【社会考】「成長の無い世界」が来るのだろうか?

社会

おはようございます。いよいよ4月に入りましたね。コロちゃんは「春の4月」というと「入学式と暖かな日差し」を思い浮かべるのですが・・・今朝は寒い!
(((﹡•﹏•﹡)))ガクガクブルブル

朝、ワンコとの散歩に出ると「温度は2℃」でしたよ。コロちゃんは、また「冬のジャンバー」を引っ張り出してきて着こみましたよ。

ニュースでは「東京の桜は満開」と報じていましたけれど、今年の春はどうなっているんでしょうね。「地球温暖化」はどこ行ったの-?
( 」´0`)」オォーイ!

「週末には暖かくなる」と報じていますけれど、この気候だと、あとしばらくは「朝・晩」は「ファンヒータ-」の出番がありそうですよ。

コロちゃんは「灯油ファンヒーター」の「燃料ポッド」をいつカラにしたらよいのか迷っていますよ。もう1回給油しないとダメかなー?
ʅ(。◔‸◔。)ʃ…ハテ?

そんな迷えるコロちゃんが、今日は「成長の無い世界が来るのだろうか?」をカキコキしますね。

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

☆「キリスト教は利子を禁止していたよと、利子と経済成長の関係は?」

☆「50年後の日本の経済成長率は0.3%だってと、過去の経済成長率を見てみるね」

☆「成長率ゼロの社会で奴隷化を防げるのか?と、コロちゃんと宗教団体」

1.「キリスト教は利子を禁止していたよ」

つい先日のことですが、コロちゃんは「なぜキリスト教は世界を席巻できたのか※」との表題の本を読んでいました。

(※なぜキリスト教は世界を席巻できたのか:著・島田裕巳:2025年:扶桑社)

いやいや、今日のテーマは【読書考】ではありませんよ。コロちゃんは本書を読み終わっていますけれど、これをご紹介できるほど「宗教の知識」はありません。

しかしコロちゃんは、「宗教としてのキリスト教」よりも「キリスト教の歴史と教義」に興味があって、時々このようは本に手を伸ばしているのですよ。

本書でコロちゃんが興味を持った内容とは「キリスト教の利子の禁止」についてです。

皆さんも「イスラム教が利子を禁止している」ことはご存じのことかと思われます。

これは「イスラム教の聖典であるコーラン」に「商売は許すが利息は禁じ」と書かれているからとされており、現在では「利子ではない金融」が認められているようですね。

ただコロちゃんは、サウジアラビアのムハンマド皇太子が、孫正義氏の「ビジョン・ファンド」に出資していることを聞いていますね。

だから、どういう「理屈」で「イスラム教の利子ではない」としているのかまでは知りません。

おっと、話しがそれちゃいましたね。
\(-\)(/-)/ ソレハコッチニオイトイテ…

とにかくコロちゃんが読んだ「なぜキリスト教は世界を席巻できたのか」には、「キリスト教も利子を禁止していた」との記載があったのですよ。

本書では、以下のような記載があります。

「一神教の伝統では、利子の徴収は禁止されている。それは旧約聖書の出エジプト記に『あなたと共にいる貧しい者に金を貸す場合は・・利子を取ってはならない」

上記のような「旧約聖書」の教えから、初期のキリスト教では「利子」は禁止されていたようですね。

そして、ギリシアの哲学者のアリストテレスも「政治学」という本の中で「貨幣が貨幣を生むことは自然に反している」と利子を否定していたと書くのですよ。

さらに本書では、その「利子を禁止」の理由として、以下を書いています。

「古代においては、経済は定常的な状態にあり、現代とは異なり経済発展が見込めなかった」

「つまり年々の収入は一定で、それが増えていくのではなかったのだ。となると、金を借りても、利子が払えなくなってしまう」

本書では、この点については「世界経済史講義:著・水野和夫・島田裕巳:2024年:ちくま新書」で論じたと書いていますね。

コロちゃんは、この「世界経済史講義」も以前読んでいましたから、この「キリスト教の利子禁止」については興味を持っていたのですよ。その理由を次に書きますね。

なお、コロちゃんが読んだ「なぜキリスト教は世界を席巻できたのか」にご興味のある方は、下記にフォトを添付しておきますね。どうぞお読みください。

2.「利子と経済成長の関係は?」

コロちゃんが、「キリスト教の利子禁止」について興味を持った理由ですが、「利子と経済成長の関係」にあります。

「キリスト教」が利子を認めるようになったのは、だいたい13世紀ごろと言われています。

上記の「利子を取ってはならない」とした「旧約聖書」の成立が、紀元前4~5世紀とされています。

だから、それ以降の1000年以上は「利子を禁止」とした「キリスト教」が社会に浸透していたと思われます。

この「利子禁止の理由」を、上記で書いた「水野和夫・島田裕巳先生」は、「経済発展が見込めなかった時代においては、金を借りても、利子が払えなくなってしまう」と書いています。

この内容について、コロちゃんは「経済成長率がゼロ(定常状態)の社会では、利子があると破産者が続出する」と理解したのですよ。

確か「世界経済史講義」では、古代の推定GDP成長率のグラフが記載されていたと思いましたが、紀元前の古代の「経済成長率」はほとんどフラット(ゼロ)だったと思われます。

ですから「旧約聖書」が成立したような紀元前4~5世紀では、間違いなく「GDP成長率」はゼロ前後の数字だったのでしょう。

当時の社会には「奴隷」の存在がありました。

そのような社会において「利子」の存在は、「破産者・債務者の奴隷化」を生み出して「社会を不安定化させる」と当時の「宗教指導者」が考えたとしても不思議ではありません。

コロちゃんは、これを読んで「経済成長がない社会」で「金利をゼロ」とした社会制度が、人間の古代にあったことを初めて知ったのですよ。

確かに「経済成長がないゼロ成長の社会」しかも「みながかつかつに生きるだけ社会」で、誰かが「富」を集めれば、その分は他の誰かの「貧困化」とならなければプラスマイナスが成り立ちません。

「宗教家」にとっても、普通の「市民」の信者たちが、長期的には誰かが「貧困化で奴隷となる社会」は、信者数の減少に繋がりますから、到底許せるものではなかったとコロちゃんは思いましたよ。

コロちゃんがここで感じたことは、以下の2つです。

➀「宗教指導者が、定常的な社会(経済成長率ゼロの社会)では利子の存在は信者の奴隷化による減少をもたらすと考えていた」

コロちゃんは「旧約聖書」の成立した紀元前4~5世紀の時代の社会は全く知りませんが、「水野和夫・島田裕巳先生」の著書を読むと、おそらく実際に奴隷化は数多く起きていたと思いましたよ。

➁「宗教指導者が、社会とマクロな経済を見渡す広い視野を持っていた」

この時代は、食べる為に生きて行くだけで精いっぱいだったと思われますね。その時代に「社会と経済を広く見渡す視野と視点」を持っていた「宗教指導者」がいたとは驚きですよ。

たぶん「優秀な人間」とは、古代も現代もあまり変わらない「思考力」を持っていたのでしょうね。だからこそ「旧約聖書」は現在までの2500年経ても残っているのでしょう。

そのように考えていくと、「経済成長」と「利子(金利)」の存在は、現在の社会では当たり前のことと誰しもが感じていますが、歴史的にはそうではなかったと気が付くのですよ。

ここで、次に全く違った場面をご紹介しますね。ここまでの話と繋がる「キーワード」は以下ですよ。

◎「次の話に繋がるキーワード」

「定常的な社会(経済成長率ゼロの社会)では利子(金利)の存在は信者の奴隷化をもたらす」

3.「50年後の日本の経済成長率は0.3%だって」

ここから一見全く違った話を始めますが、コロちゃんはつい先日読んだ「日経新聞の記事」に、強い興味を持ちました。

それは「日本の所得水準50年後45位」という見出しの記事でした。この内容は「日経経済研究センター」が、「今後50年の長期経済予測」をまとめたものです。

その内容は「日本全体の実質GDP」が「2024年の世界4位」から、50年後の「2075年には世界11位」に落ちるというものでした。

そして「1人あたりGDP」が「2024年の世界29位」から、50年後の「世界45位」に落ちていました。新聞の見出しになったのは、この数値ですね。

コロちゃんは、これらの数字に別に驚きはしませんでしたが、その後の「日本と世界のGDP成長率の予測」を見てちょっとビックリしたのですよ。以下でしたよ。

◎「日本の将来のGDP成長率予測」

〇「2071年~2075年の平均成長率は0.3%」

◎「世界の将来のGDP成長率予測」

➀「2021年~2030年は平均3.3%」
➁「2071年~2075年は平均1.3%」

うーむ、今から50年後の「世界のGDP成長率は1.3%」で、「日本は0.3%」となるんですか。
( ̄へ ̄|||) ウーム

これって、もう「日本」はほとんど「経済成長できない」ってことじゃないの?
(゚ロ゚*)ナニコレ

なお、この記事をお読みになってみたい方は、下記のリンクのクリックをお願いします。

日本の所得水準、50年後は世界45位に後退 日経センター - 日本経済新聞
日本経済研究センターは今後50年の長期経済予測をまとめた。所得水準を示す1人当たりの実質GDP(国内総生産)について、日本は2024年の29位から75年には45位に下がる。世界の中位群に後退する。成長底上げには人工知能(AI)などデジタル技術の活用や雇用慣行の改革が必要と提起した。日経センターはおおむね5年ごとに独自の...

4.「過去の経済成長率を見てみるね」

参考のために「日本の過去のGDP成長率」を見ておきましょう。下記ですよ。

◎「実質GDP成長率推移」

➀「1956~1973年度:平均9.1%」
➁「1974~1990年度:平均4.2%」
➂「1991~2023年度:平均0.8%」

https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0001.html
(出典:労働政策研究・研修機構:早わかり グラフでみる長期労働統計より:3月31日利用)

コロちゃんが、上記の「日経経済研究センター」の「2071年~2075年の平均成長率は0.3%」を見て驚いた理由は、以下ですよ。

❶「➂1991~2023年度が平均0.8%」で、「2071年~2075年の平均0.3%」だったら、その間だってあんまり変わらないだろう。

❷「➂1991~2023年度:平均0.8%」の30年間に、日本は「一億総中流社会」から「格差社会」へと転落している。

❸そうだとしたら、今後の2071年~2075年の平均0.3%しか成長しない社会に行きつくまでに日本はどのように変化するのだろうか?

そりゃコロちゃんも、「日本は今後せいぜい1%以下の成長しか出来ない」と思っていますよ。

しかし、もしこれが正しい予測だとしたら、現在の「積み上がる借金財政」や「膨れ上がる社会保障費」などの「国民経済の現状」はますます悪化する道しか残されていないと思いましたよ。

「日本経済」の苦境から脱出する道として、現在の「石破総理」は「経済の好循環」という「経済成長への道」を提示して進んでいます。

だけど、これが成功したぐらいでは、未来予測は変わらないのでしょうか?
( ̄へ ̄|||) ウーム

それとも現状(0.8%程度)がそのまま推移して、いずれ0.3%まで落ちるという未来予測なのでしょうか?
Σ( ̄□ ̄∥)アー!

何とも不安がつのる「未来予測だ」と、コロちゃんは思いましたよ。

5.「成長率ゼロの社会で奴隷化を防げるのか?」

今日の記事は、冒頭に「旧約聖書には利子を取ってはいけない」との記載があることをご紹介しました。

そして、その理由として「成長しない社会では利子を認めると奴隷に落ちる信者が出て来るから」との解釈を提示しています。

これを具体的に言うと、下記の例をご覧ください。

❶「普段100の生産物が得られる家族があるとします。ある年に日照りや水害などで90の生産物しか得られませんでした」

❷「そこで生きる為に10の借金をします。利子は3割です。次の年に113の生産物が得られれば借金は返せますが、経済成長率ゼロの社会では100しか得ることが出来ません」

❸「そこでさらに借金を重ねても、いずれは借金が増えるばかりで必ず破産し奴隷となります」

➍「経済成長がゼロ社会ということは、マクロでみれば利子を認めれば社会が不安定化する」

上記はコロちゃんの理解ですが、この理由で「初期のユダヤ教やキリスト教、更に後の時代のイスラム教では利子は禁止」されていたようですね。

現在の社会では「経済が成長する社会」がデフォルトとして誰しもが認めていますから、「リスクに応じた利子(金利)」は当然のこととされています。

コロちゃんは「リスクに応じた利子(金利)」と書いた時に、直ぐに「現在の株式投資」を頭に浮かべましたよ。

「株式投資」以外でも、全ての「投資」は、必ず「リスクに応じた利子(金利)」はつきものです。

その結果、能力の差によって生じる「貧富の格差」は正しいことだとする価値観が広がっています。

現在の社会では、誰しもが「経済成長する社会」が当たり前の「常識」とされていて、「失われた30年」の方が異常だと多くの方が思っています。

しかし、社会が「成長しない世界」だと誰もが知るようになった時がもし訪れたならば、価値観はどう変わるのでしょうか。

「定常化の社会(成長率ゼロ社会)」においては、誰かが豊かになれば、その分誰かが貧困に身を落とすことになりはしないのでしょうか。

その時に、「能力の差」によって「豊かになった少数の者」と「貧困に身を落とす多数の者」が生まれたとしたら、その「社会」は安定するのでしょうか?

「国家と政治の目標」は、「国民の経済厚生を最大化すること」という考え方があります。この「経済厚生」とは、経済的観点から見た人間の「福祉や幸福」を指します。

このように考えた時に、コロちゃんは「成長率ゼロの社会で多数の奴隷化(貧困化)を防げるのか?」と「日本の将来」を心から心配しましたよ。

6.「コロちゃんと宗教団体」

今日のテーマは「成長の無い世界が来るのだろうか?」として、コロちゃんが現在感じている「漠然とした不安」を出来るだけ文章化してみました。

もちろんコロちゃんは、素人のおじいちゃんですから、取り越し苦労の「杞憂」なのかも知れません。だけど、感じていたことを語ることもしたかったのですよ。

だから、皆さんもご自分でお考えになってご判断していただければ嬉しいですよ。

「くだらなかった」「つまらなかった」でも良いと思いますよ。ただ最後まで読んでいただければ、コロちゃんにとってはなによりですよ。

今日は「キリスト教」が出てきましたから、コロちゃんの「宗教体験」について書きますね。

コロちゃんが、上京してきた1970年代初頭の東京では、数多くの「サークル」が活発な活動をしていました。

コロちゃんも、様々な「サークル」に顔を出して多くの同年代の「20代の男女」と話しあっていましたよ。

その中の「あるサークル」が主催した「夏のキャンプ」で、コロちゃんはその後「妻となった女性」と知り合ったわけですが、彼女の仕事は「縫製業」でした。

当時はみんなから「お針子」と呼ばれていましたね。

1960年代~1970年代の「日本の縫製業」は、今で言えば「自動車」のような「主力輸出産業」だったのですよ。

現在では、「縫製業」はすっかり「中国」や「ベトナム」に移ってしまいましたが、1970年代ではまだまだ健在だったのですよ。

話を当時のコロちゃんと「お付き合いし始めた女性」に戻すと、彼女の職場には仲良くしていた「3人娘」がいました。

その後「妻」となった女性と、「アッコちゃん」と「五十嵐さん」の「3人娘」でしたね。アッコちゃんはちょっと派手めな女性で、「五十嵐さん」は引っ込み思案のおとなしい女性でしたよ。

えっ、「コロちゃんの妻となった女性はどんな感じだったの?」ですか?
(´ヘ`;)ウーム…

そりゃ・・・、良く言えば「元気が良い」、悪く言えば「おっかない・迫力がある」・・・「がらっぱち?※」。
ʅ(。◔‸◔。)ʃ…ハテ?

(※がらっぱち:言動が粗野で落ち着きに欠ける:誉め言葉ではない)

もう亡くなっているから怒られる心配はないですけど、とにかく「威勢が良い女性」でしたよ。そして、ちょっと可愛いところも・・・。
( ⸝⸝•ᴗ•⸝⸝ )テレテレ♪

この「3人娘」のうちの、「五十嵐さん」が当時お付き合いしていた男性が「創価学会の会員」だったのです(※)。

(※後にこの2人は結婚しました。確か男の子2人を授かっていましたね)

その男性と「五十嵐さん」のお誘いで、コロちゃんと「その後妻となった女性」は、2回「創価学会の座談会」という集まりに出席しました。

当時のコロちゃんは、毎日のように様々なサークルに顔を出して交流していましたから、別に遠慮も違和感も感じずに、「へー、宗教団体ってこんな行事をやっているんだー」と感じただけでしたよ。
( ¯ㅿ¯)へー

ただコロちゃんが、その後そこの「座談会」に顔を出すことをしなかった理由は、なんと言っても「おばさんたちがコロちゃんを誉めまくる」ことへの違和感でしたね。

「良い青年だわー」
「態度が素晴らしい」
「ハキハキしている」

いやいや、やめてくださいー!
ヽ(;´Д`)ノヤメテー

当時のコロちゃんは、人から悪口は言われることはあっても「誉められること」は経験がありません。

当時は「誉め殺し※」という言葉は聞いたことがありませんでしたが、とても耐えられるものではありませんでしたよ。

(※誉め殺し:1992年に当時の竹下総理を皇民党〈右翼団体〉が国会の周辺で誉めまくったことから知られた言葉)

まあ、今から考えれば「宗教団体の勧誘手段の1つ」なのでしょうけど、まだ純情な20代に入ったばかりの青年コロちゃんにとっては、「本音の会話」が一番欲しい年代でしたよ。

そんな時代のコロちゃんの、初めての「宗教団体との接触体験」でした。

結局その印象のせいか、コロちゃんが「宗教」にハマることは今に至ってもございません。それが良かったのか悪かったのかは、何とも言えませんけどね。

そんな「人生の一場面」も、今では懐かしい思い出となっているコロちゃんでしたよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいさんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします(^_^.)

おしまい。

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