0.「今日の記事のポイント」

コロちゃん
今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。
①「若い世代は世界観が狭いのが特徴なんだって」
②「幸せだけど、社会に関心が少なくなった若者たちだよ」
③「生きる世界は広い方が楽しみを見つけられると思うよ」
④「コロちゃんと戦後労働運動史と機関紙のセミナー」

1.「若い世代は世界観が狭いのが特徴なんだって」
コロちゃんが、朝コーヒーを飲みながら新聞をバサバサ読んでいると「『極小ニッポン』と向き合う」との見出しが目に入りましたよ。
この「見出し」は「日経新聞」の「Opinion欄」の「署名記事」ですよね。
この「Opinion欄」とは、「編集委員の独自の視点の解説・論説セクション」ですのでコロちゃんはいつも興味深く読んでいるのですよね。
この記事では、「博報堂生活総合研究所」の「若者30年変化」を引用し、「若い世代の狭くなる交友関係を浮き彫りにしている」と書いているのですよね。
コロちゃんが、ビックリしたのは下記の内容です。
◎「若者30年変化より」
①「友達は多ければ多いほど良い」
・「1994年:31.9%」⇒
・「2024年:10.3%」
②「自分にとって居心地が良い組み合わせは同性か異性か?」
・「1994年:25.5%」⇒
・「2024年:64.8%」
うーむ、コロちゃんが若かった「1970年代頃」には、「友達は多ければ多いほど、楽しいし刺激があった」ように思っていましたよ。
( ̄へ ̄|||) ウーム
それに「一緒」にいるのが「異性の方が緊張はしても楽しい」と思っていたように記憶していますけどね。
記事では、「金間大介金沢大学教授」の言葉として、以下を紹介していますよ。
「(約半数を占めるボリュームゾーンについて)世界観が狭いのが特徴で、大学や会社で気にするのは同世代の動き。上司の考えなど気にならない」by金間教授
うーん、最近の若者は「世界観が狭いのが特徴なの?」、なんかわかるような気もするけど、コロちゃんの若い頃は、「皆がお互いに世界観を広げる為に焦っていた」ように思いますよね。
うんうん、そうだよね「1970年代頃は世界観が広いことへの憧れ」が若者にあったように思いますよね。
(*。_。)⁾⁾ゥンゥン
「先行きの期待もなく、かわいそうな若者かと言えばそうじゃない。とても幸福感が強く、だからこそ今の多くの若者は無敵になる」by金間教授
記事では、その後に「人生の選択をあらかじめ狭めているから強いのだ」と書いていますよ。
あいやー、そりゃ知らないってことは強いよねー。
(ノД`)アイヤー
だけど「無知で幸福」って「なんかちょっと違うんじゃないの?」と思ったコロちゃんでしたよ。
そこで、この「若者30年変化」をちょっと覗いてみようと思いましたね。次にご紹介しますよ。
なお、この「日経新聞」の「『極小ニッポン』と向き合う」との見出しの記事をお読みになりたい方は、下記のリンクのクリックをお願いします。

2.「幸せだけど社会への関心が小さくなった若者たちだよ」
コロちゃんは、さっそく冒頭の記事の「博報堂生活総合研究所」の「若者30年変化」を探して読んでみましたよ。
そうしましたら、コロちゃんの目には最近の若者たちは「驚くべき変化」を起こしていましたよ。
だって、こんなに「経済的に厳しい社会」になってしまっているのに「幸せだ」というのですよね。下記でしたよ。
◎「幸福を感じる程度」
(少数点以下切り捨て)
①「非常に幸せ」
・「1994年:19%」⇒
・「2024年:33%」
②「まあ幸せ」
・「1994年:52%」⇒
・「2024年:50%」
③「どちらでもない」
・「1994年:21%」⇒
・「2024年:10%」
④「やや不幸せ」
・「1994年:5%」⇒
・「2024年:4%」
⑤「非常に不幸せ」
・「1994年:1%」⇒
・「2024年:1%」
https://seikatsusoken.jp/youth30/part1/
(出典:博報堂総合研究所 若者30年変化より:7月5日利用)
ふーむ、「①非常に幸せ+②まあ幸せ」の合計だと、「1994年の71%」が「2024年には83%」に増えていますね。
( ̄へ ̄|||) フーム
これを見る限りは「2024年の若者」は「1994年の若者」よりも「幸せ」と感じてる結果となっています。
しかし「1994年」って「就職氷河期の始まりの年」なんですよね。
ただ、この「1994年時点」ではまだ「就職氷河期」という言葉もなかったでしょうし、「就職氷河期の認識」もなかったと思われます。
つまり「1994年の若者たち」は、まだ「1980年代の一億総中流時代の名残」とも言うべき認識を持っていたと考えられますよね。
だからコロちゃんは、「①1994年の若者の71%が幸せだ」と思っていたのはまだ理解できるのですが、その30年後「②2024年の若者の83%が幸せだ」と思っていることに驚きましたよ。
だって「②2024年の若者は2004年前後に生まれた」のですよね。その「2004年以降の日本」は「ベアゼロで実質賃金がほとんど上がらない社会」でしたよ。
それなのに「②2024年の若者の83%が幸せだ」と答えている理由は、冒頭の記事では「人生の選択をあらかじめ狭めているから強いのだ」と書いていますね。
コロちゃんは「2024年の若者の幸福感が高い」のは、以下の理由があると考えています。
◎「2024年の若者の幸福感が高い理由」
①「隣人と競争をしなくなった」
・「身の丈に合った生活で充分」
・「自分らしい生き方でよい」
②「インターネットで楽しみが増えた」
・「スマホ1台あれば、ほぼ無料で楽しめる」
③「普通でよいとの価値観が広がった」
・「結婚、子ども、住宅などの象徴が消えた」
・「無理せず、趣味を楽しむことで充分」
④「デフレの時代しか知らない世代」
・「成長する経済を知らない」
・「物心ついた時からずっとデフレで、よい時代を知らない」
ふむふむ、だいたい上記が「コロちゃんの考えた2024年の若者の幸福度の高さの理由」ですが、さほど的外れではないと思っていますが、いかがでしょうか。
(σロ-ロ)✧フムフム…
ただ、これって「いまの若者が社会を知ろうとしなくなった」ことにもよるのですよね。冒頭の記事でも、「若い世代の狭くなる交友関係を浮き彫りにしている」と書いていましたよ。
次に「いまの若者が視野が狭くなった」との調査結果を見ておきましょうね。
◎「日本の利益よりも世界全体に貢献することを第一に考えるべき」
(少数点以下切り捨て)
①「1994年:68%」(19~22歳)
②「2024年:22%」(19~22歳)
❶「1994年:68%」(19~22歳)
❷「2024年:34%」(49~52歳)
(1994年当時19~22歳)
https://seikatsusoken.jp/youth30/part1/
(出典:博報堂総合研究所 若者30年変化より:7月5日利用)
上記は「若者30年変化」の「社会意識」の質問への回答です。
この「調査」の興味深いところは「①1994年の19~22歳」と「②2024年の19~22歳」の回答を比べただけではありません。
「❶1994年の19~22歳」と30年後の「❷2024年に49~52歳」になった年代の方の回答を比較しているのです。
上記の回答を見ると、「日本の利益より世界に貢献する」との回答が「19~22歳」では「①1994年:68%から②2024年:22%」に急落しています。
しかし、上記のもう1つを見ると「❶1994年:68%(19~22歳)」が「❷2024年:34%(49~52歳:1994年当時19~22歳)」と、年代を重ねた方も「社会意識が急落」しているのですよね。
つまり「社会意識の変化(国際貢献)」の低下は、「若者(19~22歳)68%⇒22%」の間だけに起きたのではなく、「かつての若者(49~52歳)も68%⇒34%」と意識が変化したとなっていますよ。
コロちゃん自身は、かつての20代の頃より70代になった現在の方が「社会意識は高くなり知識も増えた」と思っていますよ。
だから、上記の「若者が高齢になるほど社会意識が低下した」との調査結果に驚きましたよ。
今日のテーマは、「若者」ですので最後に「内向きになった若者」を見ておきますね。以下でしたよ。
◎「国や社会のことより個人生活の充実をもっと重視すべき」
(少数点以下切り捨て:19~22歳)
①「1994年:34%」
②「2024年:47%」
https://seikatsusoken.jp/youth30/part1/
(出典:博報堂総合研究所 若者30年変化より:7月5日利用)
あー、これはわかりやすいですよね。「個人生活を重視」が「①1994年の若者の34%」に対して「②2024年は47%」と、13ポイントも増えていますよ。
やはり「最近の若者」は「国や社会への関心」よりも、まずは「個人生活」ですよね。
だけど、コロちゃんが気になったのは、一つ上の「回答」で「2024年49~52歳の方たち」も「社会への関心」が薄れているらしいことですよね。
そのうちだれもが「社会への関心」を持たなくなったら、ちょっと「日本の将来に不安」を感じたコロちゃんでしたよ。

3.「生きる世界は広い方が楽しみを見つけられると思うよ」
ここでちょっとコロちゃんの考え方を書いておきますね。
最初に書いておきますが、「人生の生き方や趣味の範囲など」は全部「個人の自由」であり、誰からも「あれこれ言われる筋合いの無いものだ」ということですよね。
その上でコロちゃんの考えは、「世界が狭い、生きる社会が小さい」ことは「楽しいこと、目指したいこと、やりたいこと」を見つけるチャンスが減ることだと思うのです。
誰しもが最初から「人生の目標」を定めて、首尾一貫それだけを目指して生きることなどありませんよね。
だからコロちゃんは、「若い時代」にはどんどん「付き合う友人」を増やして、「新しい世界、新しい考え方、新しいもの」を求めて「試行錯誤」した方が「人生は得である」と考えていますよ。
それが「狭い世界に安住する」となったら、「もっと楽しい世界」を見逃してしまうかも知れません。
コロちゃんは、「知識と認識の世界」って「山登りに似ている」と考えています。「低い麓」を歩いていれば「見る景色」もさほど広くはありません。
しかし、「どんどん山を登る」ほど「見る景色の世界」は広がっていきますよね。ましてや「尾根を越えると「世界が一変する」ところは「知識と認識の世界」と同じですよ。
だから「一度は高い山に登る」ように、「友人」を増やしたり、「違った社会」に飛び込んだりすることは「人生の楽しみ・目標」を見つけやすくなると思っていますよ。
もう1つ言いたいことは、コロちゃんは「20代前半だった1970年代初頭」に強い「社会への関心」を持ちました。
コロちゃんが「10代後半から20代前半にかけて」のことでしたね。それは1人コロちゃんだけのことではなく、当時の「1970年代初頭という時代」の雰囲気だと思っていますよ。
当時の「日本の社会」では、ほとんどの「若者(多分9割ぐらい)」たちは、一度ぐらいは「デモ」に出たことがあったのではないでしょうか。
そのような「時代の雰囲気」は、「イチゴ白書をもう一度(※)」の曲で歌われていましたよ。
「♬僕は無精ひげと髪を伸ばして学生集会へも時々出かけた♪」
(※イチゴ白書をもう一度:1975年:歌・バンバン:作詞作曲:荒井由実:CBS・ソニー)
そんな青春時代を過ごしたコロちゃんは、その当時の「社会へ関心」を未だに持ち続けています。だから、今でも「新聞」をよく読みますし、このようなブログを書いたりしていますよね。
コロちゃんは、「20代の時の社会への関心」を誰しもが、その後も持ち続けると勝手に考えていましたよ。
しかし、前項の「1994年に19~22歳だった若者の社会意識が68%」から「2024年の49~52歳になると34%に落ちている」ことを見て、誰しもが「若い時代のままではない」ことを知りましたよ。
コロちゃんは、「若い時代の楽しかった記憶」を今も持ち続けていますが、それは「みな同じではなかった」とちょっと寂しい気持ちを持ちましたね。
しかし、わが身を振り返ってみるとこの身に付けた「社会意識」には、「生涯を貫く楽しみを見つけた」と考えていますかよ。
だからコロちゃんは、今後も逝く直前まで、「社会の様子」を睥睨するように見続けて逝きたいと考えていますよ。

4.「コロちゃんと戦後労働運動史と機関紙のセミナー」
今日のテーマは、「若者は幸せなのに、なぜ社会への関心は小さくなったの?──広い世界が人生を変えると思ったコロちゃん」を考察してみましたよ。
コロちゃんは、知識の世界では「まだまだ世界を広げたい」と思い毎日「読書と新聞購読」にいそしんでいますから、「広い世界が人生を変える」とは自分の体験談ですよね。
まあ、だけどこれは「コロちゃんの趣味と生き方」ですからね。誰にも押し付けたりする考えは全くありません。
ただ「何でもよいですから趣味を持っている」と、「老後」につまらないと感じたり、「うつ」に落ち込んだりせずに済むように思っていますよ。
今日の「コロちゃん話」は、上記で「コロちゃんが20代前半だった1970年代初頭」に強い「社会への関心を持った」と書きましたが、その頃の「エピソード」を書きますね。
「1970年代初頭」に20代になったばかりの青年コロちゃんは、当時の会社で「労働組合の青年部長」に推薦されて務めることになりました。
この会社では「200名ほどの社員」がいましたが、その中で「20代の社員が30人ほど」いて「青年部」を組織していたのです。
当時のコロちゃんは「入社1年目の新人」でしたが、名指しされてしまって「押し付けられた」という感じでしたよね。
それで最初の仕事として「労働組合の主催するセミナー」に出席してきたのですよね。そこには「新人役員たちの皆さん」が20名ぐらい集まって「講師」の話を聞く形で行なわれていました。
いくつか内容が分かれていて、コロちゃんが聴講したのは「戦後労働運動史」と「機関紙の作り方」でしたね。
この「戦後労働運動史」は、文字通り「戦後の労働組合の運動の歴史」を概観するもので、「三井・三池炭鉱争議(1959~1960年)」や「春闘の歴史」などを丁寧に教えていました。
そして「機関紙の作り方」では、「新聞作成のイロハである5W1H(※)」から「新聞の見出しの構成の技術」から「原稿の書き方」のノウハウを教えていましたよ。
〔※5W1H:いつ(When)どこで(Where)誰が(Who)、何を(What)なぜ(Why)どのように(How)の6つの要素〕
その時にコロちゃんが強く興味を抱いたのは「戦後労働運動史」でしたね。
戦後ですから「1945年~1970年頃」までの歴史でしたが、「時代とともに社会が変化していく様子」が面白く感じたのですよね。
これは、その後「30年後の2000年代」になって、コロちゃんが「日本経済」に興味を持ち「経済書」を読むと、かつて教えてもらった「戦後労働運動史」を反対側から見る思いを持ったのですよね。
確かに「労働運動史」は「労働組合と組合員の生活の視点」から見たものですし、「経済史」には「経営者の視点」もありますから、両方合わせると「日本経済の姿」が立体的に見えてきますよね。
そんな思いから、「経済書を読むこと」に拍車がかかったのが「2000年代の50代のコロちゃん」でしたよ。
また「機関紙の作り方」では、コロちゃんが「青年部長」を務めたのはその時の「1年間のみ」でしたが、その間は「毎日早朝の朝ビラ作成と配布」を続けましたよ。
もちろん「原稿」を書くのは「青年部長のコロちゃん」でしたよ。
これには「毎日のネタ探しに苦労した記憶」は残っていますが、その分「原稿を書くスキル」は間違いなく上達したと思いますね。
当時のコロちゃんのフォトは下記ですよ。

うーむ、わっかいなー。この風貌でみんなから恐れられるぐらい尖がったことをバリバリやっていたんですよね。
( ̄へ ̄|||) ウーム
もう、この時から「50年」が過ぎ去ったとはちょっと信じられない思いですよね。
その後コロちゃんは、20年後の「40代」になった時に「ボーイスカウトのボランティアで機関紙」を「作成・発行」した時に、この「機関紙作成のスキル」が役に立ちましたよ。
そして現在では、このブログの作成に生かされていますから、青年コロちゃんが「20代で得たスキル」は、現在の「老後」になっても役に立っていますよ。
特に初めて受けた「戦後労働運動史」は、その後「日本経済の本」を読むのに興味をつないでくれましたよ。
何事も「若い時の苦労は無駄にならない」との実例だと、コロちゃんは1人で納得していますよ。
「人生って何が役に立つのか分からないんだよなー」byコロちゃん
(*。_。)⁾⁾ゥンゥン
今日の「コロちゃん話」は、1970年代初頭の青年コロちゃんのエピソードでしたよ。こんな「青年がいた時代があった」と、笑いながら読み流していただければ嬉しいですよ。
コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。
このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)
おしまい。


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