【闘病考】「前立腺がん」の大学病院の初診へ行ってきました

闘病

おはようございます。今朝コロちゃんが、まだ外が真っ暗なうちにワンコとの散歩に出ると、地面一体が黒く濡れていましたよ。

昨夜は朝まで「雨が降っていた」様ですね。だけど、今日の「天気予報は晴れ」となっていましたから、もう直ぐ日の出とともに「青空」が広がると思われますよ。

今朝のコロちゃんは、朝5時ちょっと前に目が覚めちゃいまして、それでもベッドの中でしばらくジタバタしていたのですが、もう眠れそうもないのであきらめて起き出してきましたよ。

昨夜は、やたら眠くなってしまい、夜の9時前にはもうベッドの中に潜り込んでしまいました。そして今日は「大学病院」へ行く日ですから、早々と「ブログ記事」の投稿を済ませましたよ。

あとは、帰ってきたら「前立腺がんの治療の様子」をネタ・・・ゲフンゲフン・・記事にしてお届けしますね。
(´ρ`*).ゲフンゲフン

そんな「書きたい記事がいっぱいあるコロちゃん」が、今日は「前立腺がんの大学病院の初診へ行ってきました」をカキコキしますね。

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

☆「早起きして大学病院へ行きましたよと、担当医は40代らしきT医師でしたよ」

☆「次は針生検検査で、がんの手術は来年3月だってと、針生検の入院・退院は一人で良いよね」

☆「男性で一番多いがんが、前立腺がんだよと、コロちゃんと抗がん剤の記憶」

1.「早起きして大学病院へ行きましたよ」

さて、先日「定期健診」で「PSA(前立腺特異抗原)の採血検査」で異常値が出たコロちゃんでしたが、その後矢継ぎ早に「病院の選定」を終えました。

そして今日は「大学病院」で、その後の「治療のスケジュール」を決めることになりました。

ここまでで「前立腺がん判明」から「1週間」ですから、われながら「進行の速さ」に驚きましたよ。

まあコロちゃんは、今までに「大腸がん(10年前)と悪性リンパ腫(8年前)」と「妻の肺がん(6年前)」と3回もこの「大学病院通い」をしていましたからね。

あまり「戸惑わずに粛々」と進められましたよ。

この「大学病院」は、コロちゃんちより「車で約1時間」の所にあります。

「自然が豊かなところ」と言うか、「自然しかない」ような田舎にあるのですが、唯一良いところは「信号が少なく、車の渋滞も少ない」ことですよね。

コロちゃんは、妻の「肺がん治療の終焉(緩和ケア)時」以来ですから、4年ぶりにこの病院を訪問しましたよ。

診察の予約時間は「10時」でしたが、その前に「初診の説明」があるので「9時」に来てくれと言われていました。

コロちゃんは、朝7時30分に家を出発することにしましたよ。

これなら「大学病院」には、ちょっと車が混んでも「8時30過ぎ」には着けるでしょうから、余裕を持って準備が出来ますよね。

それとここの「大学病院」では、館内に「Wi-Fi」があるのですよ。

これさえあれば、コロちゃんは「読みたい情報」は山ほどありますし、「ネット小説」も読めますから、いくら長時間でも退屈せずに待つことができますよ。

そんなことを考えながらコロちゃんは、早起き(5時起き)して「大学病院」へ車でブーブーと出かけましたよ。

2.「担当医は40代らしきT医師でしたよ」

コロちゃんが「がん外来の窓口」を訪ねると、最初に「看護師さん」がいろいろと「病歴」や「現在の薬情報など」の事情聴取が始まりましたよ。

いやいや「短時間」ですよ。ざっと15分間ぐらいでしたよ。

その後まだ「診察予約時間の10時」までは、時間があるのでコロちゃんはゆっくり「iPad」を開いて、「ニュースやコミック」を読んでいたら、直ぐに「診察の呼び出し機械」が鳴りました。

この「大学病院」では、「患者全員」に「呼び出し端末」を配布しているのです。そこでコロちゃんは、あわてて「診察室」をノックしましたよ。

お初にお目にかかる「泌尿科の医師」は、若く見えるけど多分「40代の若手」でしたよ。名前は「T先生」でした。

偶然ですけど、以前コロちゃんがこの「大学病院」で「悪性リンパ腫の担当医」も、同じ名前の「T先生」でしたね。

この「大学病院」へは、地元の病院で撮影した「MRI画像」の「CD-ROM」を紹介状と共に持参してきましたから、担当医はこの「MRI画像」を見ながら「前立腺がん」の説明をしてくれましたよ。

同じ場所の「3種類のMRI画像」を示して、この内容を比較した結果が「5段階分類のうちの4番目にあたる」との説明をしていましたよ。

だけど、こんな画像を素人が見ても絶対に何のことかわかりませんよ。だって以下のフォトですよ。

上記のフォトの中央右側にある「白い点」が「前立腺がん」らしいのですが、これを指さされてもコロちゃんには「はい、そうですか???」としか言えませんでしたよ。

このフォト以外にも、あと2枚画像があったのですが、そちらはもっと「ぼんやり」としていて「わけわかめ?」でしたよ。

だけど「専門家」が見ればかなりのところまで分かるみたいでしたよ。

3.「次は針生検検査で、がんの手術は来年3月だって」

さて「MRI画像」が、コロちゃんにわかろうとわかるまいと「治療」はどんどん進めなければなりませんよね。

そこで次の段階は「前立腺」に針を刺して「組織」を取り出す「針生検検査」です。

コロちゃんは、その場で行なうぐらいの軽い「検査」かと思っていましたが、なんと「入院する」のですって。

「入院期間」は「2泊3日」で、「最初の日は午後入院」で「翌日に針生検」を行ない、異常がなければ「3日目の午前中退院」となるそうでしたよ。

「針生検時の麻酔」は、「脊髄くも膜下麻酔」で下半身麻酔と言われましたよ。

へー、軽い検査どころか「かなり大がかりな検査」ですよ。
( ¯ㅿ¯)へー

コロちゃんが「担当医の先生」に聞いたのは、「検査後は痛いですか?」でしたよ。

コロちゃんは、以前「大腸がんの手術後」に「酷い痛み」に襲われていたのですよ。あんな「痛みはイヤ」ですからね。

そうしましたら「T医師」は、「全然痛みはありません」とちょっとホッとする答えをしてくれましたよ。

なお、この「針生検日」は今日から「40日後の来月」でしたよ。そして「その結果判明は3週間後」だと言うのです。

うーむ、そうなると「コロちゃんの前立腺がんの針生検の結果判明」は来年にずれ込みますよね。
( ̄へ ̄|||) ウーム

それにコロちゃんが「もし前立腺がんと確定した場合には、手術はいつごろになりますか?」と聞いたところ、答えは以下でしたよ。

「スケジュールがもう1月はギッシリ詰まっていますね。結果が分かるのが来年1月ですから、手術日は3月中に入るかどうかですね」by大学病院担当医

えー、まだ11月初めだよね。それじゃあ「前立腺がん手術は5ヶ月後以降」になっちゃうよ。
エッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?

ただ、「患者の行列」が長いからって、後ろから押すわけにもいきませんからね。これは「長丁場の闘病」を覚悟するしかないですよね。

どうせ「前立腺がんの手術」を終えても、その後多分「5年間の経過観察」が待っているんでしょうからね。

コロちゃんは、この「大学病院のT医師」と今日から「5年間はお付き合いする覚悟」を固めましたよ。ただ、これはコロちゃんが「あと5年間も生きていられれば」ですけどね。

4.「針生検の入院・退院は一人で良いよね」

さて思ったよりも「針生検」は「入院が必要な面倒な検査」であることを知ったコロちゃんでしたが、次に尋ねたのは「入退院・針生検に付き添いは必要なのか?」でしたよ。

だって「針生検の入院日」って「12月の平日」を指定されていましたからね。

もし「家族の待機」が必要でしたら「長男か次男」に仕事を休んでもらうようになってしまいますよね。

それは、ちょっと「申し訳ないし、イヤだな」とコロちゃんは考えましたよ。

そうしましたら、「緊急時に連絡がつけば別に同行しなくて結構ですよ」とのことでしたよ。

まあコロちゃんの麻酔も下半身だけの「部分麻酔」で意識はあるでしょうし、万万が一に「意識不明になった時」の同意のために「緊急連絡先」だけは書いておけば大丈夫とのことでしたよ。

さて、そんなわけで「この大学病院の次回の診察日」は、もう「針生検の入院日(40日後の来月)」となりましたよ。

それまでは、「前立腺がん」を忘れて過ごすわけではありませんが、あまり気にしないで生きていようと思ったコロちゃんでしたよ。

なお今回の「医療費」ですが、「血液検査・心電図・レントゲン撮影」の「検査費用」が「4700円(70~74歳で20%自己負担)+駐車場料金300円=5000円」でしたよ。

はて、「高い」と言うべきか「安い」と考えるべきか、命の値段としては「安い」ですが、「老後の生活費」としては「高い」とコロちゃんは受け止めていますよ。

多分、今後の「針生検」と本番の「前立腺がん手術」は「高いだろうなー」とも考えたコロちゃんでしたよ。

なお、この「大学病院の会計」が終わったのはちょうど12時でしたよ。

コロちゃんは、ちょうど「お昼」となったので、「病院内のコンビニ」で「カップヌードル+ホットコーヒー(L)」を購入して、食事をしてから帰宅したのですが、帰宅時間は13時30分ごろでした。

だから、今回の「大学病院の初診診察」の時間は、door-to-doorで「6時間」の「半日仕事」となりましたよ。「病院通い」って時間がかかるのですよね。

このように、これから「治療が進む都度」にご報告しますから、お楽しみ(?)にお待ちくださいね。

5.「男性で一番多いがんが、前立腺がんだよ」

さてここで、どうやらコロちゃんが罹患したらしい「前立腺がん」についての知見を見ておきましょう。

実は現在「男性で一番多いがん」が「前立腺がん」なのですよ。下記をご覧ください。

◎「部位別がん罹患数:2021年」(1000人以下切り捨て)

●「男性」
➀「前立腺がん:9.5万人」(最多)
②「大腸がん :8.6万人」
③「肺がん  :8.2万人」

〇「女性」
➀「乳がん  :9.8万人」(最多)
②「大腸がん :6.8万人」
③「肺がん  :4.1万人」

https://www.jcancer.jp/about_cancer_and_knowledge/%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%AE%E9%83%A8%E4%BD%8D%E5%88%A5%E7%B5%B1%E8%A8%88
(出典:日本対がん協会 がんの部位別統計より:11月1日利用)

ほうほう、「男性にしかない前立腺がん」が「男性のがん罹患1位」で多いですよ。そして「女性にしかない乳がん」が、「女性のがんの1位」なんですね。
(  ̄O ̄)ホウホウ

ホントに「がん」って困った病気ですよね。昔みたいに「死と直結」はしていませんが、発見が遅れれば「死に至る病」ですからね。

上記を見て不安を感じる方も多いかと思いますが、上記はあくまでも「がんの罹患数」ですよ。「がんの罹患数」と「がんの死者数」は違うのですよ。

「がんの部位別死者数」は、上記の「部位別ベスト3」とはまた違って下記でしたよ。

◎「がんの部位別死者数:2023年」(1000人以下切り捨て)

●「男性」
➀「肺がん :5.2万人」(最多)
②「大腸がん:2.7万人」
③「胃がん :2.5万人」

〇「女性」
➀「大腸がん:2.5万人」(最多)
②「肺がん :2.2万人」
③「膵臓がん:2.0万人」

https://www.jcancer.jp/about_cancer_and_knowledge/%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%AE%E9%83%A8%E4%BD%8D%E5%88%A5%E7%B5%B1%E8%A8%88
(出典:日本対がん協会 がんの部位別統計より:11月1日利用)

うーん、「男性の死者数ベスト3」には「前立腺がん」は入っていないのね。
(´ヘ`;) ウーン

「がん」による「死者数のトップ」は、「男性が➀肺がんの5.2万人」で「女性が➀の大腸がんの2.5万人」でしたよ。

コロちゃんがポチポチ見てみると、上記の一覧に記載されている11のがん死者数分類には「前立腺がん」は入っていませんでしたよ。もっと下位の死者数なのですよね。

「前立腺がん」って、たぶん「一番生き残りやすいがん」なのだと勝手に思い込んだコロちゃんでしたよ。

6.「コロちゃんと抗がん剤の記憶」

さて、今日は「前立腺がんの大学病院の初診へ行ってきました」をテーマに、現地リポータ―のように経過をそのまま書きなぐってみました。

この拙い文章をお読みになって、コロちゃんは全然「悲壮感やネガティブな感情」を持っていないと思われた方も多いと思いますね。

実際にコロちゃんは、今日はちっとも「感情が揺れ動く」ということがありませんでした。これは「一つ」には「前立腺がんの5年生存率が高い事」がありますね。下記ですよ。

◎「前立腺がんの5年生存率」

➀「ステージⅠⅡ:ほぼ100%」
 (限局性:前立腺内にがんがとどまっている状態)
②「ステージⅢ :約90%以上」
 (局所浸潤:がんが前立腺の外:多臓器転移なし)
③「ステージⅣ :約60~65%」
 (遠隔転移:がんが他の臓器に転移あり)

うふふ、上記を見るとコロちゃんは、多分「➀ステージⅠⅡのほぼ100%」か、悪くとも「②ステージⅢの約90%以上」に入りそうですよね。
( ¯▽¯ )ウフフ

今のところ「コロちゃんの前立腺がん」は、「MRI画像上」では上記の「➀ステージⅠⅡ:ほぼ100%」ですよ。

もちろん、ハッキリしたことは次の「針生検」の結果を見なきゃわかりませんよ。

しかし、コロちゃんの過去の「大腸がんのステージⅢbの5年生存率70%」と「悪性リンパ腫のステージⅡの10年生存率40%」よりも、はるかに希望が持てた数字ですよ。

そんなわけで、まったく「不安」を感じていないコロちゃんでしたが、今日「大学病院」を歩いていて、12年前の「大腸がんの抗がん剤治療時の記憶」が蘇ってきましたよ。

今日の「最後のコロちゃん話」は、12年前の「コロちゃんの追憶」を書きますね。

コロちゃんは、60歳の時に「大腸がん」と診断されて、「手術後」に「抗がん剤治療」を受けていました。

今では「抗がん剤治療」は、ほとんど「通院」で治療をするのですよね。

この時のコロちゃんも、今日歩いた「大学病院」に「通院」しながら「抗がん剤治療」を受けていました。季節は厳寒の2月頃でしたね。

この時の「抗がん剤治療」には「副作用」で、冷たいものに振れると「手足が痺れる症状」が出たのです。

当時のコロちゃんは、まだ「60歳」でしたし「妻」も元気でしたから、「まだ死ぬわけにはいかない」と悲壮な決意を胸に秘めていましたよ。

だから「どんなに抗がん剤の副作用が辛くとも耐え抜くんだ」と、自分に言い聞かせて「大学病院」から近くの「駐車場」へ道を歩いていたのです。

そうすると「大学病院の玄関」を出たとたんに、冷たい風が吹くと「手の指や足の指」が痛いほどに「痺れて」いくのですよ。

車に乗っても「ハンドル」を持つだけで「痺れ」が走りましたよ。辛かったですよね。

だけど、もっと「辛かった」のは、1人「妻」を残してコロちゃんが死んだら、その後の「妻が一人ぼっちでどう生きていくのか」と考えたことですよ。

なにしろ「50年近く一緒に暮らしてきた妻」ですからね。コロちゃんも妻のいない人生なんて考えられないと思いましたが、妻も多分同じだったでしょうね。

そんなことを繰り返し考えたのが、最初の「大腸がん」の「抗がん剤治療」からの帰宅路の道行きだったのですよ。あまり言葉には出しませんでしたけどね。

そしてコロちゃんは、その「抗がん剤治療の辛さ」を耐え抜きましたよ。

まさか、その後コロちゃんが生き残ることになって、妻が「肺がんで逝く」なんて思いもしなかったコロちゃんでしたよ。

ホントに「人生はままならぬもの」ですよね。

「だから面白い」と考えるのか、それとも「だから辛い」と考えるのかは、人それぞれだと思いますが、コロちゃんはどうせ生きていくなら「面白い」と考えた方が健全だと思いましたよ。

今日の「コロちゃん話」は、10年前の「コロちゃんの抗がん剤治療後に考えたこと」でしたよ。

とりとめのない繰り言ですが、それは「がん患者の言う事」とやさしく受け止めていただければ嬉しいですよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)

おしまい。

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