相変わらず「冬の衣類」を着こんでいますが、そろそろ「日中は春支度」になってきましたね。
そう言えば「春の桜の開花予想」が、そろそろ出ていますよね。「東京都の桜の開花予想は3月22日」と発表されていましたよ。
コロちゃんの住む「埼玉県」も、そのぐらいに咲くようですから、今年は近くの「川の土手」の桜並木にワンコ連れで「花見」に行こうと考えているコロちゃんでしたよ。
そんな「桜の開花を楽しみにしているコロちゃん」が、今日は「延命治療の終了は誰が決めるのか?」をカキコキしますね。
0.「今日の記事のポイント」

コロちゃん
今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。
☆「4つの医学会が延命治療終了のガイドライン案を作成したよと、生命維持治療の終了は、患者・家族・医療者で共同決定するよ」
☆「救急車で搬送される高齢者は6割以上だよと、コロちゃんに延命治療はしないでね」
☆「人生のその時期にできることは一つしかないよと、コロちゃんとお葬式の喪主」

1.「4つの医学会が延命治療終了のガイドライン案を作成したよ」
コロちゃんが、朝コーヒーを飲みながら新聞をバサバサ読んでいると「延命治療の終了、手順明記/4学会が指針案/患者の意思尊重」との見出しが目に入りました。
コロちゃんは、そろそろ「わが身にお迎えが来てもおかしくない」と思っていましたから、この「延命治療終了」との言葉にピピっと反応しましたよ。
そこでこの記事をジックリ読んでみることにしたのですよね。
そうしましたら、これは「救急搬送されたり集中治療室を受けたりする患者の延命治療終了に関してのガイドラインの作成」についての記事でしたよ。
うーむ、コロちゃんだっていつ「救急搬送⇒集中治療室送り」となるかもわかりませんよね。
( ̄へ ̄|||) ウーム
コロちゃんは、普段から「延命治療はしたくない」と考えていましたから、これはとても「関係ない」とはいえませんよね。
記事によると、「現行指針では・・・患者や家族が延命治療の終了を望んでも、医療者側が法的責任を問われることを懸念し、治療が継続されるケースがある」と報じていますよ。
へー、そうなの?
( ¯ㅿ¯)へー
コロちゃんは、「患者がヤダ」と言えばそのまま「延命治療はナシよ」となるのかと思っていましたよ。
だけどそれって「困る」よね。だって、もう「余命がいくばくかしかない状況」で「いつまでも苦しみが続く」のはコロちゃんはイヤですよ。
ただ「残された家族」は、「できるだけのことはしてください」って言うかもしれませんよね。
そこで、コロちゃんは報道された「4つの医学会が合同で作成したガイドライン案」を探して読んでみることにしましたよ。
なお、この「日経新聞」の「延命治療の終了、手順明記/4学会が指針案/患者の意思尊重」との見出しの記事をお読みになりたい方は、下記のリンクのクリックをお願いします。


2.「生命維持治療の終了は、患者・家族・医療者で共同決定するよ」
コロちゃんは、冒頭の記事を読んでさっそく「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」を探して読んでみましたよ。
だけど「医学用語」って「厳密な定義」がなされていますから、「素人のコロちゃん」なんかではよくわからないことも多いのですよね。
その上で、ざっと読んでみると下記のように書いていますね。
「(以前より)生命維持治療が進歩したために、重篤な患者の生命を維持することが可能になった。一方でその生命維持治療が、必ずしも患者の望む生き方と一致しないという倫理的課題を生じさせている」
うーむ、そうだよねー。
( ̄へ ̄|||) ウーム
コロちゃんだって、寝たきりで単に「生きている」ってだけで何年も苦しむのはイヤですよね。「家族」だって困っちゃうでしょうしね。
そこでこの「ガイドライン」には、「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えの判断」には、以下のプロセスを経るとしていますよ。
◎「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えの判断」
①「医療・ケアチームによる臨床倫理的な検討」
②「患者・家族との共同意思決定を適切なプロセスで」
ふむふむ、まあ「妥当」なところだと「素人のコロちゃん」は読みましたよね。
(σロ-ロ)✧ふむふむ
その上で、「具体的なプロセス」を以下のように書いていますね。
◎「本編」
①「患者の意思の確認ができる場合」
・「患者の意思を尊重することが原則」
②「患者の意思が確認できないが、意思を推定できる場合」
・「その推定意思を尊重する」
③「患者の意思が確認できず、その推定意思も確認できない場合」
・「医療・ケアチームは家族等と十分に話し合い、患者にとって最善の方法をとる」
④「患者の意思が不明で、身寄りがない場合」
・「医療・ケアチームは、患者にとっての最善の対応となるように判断する」
うーん、コロちゃんみたいに「延命治療はやらない」と普段から公言している場合は問題がないんですよね。・・・多分。
(´ヘ`;) ウーン
何しろ「①本人の意思」がもうハッキリ決まっていますからね。いつでも「医療チーム」は「治療を止めることを検討すること」ができますよね。
ただ、あとの「②~④の本人の意思」が確認できない場合には、「家族と医療チームの合意」で「治療を止められる手順」を明確化したのが、どうやら今回の「ガイドライン案」のようですよ。
はて?
(。・_・?)ハテ?
コロちゃんは「治療を止められる側の人間」ですから、「自分で判断する」のは当然良いと思っていますよね。
しかし「患者の意思がはっきり確認できない場合」は、「病院経営の都合」で「医療チームが決める」なんてことになったりしないのかなー。
まあ、「その際、患者の診療に携わるすべての診療科、多職種の医療・ケアチームが関わることが望ましい」と書いてありますから、上記は「素人のコロちゃんの邪推」かも知れませんね。
なお、この「4つの医学会が合同で作成したガイドライン案」をお読みになりたい方は、下記のリンクのクリックをお願いします。
https://www.jaam.jp/ReGL_EOLC/PubComment_main.pdf

3.「救急車で搬送される高齢者は6割以上だよ」
コロちゃんは、自分の最後は「普通に生活」していて、いきなり「ポックリ逝くのが理想」だと勝手に思っていますが、まずそれは「実現しない」とも考えていますよね。
こんな「高齢者に都合の良い逝き方」は、せいぜい「10人に1人」ぐらいしかいないでしょう。
しかも、このような「突然死」の6割は「心臓疾患」とされていますから、今のコロちゃんには当てはまりませんね、残念ながら。
しかし、だからと言って「救急搬送されて病院に入院すること」がないとは言えませんよね。コロちゃんが思ったのは「転んでの骨折」ですよね。
コロちゃんは、今でも「抗がん剤」の副作用による「骨粗しょう症」になっているのです。今のコロちゃんの「骨密度」は「同年齢の男性の60%」しかないのですよね。
そんな「やわな骨」ですから、もし「屋外や家の中で転んでの骨折」などの可能性は否定できません。
ここでちょっと、「年代別の救急搬送者の割合」を見ておきましょう。下記のグラフをご覧ください。内容は下に書き出しますね。
「総務省 年齢区分別の搬送人員の推移」より
https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/kyuuki_20260116.pdf
出典:総務省 令和7年版 救急・救助の現況より:2月28日利用
上記のグラフは、「総務省」が発表した「年齢区分別の救急搬送者数の推移」です。この中から「2024年の分を下に書き出しますね。
◎「2024年の救急搬送者の年代別割合」
(小数点以下切り捨て)
①「新生児:0.2%」
②「乳幼児 : 4%」
③「少年 : 3%」
④「成人 : 29%」
⑤「高齢者: 63%」
https://www.fdma.go.jp/pressrelease/houdou/items/kyuuki_20260116.pdf
(出典:総務省 令和7年版 救急・救助の現況より:2月28日利用)
ふーむ、上記を見ると「⑤高齢者の63%」が最大ですよね。
( ̄へ ̄|||) フーム
ニュースでは、よく「交通事故」なんかで救急車の場面が出てきますが、実際の「救急搬送は6割以上が高齢者」ですよね。
コロちゃんは、このような「救急搬送の実態」を見ていると、「自宅でポックリが理想」ですが「救急搬送される可能性」もないとは言えないと思いましたよ。

4.「コロちゃんに延命治療はしないでね」
さて、ここでちょっと「コロちゃんの意思」を書いておきましょう。
すでにコロちゃんは「終末期の医療・ケアについての意思表明書(リビングウィル)」を書いて、2人の息子たちに渡しています。下記ですよ。
◎「終末期の医療・ケアについての意思表明書(リビングウィル)」
私はこれまでの人生を、私なりに一生懸命生きてきました。ですから、私の人生が終わるとしても、決して悔いはありません。
私が終末期となり、意識を失うような状態におちいったり、あるいは、たとえ呼びかけには応じても、意識は朦朧としているような状態になった時には、以下の様にしてください。
もし、私が自分の力で呼吸が出来なくなったら、人工呼吸器をつけないでください。
人工呼吸器がつけられ、これで呼吸をしている場合は、人工呼吸器をつけてから48時間たっても、私の自発呼吸が戻らなかったら、人工呼吸器を外してください。
たとえ自発呼吸がある場合でも、もし意識を失ったり朦朧となってから、48時間たっても意識が戻らなかったり朦朧状態が続いていたら、点滴も栄養補給も止めてください。
もし、私の意識状態に明らかな回復徴候が見られる場合には、さらに24時間待っていただき、その時点で私の意識が戻っていなかったり、朦朧状態が続いていたら、点滴も栄養補給も止めてください。
意識の判定は厳密にしていただく必要はありません。呼びかけても声を出して答えなくなったら意識は無くなっていると判断してください。
また、点滴と栄養補給を止めた後、私が自分の力で飲み食いできる状態にないのなら、無理に飲ませたり食べたりしないでください。
ましてや、鼻管を入れたり、胃瘻をつくったりは絶対にしないでください。そうなったら、昇圧薬も輸血も人工透析も血漿交換なども止めてください。
もし、私が苦しがっているようであり、その状態を緩和していただける治療をしてくださるのなら、喜んでお受けいたします。ただし、昇圧薬や脳圧低下薬などの延命のための治療は止めてください。
私の命を長らえる為に努力をしてくださっている、お医者さん、看護師さんや医療スタッフの方たちには、心から感謝しています。
努力してくださっている方たちには、大変申し訳ありませんが、どうか私の意思を尊重してください。
私は、この終末期医療についての私の意思表明書を、意識も清明で、書いている内容を十分理解している状態で書いています。どうか私の意思を尊重してください。
202〇年〇月〇日
埼玉県○○○
○○ ○○
上記の文章は、コロちゃんがネットの中から探し出したものに、ちょっと手を加えて作成しました。
コロちゃんは、介護保険の看護師さんにもお伺いしましたが、この「終末期の医療・ケアについての意思表明書(リビングウィル)」の全国共通のフォーマットはないそうですね。
しかし、現在は「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」という言葉が一般的になっていて、検索すると「自治体」ごとのパンフレットなどがあるもようです。
コロちゃんは思うのですが、このような「リビングウィルやACP」の「全国共通のフォーマット」を作成して、どこの「病院」でもすぐに提出できるようになれば良いと思いますね。
これは「生死を巡るセンシティブな問題」ですから、「死の強制になったらいけない」と考えるのかも知れませんが、自分で全部「文案を考えること」は「高齢者」にはハードルが高いですよ。
コロちゃんは、もっと「高齢者の死」についての議論を進めた方が良いと考えていますよ。

5.「人生のその時期にできることは一つしかないよ」
さて、ここでちょっとコロちゃんの考え方を書いておきましょう。
コロちゃんは、今まで「70年以上」を生きてきて、それなりの「人生と体験」を積み重ねてきましたよ。
その中で思ったことは、「普通の人間が人生でできることはリアルタイムには1つしかない」ということでしたよ。
コロちゃんって、「少年」の頃から「一つのことにのめり込むことが好き」だったのですよね。カッコよく言えば「存在を賭けて○○を行なう」ということですよ。
その「○○」の部分は、その「時代や年齢」によって違っていましたが、コロちゃんはいつも「一つのことに全力を投じて生きてきたと思っているのですよね。
世の中には「マルチタスク」ができる方もいらっしゃるようですが、コロちゃん程度の人間では「一つのことに全力を集中」すると、もう他に回す力は残っていませんでしたよ。
コロちゃんが、これまでに「集中して全力を尽くしてきたこと」を書き出すと以下でしたね。
◎「コロちゃんの年代別やってきたこと」
➀「20代:サークル活動」
➁「30代:子育て」
➂「40代:ボーイスカウト・ボランティア」
➃「50代:子どもの教育費調達の残業」
⑤「60代:がんとの闘い」
⑥「70代:ブログ投稿」
今振り返って、過去の活動の軌跡を見ていると、どれも「大きな成果」は挙げられていませんよね。皆「自己満足」という「そこそこの果実」ですよ。
もちろん「そこそこの果実」でも十分コロちゃんは報われていますよ。しかし、もっと「大きな果実」を得るためには「本人の努力」だけではなく「時代と運が必要だった」と思っていますよ。
ですからコロちゃんの人生は「時代と運は無かった」けれど、まあ「そこそこの果実があったからいいかな」と言ったところだと思っていますよ。
これが現在のコロちゃんが「人生を振り返って思っていること」です。
だから、いつ「お迎え」がきてもあまり「思い残すこと」はなく、泰然と退場できるのではないかと考えていますよ。
皆さん、「人生のその時点でできることは1つがいいところ」ですからね。あとで悔いが残らないように「全力でやり切る」のがお薦めですよ。
最後にコロちゃんの好きな言葉を書きますね。
「力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する」
いーい、言葉やなー。
(*´罒`*)いー(*´罒`*)いー(*´○`*)よー(´□`)なー

6.「コロちゃんとお葬式の喪主」
さて今日のテーマは、「延命治療の終了は誰が決めるのか?」を調べながら考えてみましたよ。
今後は「高齢者の死」が増えますからね。「医療と介護の現場」では、迷うことや悩むことが多くなるかと思われますよね。
コロちゃんは、できるだけ「周囲をお騒がせする」ことなく、いつの間にか「スーッと退場」できればよいと思っていますよ。
最後の「コロちゃん話」ですが、今日のテーマとちょっと関係がありそうな「コロちゃんのお葬式の喪主の話」を書いてみますね。
コロちゃんは、今までに「2回お葬式の喪主」を務めました。一つは「80代で亡くなった母親」と、2つ目は「妻」の葬儀の「喪主」でしたよ。
誰しもが「好き好んで喪主」を務める訳ではありませんが、コロちゃんもつらかったですよね。
まず「母」は、10年以上前に「多発性骨髄腫」となり「80代」で亡くなりました。母親が「80代」ですと、子どもの多くは「50代」になりますよね。
この年齢になると「母の人生」が想像できるようになるのですよね。
多くの方と同じように「若い時のコロちゃん」は、自分の人生を生きるのに精いっぱいとなり、「母親の苦労」などは目に入りませんでしたよね。
「母親」にしてみれば、「父親がいない家庭」を精いっぱい支えて、それこそ「働いて、働いて、働いて、働くような人生」をおくってきたのですよね。
それに「母の若い時代」は、ちょうど「戦争中」で「青春」などは無かったのですよ。その後の「結婚相手」も「たぶん家の家長の選択と指示だった」と思われるのですよ。
「そんな時代だった」と言えば、その通りなのでしょうけれど、そこをコロちゃんが理解できるようになったのが、やっと「50代」になり「喪主」を務めるようになってからだったのですよね。
そのような思いを持って、コロちゃんは「母のお葬式の喪主」を務めましたが、「喪主の挨拶」をしながら涙がこぼれて仕方ありませんでしたよ。
そして、次の「コロちゃんの喪主」は4年前に「肺がんで亡くなった妻のお葬式」でしたよ。コロちゃんが妻と一緒になった時は、まだ20歳のころでしたよ。
だからもう妻とは50年近く一緒に暮らしていたのですよね。
コロちゃんは60歳の頃から「大腸がん」と「悪性リンパ腫」にかかるなど「病気」が多かったですから、当然コロちゃんの方が先に逝くと思っていたのですよ。
それが、まさかの妻の「肺がん」でしたよ。そして、たった2年で逝ってしまうとは・・・。
コロちゃんは、お葬式の喪主を務めながら「身体の半分を引き裂かれるような思い」を持ちましたよ。
いやいや「喪主」なんてやるものじゃないですよね。できればコロちゃんが先に逝った方がどんなに楽だったか・・・。
しかし、このような「儀式」も「人生の通過点」として1歩進めるための「知恵」なのでしょう。
コロちゃんは、生き残ってしまいましたから、仕方がありません。もうしばらくは「ジタバタ」と「母と妻に笑われない」ように前を向いて生きていこうとしていますよ。
今日の「コロちゃん話」は、生き残ったコロちゃんの「泣き言」を書いてみましたよ。どうか皆さん、笑いながら読んでいただければ嬉しいですよ。
コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。
このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)
おしまい。







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