【社会考】「おれ・ぼく・わたし」に見る男らしさの変化──「俺」を捨てて「私」になったコロちゃん

【社会考】
イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

0.「今日の記事のポイント」

by<br><span class="bold-blue">コロちゃん</span>
by
コロちゃん

今日の記事は、下記のような内容になっていますよ。どうぞ最後まで楽しみながらお読みください。

①「最近の男性は、自分を『俺』とは呼ばないみたいだよ」

②「おれ、ぼく、わたし、あたし――自分の呼び方の心理を考えてみるよ」

③「『おれ』には自立、『わたし』にはインテリのにおいがあったよね」

④「コロちゃんと、妻の呼び方の○○子ぅ」

1.「最近の男性は、自分を『俺』とは呼ばないみたいだよ」

コロちゃんが、朝コーヒーを飲みながら日経新聞をバサバサ読んでいると「男性の『俺』離れ、半数が使わず/『私』や『自分』で自己主張弱める」との見出しが目に入りましたよ。

へー、現在「70代のおじいちゃん」であるコロちゃんは、つい最近まで「俺」を使っていたような記憶がありますよ。
( ¯ㅿ¯)へー

記事を読むと、「家族や友人の前で自分を『俺』と呼ぶ男性の割合は以下だったと報じていますよ。

◎「自分を『俺』と呼ぶ男性の割合」
 (小数点以下切り捨て)

①「未婚者」
 ・「1994年:86%」
 ・「2026年:42%」
 ●「42ポイント低下」

②「既婚者」
 ・「1994年:65%」
 ・「2026年:46%」
 ●「19ポイント低下」

うーむ、つまり32年間で、「俺」を使う割合は未婚男性で42ポイント、既婚男性で19ポイントも低下したのですよね。
( ̄へ ̄|||) ウーム

記事では、男らしさを強調する「俺」を避け、より中立的な「わたし」や「自分」などが選ばれるようになったと分析しています。

女性側でも「あたし」の使用率が大きく低下し、「わたし」が増えています。2026年には「あたし」は未婚女性7.4%、既婚女性8.9%にまで低下しています。

うーん、これって「ジェンダー平等へ向かった価値観の変化(※)」なのでしょうか?
(´ヘ`;)ウーン…

(※コロちゃんの考えです)

はー、こんな「自分の呼び方」にまで「時代性」があるとは面白いですよね。
(ノД`)ハー

1970年代頃、コロちゃんの周囲では「男性はみんな俺」という感覚がありました。それが現在では、「俺」を避ける男性が増えているのですね。

コロちゃんには「自己主張が弱くなった」とも見えるのですが、これはあくまでコロちゃんの感じ方ですよね。

次に、この「自分の呼称」をもう少し深掘りしてみようと思いますね。

なお、この「日経新聞」の「男性の『俺』離れ、半数が使わず/『私』や『自分』で自己主張弱める」との見出しの記事をお読みになりたい方は、下記のリンクのクリックをお願いします。

男性の「俺」離れ、半数が使わず 「私」や「自分」で自己主張弱める – 日本経済新聞
男性一人称の自称詞、「俺」の存在感が揺らいでいる。民間調査によると「俺」を使う男性は約30年で急減し、「私」「僕」「自分」に分散した。専門家らは、立場や関係性に配慮し、摩擦を避けたい意識の表れとみる。博報堂生活総合研究所が実施した調査による…
イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

2.「おれ、ぼく、わたし、あたし――自分の呼び方の心理を考えてみるよ」

コロちゃんは、冒頭の記事の「博報堂生活総合研究所」が実施した「呼び方調査」の発表を読んでみましたよ。

この「呼び方調査」を見ると「2026年の呼び方調査」では、以下の結果が発表されていましたよ。

◎「Q.自分のことを何と言うか?」
 (小数点以下切り捨て:2026年)

●「未婚男性」
 ①「おれ :42%」
 ②「ぼく :15%」
 ③「わたし:19%」

●「既婚男性」
 ①「おれ :46%」
 ②「ぼく :13%」
 ③「わたし:22%」

https://seikatsusoken.jp/gekkan/coverstory/yobikata_omoikomi/
(出典:博報堂生活総合研究所 月刊!生活総研 呼び方にまつわる思い込みより:10月23日利用)

ふーむ、上記を見ると「男性」ではやはり「①おれ」が「未婚42%既婚46%」と一番多くなっていますね。
( ̄へ ̄|||) フーム

ここから先は、コロちゃんの勝手な「心理分析」ですよ。

※コロちゃんの考えです

コロちゃんには「おれ」は「男らしさや主導権(マウント)」を感じさせ、「ぼく」には「親しみやすさ」、「わたし」には「知的で落ち着いた印象」があります。

だから「おれ」は、今の女性から「敬遠される可能性もあるのかな」と思っていますよ。

コロちゃんの場合、息子たちと話す時には「おれ」でよかったのですが、息子たちの「ヨメ様」と話す時には「おれ」はちょっと違うな、と感じるようになりましたよ。

それ以来、なるべく「わたし」を使っています。ただし、時々「おれ」と地が出ることもありますけどね。

次に、女性の「あたし、わたし」を見てみましょう。

◎「Q.自分のことを何と言うか?」
 (小数点以下切り捨て:2026年)

●「未婚女性」
 ①「あたし : 7%」
 ②「わたし :64%」
 ③「名前  :17%」

●「既婚女性」
 ①「あたし : 8%」
 ②「わたし :75%」
 ③「名前  : 7%」

https://seikatsusoken.jp/gekkan/coverstory/yobikata_omoikomi/
(出典:博報堂生活総合研究所 月刊!生活総研 呼び方にまつわる思い込みより:10月23日利用)

うーん、「女性は未婚・既婚」を問わず「②わたしが64~75%」と圧倒的に多いですよね。
(´ヘ`;)ウーン…

5年前に亡くなった妻も、1970年代前半に出会った時から亡くなる直前まで、ずーっと「わたし」と自分を呼んでいました。

※ここからもコロちゃんの考えです。

コロちゃんには、女性の「わたし」には「誰もが使える安心感」や「大人の女性」という印象があります。

一方、「あたし」には「近しい仲」や、少し「幼さ・可愛らしさ」を感じますよね。

現在は1970~2000年代より女性の地位が向上しました。その社会の変化も、「あたし」から「わたし」への変化の背景にあるのかもしれない(※)と、コロちゃんは思っていますよ。

(※コロちゃんの考えです)

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

3.「『おれ』には自立、『わたし』にはインテリのにおいがあったよね」

さて、ここからはコロちゃんの「考え方」ですよ。2つありますよ。

第1に、コロちゃんは「1970年代初頭」に東京へ上京しました。田舎にいた頃は自分を「ぼく」と呼んでいましたが、上京後はほどなく「おれ」と呼ぶようになりました。

当時の青年コロちゃんには、「ぼく」は「親に養われている男の子」のイメージがあり、「おれ」には「独立・自立の香り」が漂っていたのですよね。

今振り返ると、青年コロちゃんは「自立を至高の価値観」としていたのです。これは今も変わっていません。

「働いて稼いで生活できる」という生活の自立だけではなく、「人の言うことをそのまま信じず、自分の考えで生きる」という精神の自立も大切だと考えてきました。

その最初の一歩が、自分を「ぼく」ではなく「おれ」と呼ぶことだったのですよね。

この「自立の価値観」は息子たちに対しても同じで、2人が自立して歩き出した時には深い喜びを感じましたよ。

そして第2は、青年コロちゃんには「おれ」には「社会の下層でも力強くたくましく生きるイメージ」、「わたし」には「豊かな両親のもとで育ったインテリのイメージ」があったことです。

これは完全に当時の青年コロちゃんの思い込みですよ。

「母子家庭の貧しい暮らし」から自立したものの、やはり貧しい青年だったコロちゃんには、「インテリのわたし」を使うわけにはいかなかったのですよね。

当時のコロちゃんの周囲では、リーダー格には高学歴の人が多く、彼らは自分を「わたし」と呼んでいました。

そこで青年コロちゃんは、「自分の意識と価値観は、インテリではなく貧しい人たちの居場所に居続けよう」と考えましたよ。

その後50年ほどのコロちゃんの生き方は、「地位・名誉・金」には目もくれず、「社会の下層から上目遣いに社会全体を眺める生き方」だったのですよね。

そんな「おれ」を使ってきたコロちゃんですが、息子たちのヨメ様たちと話す時には、どうも「座りが悪い」と感じたんですよね。

今日調べながら書いていて、その理由が分かりましたよ。

つまり、コロちゃんは息子たちのヨメ様たちに「マウント」を取る気が一切ないのです。だから「マウントを取る匂いのある『おれ』」は、失礼なように感じたのでしょうね。

(※この考えも男性優位の匂いが漂いますね)
(∀`*ゞ)エヘ

今のコロちゃんは、「地位も名誉も金」もありません。だったら、今さら「わたし」を使っても誰もコロちゃんを「インテリ」とは見ないでしょう。

そこで安心して「わたし」を使い始めたコロちゃんでしたよ。

さて、皆さんは「ご自分」をどのように呼ばれていますか? その背景を考えてみるのも、興味深いと思いますよ。

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

4.「コロちゃんと、妻の呼び方の○○子ぅ」

今日のテーマは、「おれ・ぼく・わたしに見る男らしさの変化──俺を捨てて私になったコロちゃん」について考えてみましたよ。

今日これを考えていて「時代の流れ」を感じたのですよね。つまり以下でしたよ。

◎「男性の自己呼称の時代精神」
 (※ここからはコロちゃんの考える「時代精神」のイメージです)

①「昭和期:おれ」
 ・「集団主義、強い男」

②「平成期:ぼく」
 ・「個人主義の浸透、マイルド化」

③「令和期:わたし」
・「多様性の尊重、空気読み」

上記の①~③は、コロちゃんが感じている「男性の自己呼称」の「時代精神のイメージ」ですが、どんどん「権威主義的な男の存在」が薄くなってきていますね。

コロちゃんは、この「変化を良いことだ」と思っていますよ。さらに進んで「社会の上層の偉そうなおじいさんの集団」が消えることを願っていますよ。

さて、ここからはいつもの「コロちゃん話」ですよ。

冒頭の「博報堂生活総合研究所」の「呼び方にまつわる思い込み」には、「夫が妻のことを何と呼んでいるか?」も調査していました。

◎「夫が妻のことを何と呼んでいるのか?」
 (小数点以下切り捨て)

①「おかあさん、ママ」
 ・「1994年:44%」
 ・「2026年:22%」

②「名前呼び捨て、名前+ちゃん・さん等」
 ・「1994年:31%」
 ・「2026年:67%」

③「おい、ちょっと等」
 ・「1994年:15%」
 ・「2026年: 7%」

https://seikatsusoken.jp/gekkan/coverstory/yobikata_omoikomi/
(出典:博報堂生活総合研究所 月刊!生活総研 呼び方にまつわる思い込みより:10月23日利用)

えへへ、1994年は「おかあさん・ママ」が44%で一番多かったのに、2026年には「名前呼び捨て、名前+ちゃん・さん等」が67%で最大になっていますね。
(∀`*ゞ)エヘヘ

青年コロちゃんが、妻と一緒になったのは「1970年代前半」でしたが、その時から妻を「②名前呼び捨て」でしたよ。

当時、コロちゃんの妻の呼び方は「○○子ぅ」と、アクセントが「○〇子ぅ」の「子」を強調し、語尾を微妙に「ぅ」と伸ばす特徴的な呼び方でした。

仲間内から、よくからかわれたのを覚えていますよ。

最新調査で「名前呼び」が最大になっているのを見ると、50年以上前から実践していたコロちゃんは、ちょっと時代を先取りしていたと言えなくもないですよね。
o(`⌒´*)oエッヘン!

青年コロちゃんは、「(妻である)○○子ぅ」をコロちゃんの人生とともに歩む「同じ志を持った一人の女性」と見ていたのですよね。

だから子どもたちが生まれても、妻を「ママ」や「お母さん」とは呼びませんでしたよ。

妻もコロちゃんを名前で呼び捨てにしていました。初めてその場に立ち会ったママ友さんたちは、夫を名前で呼び捨てにする言葉を聞いて、みな「ギョ!」としていましたけどね。

そんな「同じ志」を持った妻も、5年前に亡くなってしまいました。

何とも寂しいコロちゃんですが、今度は「息子たちのヨメ様」相手に、「わたしはね・・」と「老いの繰り言(※)」を年長者の優位性で聞いてもらおうと考えていますよ。

(※言っても仕方のないような愚痴や昔話をくどくどと繰り返して言うこと。「毛吹草」に見える言葉です)

「おいおい、ヨメ様たちに嫌われるぞ」と笑いながらお読みいただければ嬉しいですよ。

コロちゃんは、社会・経済・読書が好きなおじいちゃんです。

このブログはコロちゃんの完全な私見です。内容に間違いがあったらゴメンなさい。コロちゃんは豆腐メンタルですので、読んでお気に障りましたらご容赦お願いします。
(^_^.)

おしまい。

イラストは生成AI(ChatGPT)で作成したものです

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